十明、“生身の自分”で書き綴った新しい音楽 薄暗いワンルームの中から届けたかったメッセージとは

十明、“生身の自分”で書き綴った音楽

「矛盾があるところに胸がキュンとする」

――このEPも、暗い部屋にいる主人公を明るい場所に連れ出そうというテンションではありませんよね。例えば5曲目の「ねばーえばーらんど」は、〈昼も夜も閉め切った部屋〉を舞台に、〈大人にならない国を/二人でつくろう〉と歌っている。〈意味のないことをしっている/終わりも始まりも/それでも離さない/どうかまだ〉といった主人公の心情や、停滞した部屋の空気感を描写しつつ、物語は特に進展しないままエンディングを迎えます。

十明:「ねばーえばーらんど」は、エンディングを用意していない物語を提示するような気持ちで書きました。伝えたいことをわかりやすく言葉にしているわけではないし、希望を与えようとしているわけでもない。聴いた人には、この曲の浮遊感みたいなものをそのまま受け取って、自由に解釈してもらえたらと思います。

――エンディングのない物語っていいですね。それこそ、停滞を許容し、どんな状態の人も受け止めてくれるような温かさがある。十明さんが「暗い場所があると助かる」と感じるように、この曲を聴いて「十明さんの音楽があると助かる」と感じるリスナーも出てくるのでは?

十明:ありがとうございます。そういう場所になりたいなと思っています。それはたぶん、私自身が音楽に助けられる瞬間が変わってきたことも関係していて。昔は激しくてドラマティックな展開のある曲を聴くことでストレスを発散して、「助けてくれてありがとう」という気持ちになっていました。だから1stアルバムを出した時は、激しい感情を代弁するような曲を作っていたんです。だけど今は「どうしよう、上手く言えない」「言葉にしきれなくて辛い」という瞬間に音楽に助けてもらうことが多くて。自分もそういう曲を作ろうとしているのかもしれないと、今話しながら思いました。

十明 撮り下ろし写真

――どんな曲に助けられましたか?

十明:例えばBialystocksさんの「灯台」とか。私自身が何もできなくて、生活に停滞を感じている時でも、世界をゆっくり見る余裕を与えてくれる空気感があって。そういう音楽の楽しみ方もあるんだって気づかせてもらいました。あと、恋愛の曲で言ったら、aikoさんの曲は「悲しい」「切ない」じゃ表現しきれない感情をわかりやすく言葉にしてくれているからとても助かる。失恋した直後だと激しい音楽を聴きたくなるんですけど、いつかの失恋をぼやーっと思い返しているような時期に響くのは、生活感とちょっとした寂しさのある音楽だなと実感して。「激しすぎない音楽もいいな」「失恋ソングってけっこういいな」と思ったところから、私が書く失恋ソングもマイルド系になってきているような気がします。

――確かに「月並」「クズ男撃退サークル」「ねぇねぇ先輩」といった恋愛ソングでは、主人公の生活や寂しさを細やかに描写していますよね。「クズ男撃退サークル」に関してはタイトル含めインパクトがあるので、マイルド系なのか? とは思いますが(笑)。

十明:確かに(笑)。生活と言いつつ、この曲ではちょっと爆発してます。

十明 - クズ男撃退サークル [Official Lyric Video]

――「クズ男撃退サークル」には、遊び人の“クズ男”と、逆に彼を翻弄して撃退しようとする女性が登場します。

十明:ある種のあざとさ対決みたいなイメージですね。個人的には、クズ男は2種類いると思っていて。1つ目は、悪気のない天然タイプ。やりたいこととか、自分が優先すべきことがはっきりしすぎていて、それ以外のことに関しては周りを都合よく動かそうとしてしまう。生まれた時から何となく「人は自分の思い通りに動くもの」と思っているから、何の違和感もなく、クズのようなムーブをとってしまう人です。2つ目は、計算で動くタイプ。「LINEの返信を遅くしよう」「急に連絡してみよう」というふうに策略を立てて、相手がどう動くかを想定しながら行動するクズ男ですね。天然のクズ男は逆に才能なので一旦置いておいて(笑)、私が倒したいのも、この曲に出てくるクズ男も後者です。

――女性の人物像に関してはいかがですか?

十明:この女性は、クズ男に対して、「あなたが今までしてきたことを私が仕返してやる」と復讐しようとしているんです。誰かに代わって復讐しているのか、いつか自分が受けたことに対する復讐なのかはわからないけど、男性を弄ぶことで制裁を加えようという行動は、何かへの執着心から来ているんだろうなと。「どうせ私の思い通りに動くだろう」という前提の下で行動しているから、頭がよくて、ちょっと意地悪な気持ちのある女性なのかなと思います。

十明 撮り下ろし写真

――女性の寂しさが垣間見えるフレーズもあります。どんな想いで入れましたか?

十明:彼女はうっすら男性不信なんですけど、そういう人格が形成されるようになったきっかけがきっとあったんじゃないかと思うんですよ。浮気された経験が過去にあったのかもしれないし、実際に体験していなくても、SNSで何かを見たのかもしれない。弱さをひっくり返して強さに変えて、あざとい女性として振る舞っているけど、裏側にある弱さが時々見えてしまう瞬間をちゃんと描いてあげたかったんですよね。この主人公のかわいげは、ちゃんと寂しくなっちゃってるところ。自分で仕向けたくせに「こうなってほしくなかった」と思ってしまうような複雑な乙女心。「この展開をどこかで裏切ってほしかった」「クズ男じゃないと証明してほしかった」という想いを隠しきれていなくて、完璧にあざとい女の子になりきれていないところが、このキャラクターの愛おしいなと思うところです。私が作る曲の主人公はみんな正しいことが言えない人たちで、人として真っ当じゃないところ、矛盾があるところに私は胸がキュンとする。そういうところをDメロや最後の歌詞でちょっとだけ匂わせてみました。

不安が消えない世の中でも“光らしきもの”を信じること

――「GRAY」についても聞かせてください。ドラマ『絶対零度~情報犯罪緊急捜査~』(フジテレビ系)の主題歌として書き下ろされたんですよね。

十明:この曲は「今、私たちが生きている社会に向き合う」みたいなイメージで書きました。『絶対零度~情報犯罪緊急捜査~』は情報犯罪をテーマにしたドラマなんですけど、すごく身近な問題を扱った作品だなと思ったんですよね。詐欺メールとかいっぱい来るし、一歩間違えたら自分が巻き込まれることも全然あり得るなと。そういう社会に対して、私はやっぱり不信感があるんです。「怖いな」「何を信じたらいいのかわからないな」と思う。暗い部屋に一人で取り残されて、誰だかわからない人間に情報を握られている……そんなイメージで作りました。タイトルの「GRAY」は雨の日の雲のイメージで。すごく黒くて重い雲が空を覆っているような……それが私の思う現代社会です。

十明 - GRAY [Official Lyric Video] (フジテレビ『絶対零度~情報犯罪緊急捜査~』主題歌)

――一方で、楽曲の終盤には〈この世界は/闇そのものではない〉と歌っています。

十明:「光は目に見えなくても、雲の上にはちゃんと存在している」「暗くて閉鎖的に閉じ込められているように思えても、探せばちゃんと光はあります」ということを歌いたかったんです。なので、光を直接提示したり、答えを私が出すのではなく、「答えはあるから考えてくれ」と伝えるような曲になっています。たぶん、情報犯罪はなくならないし、これからも我々の不安は消えない。それに対して適当に「でも大丈夫!」と言うことは私にはできません。光らしきものが存在していることをボヤッと信じる、そして諦めないことが大事なんじゃないかと思いました。

――全5曲を見渡して、改めてどんなEPになったと感じていますか?

十明:太陽の光の下で歌っているような曲は1つもなくて、どの曲もどこか不穏だなと思いました。やっぱり自分は、明るい曲を闇雲に作ることはできないんだなと。曲を作ることで自分の生き方を決めたというよりかは、生き方に対する理解を得たというか……「ああ、私ってこういう人だったな」と改めて理解できました。

十明 撮り下ろし写真

――冒頭で少し話題に上がったように、11月には東名阪ツアー『十明 QUATTRO TOUR 2025』がありますね。

十明:私がどういう考え方で生活しているかも含まれたEPができたので、今回のツアーでは、生身の自分をちょっとだけ開示してみようかなと思っていて。今まではMCが少し苦手で「何を喋ったらいいのかな?」「伝えたいことは音楽で伝えてるから、別に話すことなんてない」という気持ちも若干あったんですよ。だけど今は「きっと音楽でしか伝えられないこともあるし、言葉でしか伝えられないこともある」と思えています。あと、ラジオの番組に出演させていただいた時に、「実際に会って話すとイメージが違うね」と言われることが多いんですよ。そのギャップは私自身実感していたし、曲をちゃんと届けるためにも、自分がどんな人間なのか、もっと知ってもらおうという気持ちがあって。自分を少しだけ開示して、「聴いてくれている人の生活の一部になれたらいいな」という気持ちを込めて、みんなに会いに行きたいなと思っています。

『1R+1』

◾️リリース情報
十明 2nd Digital EP『1R+1』
配信中:https://lnk.to/toaka_1R_1
<収録曲>
01. 月並
02. クズ男撃退サークル
03. GRAY
04. ねぇねぇ先輩
05. ねばーえばーらんど

◾️ツアー情報
『十明 QUATTRO TOUR 2025』
2025年11月3日(月祝)愛知・名古屋クラブクアトロ OPEN 16:45 / START 17:30
2025年11月15日(土)大阪・梅田クラブクアトロ OPEN 16:45 / START 17:30
2025年11月30日(日)東京・渋谷クラブクアトロ OPEN 16:30 / START 17:30
<チケット発売中>
イープラス:https://eplus.jp/toaka/
チケットぴあ:https://w.pia.jp/t/toaka/
ローソンチケット:https://l-tike.com/toaka/

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