絢香は今なお進化し続ける――圧倒的な歌声の現在地、ライター3名が綴る『Wonder!』クロスレビュー

カラフルな楽しさを支えているのは、真骨頂ともいうべき珠玉のバラード(上野三樹)
幼少期から歌手になりたいという夢を抱いていた絢香。歌に対するひたむきな想いは、高校時代に大阪から福岡まで片道4時間をかけて作曲の勉強に通っていたというエピソードからも感じ取れる。
メジャーデビューからすぐに彼女の歌声は多くの人の心を揺さぶり、「I believe」や「三日月」の大ヒットで、絢香が国民的アーティストとして認識されるまでは、あっという間だった。その後、持病の治療に専念するための活動休止や結婚など、目まぐるしく時間は過ぎていったが、それでも2012年に活動再開してから「にじいろ」が連続テレビ小説『花子とアン』(NHK総合)の主題歌に起用され、『NHK紅白歌合戦』(NHK総合)にも幾度となく出場するなど、日本の音楽シーンにおいて彼女の存在感とその特別感は揺らぐことがなかった。
そんな絢香の、約2年ぶり8枚目となるオリジナルアルバム『Wonder!』がリリースされた。今作の魅力は、幅広いジャンルを取り入れた楽曲を心から楽しんで歌う、絢香のポップシンガーとしての力量と存在感にある。1曲目の「Wonder!」ではゴスペル調のピースフルで華やかなコーラスワークから幕を開ける。〈Wonder!/Wonder!〉と、彼女に歌で呼びかけられる度に聴き手の冒険心も呼応して、どこかに潜んでいたエネルギーが沸いてきそうなナンバーだ。2曲目の「You’re where I wanna go」ではソウルフルでファンキーな楽曲をクールにグルーヴィに歌いこなし、3曲目の「アソブココロ」では言葉遊びのように韻を踏む歌詞に気を取られているうちに訪れる、メロディアスな曲展開がスリリング。
穏やかなサウンドと温かな歌声がマッチしている7曲目の「ずっとキミ」と、R&Bに乗せた伸びやかな歌声が心地よい8曲目の「Feelin’ goo-good」など、カラフルに変わっていく曲調が何とも楽しい仕上がりだ。ゴスペルやソウルといった自身の音楽ルーツだけでなく、今の絢香の遊び心が加わって、新鮮味をもたらす一枚となっている。
しかし、それだけではない。今作のカラフルな楽しさを支えているのはやはり、絢香の歌の真骨頂ともいうべき珠玉のバラードの数々だ。劇場アニメ『ベルサイユのばら』の主題歌である4曲目「Versailles - ベルサイユ - 」における、壮大な世界観をリスナーの目の前に堂々と広げて見せるようなドラマチックな表現力。そして、アコースティックギターの音色のシンプルな伴奏でノスタルジックな光景を切々と歌い上げる6曲目の「ひまわりの帰り道」。この曲は情景だけを映し出すようなシンプルな歌詞だが、フレーズとフレーズの合間にも絢香の想いが確かに感じ取れる。声を発していない時にも音楽の中に存在できる歌手とそうでない歌手がいると筆者は思うのだが、絢香は圧倒的に前者である。イントロからアウトロまで、途中の休符や息遣いにも、想いを放っているのがわかる。そう、「三日月」を聴くだけで、絢香が大きな瞳で空を見つめながら歌う姿がイメージできるように。絢香はそうやって、ずっとバラードに想いを託してきた。
さらに今作『Wonder!』にはもう一曲、素晴らしいバラードが収録されていて、それが、10曲目の「花束じゃなくキミといたい」である。塩谷哲によるサウンドプロデュースとアレンジも素晴らしいこの曲。〈愛を求めて/愛に救われ/愛を探して/愛が見えなくなって/愛で始まり/愛で終わりを迎えたい〉という歌詞もとても印象的だ。かつて、”ここにはいないあなた“に向かって歌っていた少女はもういない。隣にいるあなたとの愛の、さまざまな形を深みのある歌声で丁寧に歌っている。そして、愛を歌いながら、自身の死生観にも触れるような内容になっている。人は孤独だからこそ愛を求め、人を求めて生きているけれど、その命を終える時、やっぱり孤独なのかもしれない。だけど絢香は歌う、〈愛で終わりを迎えたい〉と。その切実な願いは、どんなに時代が変わっても、何がどれほど便利になろうとも、変わることのない人間の永遠のテーマなのかもしれない。
幅広いジャンルを歌いこなすポップシンガーとしての絢香と、バラードで存在感を発揮する絢香と、そして愛を持って歩みを重ねてきた今の絢香の人としての深みや温かさも感じ取れる。もうすぐデビュー20周年という節目に生み出されたアルバム『Wonder!』は、そんな鮮やかなときめきいっぱいの作品だ。






















