名曲「最後の雨」はなぜ大ヒットになったのか？ 中西保志×都志見隆 特別対談、30年以上の時を経た邂逅と「溶ける愛」
「この曲の寿命をあと20年延ばすにはどうしたらいいのか」（中西）
中西：そういえば、今度僕のところに日本レコード協会からトロフィーが届くみたいで。
都志見：それは最近の話？
中西：そうです。「最後の雨」のストリーミング再生数がプラチナ認定（※1）されたそうで、連絡がきたんです。僕がもらうよりも、都志見さんに送ってよと思うんですけど（笑）。
都志見：30年以上前の楽曲が、そういう成績を今も残せるのはすごいことだと思うよ。
中西：ストリーミングで音楽を聴くような世代にも、この曲が認識されているっていうことですもんね。それって、すごく嬉しいことです。
都志見：音楽は本来そうあるべきだよね。もちろん、すべての楽曲がそれをまっとうできるわけじゃないですけど。
中西：この結果も、「最後の雨」という楽曲が世のなかに浸透するのに時間がかかったことと無関係じゃないのかもしれないと思ったりしますね。
都志見：でも、それは中西くんが30年以上経った今も当時と変わらない声で、ずっと歌い続けているからじゃないかな。原曲に忠実に歌っているじゃないですか。歌手によっては30年も経つと、何万回も歌ってきたからこそ崩して歌いたくてしょうがないって人もいるでしょう？ だけど、その当時聴いた人がどういう歌を今聴きたいかというと、やっぱりあの頃とそのまま同じものを聴きたいわけですよ。そういう意味では、中西くんは基本を崩さないよね。
中西：基本譜割りもそのままだし、フェイクもほぼ入れないし。でも、僕からすると、この曲は常に僕にハードルを課して、自分に挑戦してくるわけですよ。それに応えるのも精一杯だし、昔も今もギリギリなんです。ある意味、常に緊張状態でこの曲とずっと連れ添っている。
都志見：歌詞の内容からしても、余裕をぶっこいて歌う曲じゃないもんね。中西くんは、一見普通の人っぽい見た目をしていて、そういう人がこのキーで、余裕のない表情で歌っているからこそ、皆さんに響いたんじゃないかと思うんですよ。僕もよく「“カラオケで歌いやすい曲”とか“誰が歌っても売れる曲”を書いてほしい」をたくさんオーダーされたけど、結局は「誰が歌って、どういう歌詞なのか」ということがいちばん大事なわけで。だから、この曲だって「もし中西くん以外の歌い手が歌っていたら、ここまで売れていなかったかもしれない」と僕は思うんです。
中西：そういう出会いの大切さは僕も感じていますし、そもそも都志見さんと出会っていなかったら僕は今ここにいませんから（笑）。
都志見：それは作詞家も作曲家も一緒で、お互いさまなわけですよ。昔よく言われたのは、作家として売れて世に出る方法はふたつしかない、と。ひとつは新人の曲を書くこと。もうひとつは、一度売れて下火になったアーティストを再生させるための曲を書くこと。
中西：ああ、どちらも作品ありきなところがありますもんね。
都志見：それこそ、当時アイドルとかがイニシャル（初回出荷枚数）で20万枚、30万枚っていう数字が当たり前の時代でしたから。そこで、次のシングルが30万枚に届かなかったら全部作品のせいにされてしまう。そういう怖さもあるけど、それと同時に無名の新人を持ち上げていったり、くすぶっていた人を再生させたりするのも作品の力だと思うんですよ。だから、中西くんも僕と出会った時がまだデビューそこそこだったからこそ、チャンスだったわけです。
中西：近年、「最後の雨」を女性の方もカバーしてくださっているんですね。たとえば、駅前で女の子がギターの弾き語りをしているのも目にするんですけど、それが僕の解釈とはまったく異なるわけで。「こういうふうに歌うんだ！」という面白さがあるのと同時に、僕が気づけていない秘められた可能性がまだこの曲にはあるんだなということにも気づかされました。
都志見：女性でカバーしている方は、この歌詞をどう捉えているんだろうね。
中西：そうなんですよ。男の情けないところを歌っているはずなんだけど、それを女性が別の感覚で聴いてくれているんだなっていうことに対して、新鮮な驚きがあって。僕は、この曲を歌う時には、どうしても情念の部分が出てきちゃうわけですよ。
都志見：中西くんは“情念”と言うけど、そのわりに声はクールで淡々としているからおしゃれな感じもあって、聴いていてもくどくないんですよね。
中西：海外から持ってきたAORサウンドなんだけど、中心には日本的なルサンチマンを抱えているというか。それこそフレンチに醤油を2、3滴垂らすくらいの感覚かもしれないけど、そういうことを僕は大切に歌ってきたつもりなんですよね。GENERATIONSの数原龍友くんが「最後の雨」をカバーしてくれたんですけど、完全に彼自身の曲として耳に心地好い形で歌ってくれていて。そういう歌い継がれ方もあるんだなと、最近はカバーしていただくたびに感じます。
――中西さんと都志見さんは「最後の雨」以降も、数多くの楽曲を制作してきました。その都度、「次は『最後の雨』を超えよう」とか「『最後の雨』とは違った形にも挑戦してみよう」みたいなディスカッションはあったんですか？
都志見：当時はディレクターとの打ち合わせしかしていなくて、中西くん個人とのやり取りはなかったので。
中西：僕が楽しみだったのが、都志見さんから毎回いただくデモテープを聴くことだったんですよ。正直、この仮歌だけでアルバムを一枚作れるんじゃないかと思うくらい、デモの時点で楽曲の原型がほぼできあがっているわけです。今回のアルバムでも都志見さんが作曲してくださった「溶ける愛」は、メロディのなかで何かを訴えかけてくる、おぼろげな“像”みたいなものがあって。それもきっと、都志見さんがメロディを作って歌ってくださっているからこそ、ダイレクトに伝わるのかなと。
都志見：中西くんの楽曲を書く時は、「僕が彼の口から今どんな歌を聴きたいんだろうか？」と、歌っている姿を想像しながら書くことをいちばん大事にしていて。だからこそ、彼にも伝わりやすいのかもしれないですね。
――今回のアルバムに収録された「最後の雨2025」は、原曲と変わらぬ魅力を持ちつつ、年代モノのウイスキーのような熟成された間もあり、個人的には原曲以上にグッと引き込まれるものがありました。
都志見：それはやっぱり、中西くんが当時と変わらぬ声のトーンでずっと歌っていることが、いちばん大きいと思うんです。個人的にも、今回の「最後の雨2025」は120点の仕上がりだよ。
中西：本当に嬉しいですね。アレンジャーの奥山勝くんと打ち合わせをした時、この“神曲”を2025年バージョンにするにあたってどうすることが正解か、すごく悩んだんですよ。ただひとつ、僕自身「これしかない！」と思ったのが、それがサビから始まるアレンジにすること。でも、原曲から大きく変えてしまうのは作家さんによってはあまり好まないこともあるじゃないですか。なので、清水の舞台から飛び降りるつもりで、都志見さんと夏目さんにお話したんですけど、おふたりとも快諾してくださったんです。そこから、今回はAORっぽさを少し多めに入れて、人気サックス奏者のユッコ・ミラーさんともコラボさせてもらって、「この曲の寿命をあと20年延ばすにはどうしたらいいのか」を念頭に置いて作り上げていきました。都志見さんがおっしゃるように、歌そのものを変えちゃうと意味がないので、早い段階から僕の歌はあんまり変えずにいこうと決めていたんです。
都志見：それがいちばんいいですよ。1992年のオリジナルを超えたというか、今のほうが前後上下に奥行きが感じられるんだよね。
中西：今聴き返すと、原曲はちょっと歌が走っているところがあるんですよ。
都志見：でも、それは若さならではであって、そのときのベストだと思うんだよ。
中西：ディレクターもそこを見逃したわけではなく、当時30歳そこそこの中西の歌としてこの勢いは絶対消しちゃいけないと思って、残してくれたそうなんです。
――セルフカバーって、どうしても過去のオリジナルバージョンと比較される運命にありますし、リスナーとしては原曲に対する思い出補正もあるから、ハードルが高くなってしまいがちですけど、今回の「最後の雨2025」はそこを軽々と超えているんじゃないかという印象があります。
中西：ありがたいです。駅前でこの曲を歌っている女の子や、サブスクでこの曲を聴いてくれる若い人たちは、30数年前の曲だということをあまり意識していないと思うんですよ。むしろ、（EXILE）ATSUSHIくんや数原くん、倖田來未ちゃん、そのほかにもたくさんの方達が歌ってくれたおかげで、より身近な曲として受け取ってもらえているのかもしれない。それも踏まえて、「原曲を歌っている中西保志は今何をしてるんだ？」という問いに対して「今も動いています！」と言えるというのも、ささやかな欲望としてありました。
都志見：今の若い人は、きっと古いとか昔の歌だとかにあんまりこだわってないですよね。
――それこそサブスク世代にとっては、サブスクで流れてくる知らない曲＝新曲っていう感覚が強そうですものね。
都志見：そうそう。
中西：僕らはその恩恵をいちばん受けている世代かもしれませんね。
