キャロライン・ポラチェックが考える『デススト2』の魅力 加速するゲームと音楽のクロスオーバー、現代アートとしての可能性

6月26日に発売されたPlayStation 5用ゲーム『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』(以下、『DS2』)。日本が世界に誇るゲームクリエイターである小島秀夫(『メタルギアソリッド』『ボクらの太陽』など)の最新作ということもあって、世界中のゲーマーから絶大な注目を集め、高い評価を獲得している同作だが、音楽面においても見逃せない作品であることは間違いない。
星野源や三浦大知といった日本のアーティストに加えて、Chvrchesやウッドキッドといった海外のアーティストも数多く楽曲を提供している『DS2』は、近年加速し続けている「ビデオゲームと音楽のクロスオーバー」という観点においても、大きな一歩となる作品だ。
そんな印象的なサウンドトラックの中でも、ひときわ大きな印象を残すのが、テーマソングとして起用されたキャロライン・ポラチェックの「On The Beach」である。2023年の傑作アルバム『Desire, I Want To Turn Into You』に象徴されるように、シーンの垣根を越えながら、ビジュアル/音楽の両面でポップミュージックを更新し続けるキャロラインの唯一無二のスタイルは、『DS2』の世界観とも驚くほどに共鳴している。
本稿では、キャロラインへのメールインタビューを通して、「On The Beach」の制作背景や、彼女自身が考える『DEATH STRANDING』の魅力、そして、ゲーム/ゲーム音楽に対する想いについて掘り下げている。
インタビューでも語られている通り、「On The Beach」はビジュアルからサウンド、リリックの隅々に至るまで『DS2』の物語の要素が詰まった作品で、実際にゲームをプレイすることで、その解像度は驚くほどに上がっていく。もし、ゲームと音楽の片方のみに興味があってこのページを開いたという方は、ぜひ、これをきっかけに両方の作品に触れていただき、唯一無二のクロスオーバー体験を味わってほしい。(ノイ村)
小島秀夫監督から共有された『DS2』のプロットと「三途の川」の伝承

ーー以前から、小島秀夫監督のことはご存知でしたか?
キャロライン・ポラチェック(以下、キャロライン):はい。私自身はいわゆるゲーマーではないのですが、小島さんの手掛ける作品にはずっと興味を持っていました。彼は、私たちの時代における最もイノベーティブなストーリーテラーだと思います。お会いする前から彼のことはオンラインでフォローしていて、それがとっても面白くて、カオスなんですよ。
ーー今回のコラボレーションの依頼を受けた時、どのように感じましたか?
キャロライン:もちろん、とてもワクワクしました。ただ、それ以上に、ゲームの背景や楽曲が流れる瞬間をしっかりと理解するということを大切にしていたので、すごく真剣に向き合いました。ゲーム音楽やオリジナルサウンドトラック(OST)がこれまでに紡いできた歴史には深い敬意を抱いていますし、人々が過ごす「現実とは異なる世界」のために音楽を作るというのは、とても感情を刺激する体験でもあると思うので、ずっと挑戦してみたかったんです。
ーー「On The Beach」には、以前からの制作パートナーであるダニー・L・ハールさんに加えて、小島監督の名前も共作としてクレジットされていますが、どのようにして楽曲制作が進められていったのでしょうか?
キャロライン:これはよくあることなのですが、曲を書いていると「この曲は今ではなく、別の機会やプロジェクトのために取っておくべき」と感じることがあるんです。私は「正しい時のために取っておく」ということをとても大事にしていて、「On The Beach」もまさにそうでした。2017年にダニーと一緒に基本的なコード進行とメロディの入ったデモを作ったのですが、とても異質でハードコアな雰囲気があって、ここにあるべき言葉をちゃんと導くためには、それに相応しい環境が整うまで待つべきだと感じたんです。
それで、小島さんから『DS2』のお話をいただいたときに、このデモを聴いていただいたところ、とても気に入ってくださいました。それでダニーと一緒に本格的に仕上げる作業に取り掛かり、『DEATH STRANDING』の世界観を想起させるようなサウンドパレットになるよう作り込んでいきました。
それから歌詞へと取り掛かったのですが、これがとても難しくて、同時に興味深い体験だったんです。というのも、小島さんからは「できる限りプロットの要素を盛り込んでほしい。ただし、ネタバレにならないようにね」と頼まれていたんですよ。彼は『DS2』のすべてのプロットに加えて、「三途の川」という日本の古い伝承についても説明してくれました。それが『DEATH STRANDING』に登場する「ビーチ」のコンセプトーー生と死を行き来できる場所の元になったそうです。私はその伝承や、物語に出てくるさまざまな「ストランド(繋がり)」を参考にしながら、歌詞を書き進めていきました。やっと小島さんに提出した後も、直前まで歌詞について細かく話し合って、ボーカルのレコーディングに臨みましたね。

ーー「On The Beach」はキャロラインさんの近作のなかでも、特にヘヴィでインダストリアルなサウンドに仕上がっていて、それと同時に、祈りのように響く歌声や波の音が使われているのが印象的です。楽曲を通して、どのような感覚や光景を描こうとしたのでしょうか?
キャロライン:私はこの楽曲を「脅威」と「祈り」を行き来するようなものにしたいと思っていました。人間という存在にはその両方、相反するものが同時に存在する「玉虫色の矛盾」のようなものがあって、それを自分の声や和音を使って表現したかったんです。
ーー実際に、楽曲がゲーム内で流れる場面はご覧になられましたか? もしご覧になられていたら、その体験についてどのように感じましたか?
キャロライン:観ました! 自分の音楽が“野に解き放たれている”のを耳にするのは、いつも現実のものとは思えないような、すごく不思議な気分になりますね。でも、実際にゲームで曲を聴いた方のコメントを読んで、「前のシーンがより深い悲しみを帯びて感じられた」といった感想を見ると、とても嬉しくなります。今では、この曲がそうした意味を持つようになったことにワクワクしていますね。

ーー「On The Beach」は、いわゆる「ゲーム音楽」にも分類されるかと思いますが、制作に際して、このことを意識するような場面はありましたか?
キャロライン:もちろん。先ほども言ったように、これは自分がずっとやってみたいと思っていたもので、こういう楽曲こそ、私がビデオゲームの音楽に求めているものなんです。
ーーキャロラインさんが考える『DEATH STRANDING』というシリーズの魅力について教えてください。
キャロライン:『DEATH STRANDING』の世界では、環境を通して多くが語られているのが好きですね。世界がどれほどの破壊を受けたのか、そのすべてが説明されるわけではなくて、あくまでプレイヤー自身の想像に委ねられているのが魅力的だと感じます。
また、人類や「繋がり」が持つ善性について、どこまで信じられるのかをプレイヤー自身へと問いかける構造が、とても挑戦的で面白いですよね。最終的には、それぞれのプレイヤーが、自分なりの答えを見つけることになる。小島さんは、きっと心の底からプレイヤーの魂を信じているんですよ。
ーー『DS2』には、歌詞にも描かれている「トゥモロウ」を含む、多くのキャラクターが登場しますが、キャロラインさんのお気に入りは?
キャロライン:ヒッグスがギターを弾いているのが、本当に大好きで……きっと、誰も予想できなかったでしょうね!
ビデオゲームは、現代アートにとって最も可能性のあるフォーマットに成り得る
ーーキャロラインさんご自身がコンセプト&ディレクションを手掛けられたMVについても教えてください。パスポートのようなデザインが取り入れられていたり、ゲーム内に登場するBTを彷彿とさせるような映像表現が印象的ですが、MVを通してどのような世界を表現しようとしたのでしょうか?
キャロライン:この曲では、『DEATH STRANDING』とも次のアルバムとも異なっていて、でも、同時にそのどちらとも潜在的につながりを感じられるようなユニークなビジュアルコードを作りたかったんです。ずっと前からパスポートのデザインに大きな魅力を感じていて、いつか何かに取り入れてみたいと考えていました。それで、「移行(transition)」や「新しい領域への越境」を象徴するものとして、ぴったりだと思ったんです。
もちろん、そこには個人が番号へと変換されていることへの不穏な感覚もあって。でも、パスポート写真のように、強固にシステム化されたものの内側に、たくさんの感情や詩的なものが秘められているという、その緊張感が好きなんです。それは、私にとって、サム・ブリッジズ(『DS2』の主人公)が悲しみを抑えながら自分の任務を続ける姿を想起させてくれるんですよね。また、それは今の社会全体の空気、つまり、大量のAIテクノロジーと直面して、急速に変化していく社会の中で、個人の持つ力や存在意義はどうなっていくのか疑問を抱いてしまうような、そんな感覚を捉えているようにも感じています。
あとは、楽曲自体もすごく複雑で重層的でありながらも、とても美しくて、グラフィックデザイナーのティモシー・ルークと一緒に取り組むことによって、その密度や象徴性を表面や背景のテクスチャまで反映させることができたのは、私にとって大きな喜びでしたね。

ーー以前から、ビデオゲームは遊ばれていたのでしょうか? ぜひ、お気に入りの作品について教えてください。
キャロライン:先ほどもお話したように、私はあまりゲームをする方ではなくて、実はテレビのない家で育ったんです。ただ、その中でも一番印象に残っているのは、90年代に遊んだ『Myst』というコンピューターゲームですね(筆者注:1993年にアメリカのブローダーバンドから発売された3Dアドベンチャーゲーム。2021年にはリメイク版が発売された)。そこでは、いくつもの放棄された世界を歩き回って、それを作った人物の謎を解き明かそうとするのですが、その風景はどれも非常に特徴的なビジュアルで描かれていて、「古代未来的(ancient-future)」なテクノロジーが散りばめられていたんです。今ではこうした表現はゲームにとって当たり前のものかもしれませんが、子供の頃の私にはとても強烈な体験でした。
音楽もすごく奇妙で、金属音や蒸気音に満ちていて、とにかく大好きでした。あまりにも好きすぎて、仮病を使って学校を休んで、初代のiMac G3でずっと遊んでいたくらい。
ーーキャロラインさんが考える、表現媒体としてのビデオゲームの魅力や、その可能性について教えてください。
キャロライン:私はとても大きな可能性を感じています。というのも、映画のような物語の緻密さと、私たちがよく「アート」として捉えているような抽象的な解釈を、両方とも兼ね備えているからです。インタラクティブ性とテクノロジー的な側面を持つビデオゲームは、現代アートにとって、最も可能性のあるフォーマットに成り得るのではないでしょうか。

■リリース情報
Caroline Polachek(キャロライン・ポラチェック)
「On The Beach (from DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH)」配信中
配信リンク:https://ffm.to/onthebeachds2
Label:Perpetual Novice
■関連リンク
Website:https://linktr.ee/carolinepolachek
Instagram:https://www.instagram.com/carolineplz/
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YouTube:https://www.youtube.com/CarolinePolachek
Photos by Eric Daniels
Styling: Kat Typaldos
Hair: Fitch Lunar
Makeup: Kendell Cotta
Styling credits:
Dress - archival roberto cavalli from paumé los angeles
Sunglasses - Versace



















