由薫にとっての歌、まっすぐ届けることの意味――初めての弾き語りツアー『UTAU』で向き合う音楽の芯

由薫、弾き語りツアー『UTAU』レポ

 由薫にとって初の弾き語りツアー『由薫 弾き語りツアー 2025 “UTAU”』――。ツアータイトルの『UTAU』という言葉が象徴しているように、今回のツアーは彼女が自身の歌声をシンプルに、まっすぐに届けることを軸に据えたもの。全11公演とも着席スタイルで、会場は、ステージと客席の距離が非常に近いカフェや講堂、教会が選ばれた。いつも以上に彼女の歌を親密に感じ取ることができたツアーだった。この記事では、そのツアーファイナルにあたる9月28日の東京・スコットホール公演の模様をレポートしていく。

 開演時間になると、観客の温かな拍手に迎えられる形で由薫がステージイン。アコースティックギターを持ち、椅子に腰かけ、アルペジオを爪弾き、やがてコードをひとつずつ鳴らす。「Crystals」が始まる。凛と張り詰めた空気に、彼女の清廉な歌声が伸びやかに響き渡る。会場の荘厳なムードと相まって、その美麗な響きが深く心に沁み入る。2番では、リズミカルなカッティングが交えられ、アコギ1本とは思えないような躍動感をたしかに感じ取ることができた。続いて、「勿忘草」へ。これはこのツアーで披露されたほかの曲にも通ずることではあるが、原曲にギター1本の弾き語りのドレスダウンしたアレンジが施されることによって、彼女の歌声がいつものライブの時よりも親密に、赤裸々に響いているように感じる。何より、その歌声の芯の強さがありありと伝わってきてグッとくる瞬間が何度も訪れた。

由薫(撮影=Tae Tomimoto)

 このツアーで愛媛に行った時、道後商店街で魚の形をした鍋敷きを買ったというエピソードを語った流れで「fish」を披露。静謐だが、時折コードストロークに力が入り、歌声が並々ならぬ気迫を帯びる瞬間がやってくる、とてもスリリングなライブパフォーマンスだった。続く「ミッドナイトダンス」も、アコギ1本にもかかわらず、緩急や強弱がとても豊かで、次第に歌声とコードストロークに熱がこもる後半の展開も含め、とても深く引き込まれた。

 由薫は、100年以上にわたって存在し、震災や戦争をはじめとしたいろいろな情勢を生き延びてきた教会の礼拝堂であるスコットホールについて、「そういう場所でライブをさせていただくのが、すごくスペシャル」と告げ、「みんなが座っているその場所、100年前の誰かが座っていたかもしれない」と語った。「私からも一曲、祈りの歌を歌わせてもらいたいなと思います」と前置きしたうえで、エレキギターに持ち替え、「Amazing Grace」のカバーを披露。高い天井に響く清らかな歌声が、深く胸を打つ。

 しかし、「Amazing Grace」が終わったタイミングで機材トラブルが起きる。復旧までの時間、由薫は「小さい声でもいいので歌ってみませんか?」と観客に呼びかけた。そして、先ほどの「Amazing Grace」をハミングで観客とともに歌う。エレキギターはすでに復旧していたが、観客との合唱は続行。2周目は観客の歌声がメイン、3周目はギターの伴奏なしのアカペラ。トラブルから発展した流れではあったが、スコットホールという会場の空気も相まって、神聖さを感じるほどに感動的な時間だった。

 引き続きエレキギターで「ツライクライ」、そして再びアコギに持ち替え、未発表曲の「Between thd dreams」へ。この曲は、ミュージシャンの友人からプレゼントしてもらったメロディに歌詞をつけて完成させた曲なのだという。たおやかでありながらドラマチックな抑揚を誇るメロディがとても印象的だった。

由薫(撮影=Tae Tomimoto)

 彼女は続けて、自身のルーツである沖縄への想いを語り始めた。沖縄で生まれたものの、1才から住む場所が変わって、沖縄の方言が出ることもないし、気の利いた沖縄あるあるを言うこともできない。それでも、「私の“歌う”の起源は沖縄にある」と語った彼女は、自身の心の故郷の子守唄であるという「てぃんさぐぬ花」のカバーを披露した。音階そのものに沖縄のフィーリングが深く滲んだ民謡で、会場の空気が次第に温かく変わっていくのを感じた。思わず、今いるのが東京であることを忘れてしまいそうになるほどだった。

 まだまだライブは続く。アコギ1本と声のみで、壮大なスケールを描き出した「lullaby」、生命力の煌めきとダイナミックな躍動を感じさせてくれた「Feel Like This」。その流れを受けてこの日ライブで初披露されたのは、新曲「The rose」。たくましく、揺るぎなく響く〈私は美しい〉という深い確信を帯びた言葉に、強く心を震わせられた。続けて、「自分の曲のなかで、いちばん“器”な曲」「ぜひ自分を曲に入れてみて、どんな音が鳴るか聴いてみてほしい」という前置きを添えて、「星月夜」を披露した。ラストのサビのアカペラは特に感動的で、ライブパフォーマンスを通して自分自身と向き合う、そんな得難い時間となった。

 由薫は、この『UTAU』というツアーが終わりに差し掛かるこのタイミングで、“歌う”とはどういうことであるかについて自身の考えを語り始めた。歌うという行為も、今日のこのひと時も、形に残らない。それでも、同じ空気を、同じ響きを感じながら一緒に歌うことには、きっと価値がある。それが音楽の弱くもあり、強くもある部分――。そう語った彼女は、「風が吹いた時、みんなのところにも吹いたかなって思うと思います」と告げ、「風」を披露した。幾重にも折り重なる清廉な美声のループ、その上に重なるエレキギターのアルペジオ、彼女の歌声。その奥行きと深淵さには深く魅了された。何より、〈あなたとなら私も生きてく〉という言葉の力強い響きが忘れられない。アンコールでは、「ヘッドホン」を披露。「さっき『Amazing Grace』がすごくきれいだったから、絶対いけると思います。」「思いっきり、天井に声を届ける気持ちで歌って」彼女の呼びかけを受け、観客が手拍子をしながら歌声を重ねていく。盛大にして温かな合唱のなか、ツアー『UTAU』は感動的な大団円を迎えた。

由薫(撮影=Tae Tomimoto)

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