“ハーフの子ども”として日本で過ごした経験――ユキミ・ナガノが来日公演直前に語る、人生と家族と音楽

ユキミ・ナガノ、来日公演直前インタビュー

6月の来日ライブに刻まれる“とても特別な意味”

――このアルバムで、あなたにとっていちばん思い入れのある曲はどれですか? その理由も教えてください。

ユキミ:どの曲も、私の人生の大切な一部を表現しています。特に思い入れがあるのは、「No Prince」という曲かもしれません。これは自己愛と自分への思いやりについての曲です。私たちはよく、外の世界に幸せを求めてしまいますよね。でも、私はこの曲を自分自身へのリマインダーとして書きました。「自分の幸せには自分が責任を持つ」ということ。なにか特別なできごとや誰かが自分を幸せにしてくれるわけじゃなくて、それは自分の内側からくるものだということ。自分へのメッセージであると同時に、誰かにとってもそういう気づきになればいいなと思っています。

――今回はお子さんもアルバムに参加しています。「Jaxon」という曲は息子についての曲ですが、この曲について聞かせてください。

ユキミ:そう、「Jaxon」は息子のことを歌った曲です。彼は今9歳ですが、2年半ほど前に彼の父親が亡くなりました。そのできごとを受けて、この曲は私自身の癒しのために書いたものであり、息子への贈り物でもあります。この曲にはDe La Soulのポス(Posdnuos)も参加してくれました。彼は息子の父親とも親しくて、彼のことをよく知っていたから、「Jaxonへのメッセージを入れてくれないか」とお願いしたところ、彼も喜んで参加してくれました。この曲は私にとって非常に個人的なもので、とても誇りに思っています。彼が書いた歌詞がとても詩的で、心のこもったものだと感じられて、聴くたびに涙が出ます。本当に素晴らしいリリシストですよね。彼のキャリア自体がそれを証明していると思います。この曲は、私にとっても大切なヒーリングになりました。

――ご家族の話で言えば、お父さまも最後のトラックに参加されています。日本のカルチャーで育つと、感情を抑えたり控えめにしたりしがちですが、あなたとお父さまが一緒にこの曲を作ろうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?

ユキミ:そうですね。思い返すと、父が私の前で泣いたのは人生で一度だけでした。でも、今彼は77歳になって少し柔らかくなったというか、変わったように感じます。だから、彼に“泣くこと”に対する今の考え方を聞いてみたくなりました。特に、日本で育った男性としての視点は興味深いと思って。それで、電話して「ねえお父さん、最近泣くことについてどう思ってる?」って聞いて、彼が話し始めたのをこっそり録音しました(笑)。で、「この録音を曲に使ってもいい?」って聞いたら、彼は笑って「いいよ」って。彼の(泣くことに関する)考えを聞けたのがすごく面白かったし、同時に泣くということが健康的であることも思い出させてくれました。男性って「しっかりしなさい」と言われながら育てられて、感情を抑えるように教えられますよね。でも、そうやって育つと感情の対処の仕方がわからなくなってしまう。だから、この曲は「感情を感じて、それを乗り越えていけるんだよ」っていうことを思い出してもらうための大切な曲になったと思います。

――6月には日本でパフォーマンスをされますね。今回の訪日はなにか特別な意味がありますか?

ユキミ:とても特別な意味があります。今回は家族全員を日本に連れていきます。ふたりの子どもとパートナー、そして父も一緒にね。父は日本へ行ったことがありますが、ほかのみんなは今回が初めての日本です。日本の食べ物や文化を楽しみにしています。私は10歳ぐらいの時に日本に引っ越しました。仙台に住んでいたんだけど、正直言って子どもの頃に日本に引っ越すのはとても大変でした。観光で行くなら日本には素晴らしい印象を持つ人が多いと思いますが、私の場合は生活の一部として日本があったので、学校も変わって……アメリカンスクールに通ってはいたものの、それでもとても厳しい環境でした。「ちゃんと大人っぽく振る舞わなきゃ」「しっかりしなきゃ」っていうプレッシャーが大きくて、少し子ども時代を奪われたように感じていましたね。母も当時日本での生活は本当に大変だったと思います。日本の“理想的な主婦”みたいな役割を求められることも多く、それに馴染めないとつらいですし、義理の母と同居するのもすごく大変だったと思います。だから、子ども時代の日本と、大人になってアーティストとして日本に行く今の感覚はまったく違います。どの国の文化にもいい面と難しい面がありますよね。スウェーデンもそうです。日本に対しても、両方の側面を見てきたと思います。でも、それが私のルーツであり、今回父や家族にその一面を見せられるのがとても楽しみです。

――日本のアーティストや音楽シーンからは影響を受けていますか?

ユキミ:日本のアーティストというよりも、日本のアートやそのなかにあるシュルレアリスムから多くの影響を受けています。日本の映画やアニメのなかの独特の世界観もそう。日本のアートって“物”を“物”としてだけでなく、“別の何か”にも見えるみたいな感覚がありますよね。そういうマインドベンディング(=感覚をねじるような、驚くような)な要素が、私の歌詞にも影響を与えています。たとえば“雲へと通じるドア”みたいに、言葉で視覚的な夢を描くような表現が好きです。

――特に好きな日本のアーティストや映画監督、作品があれば教えてください。

ユキミ:多くの人がそうだと思いますが、『(となりの)トトロ』とか『千と千尋の神隠し』を作った――宮崎。そう、宮崎駿にはすごく影響を受けました。それから、すごく有名な日本人作家で、海外でも知られている人……名前が出てこない。あ! 『海辺のカフカ』を書いた人、村上春樹。それと父がアーティストなので家にはアートの本がたくさんあって、私は小さい頃からよく見ていました。70年代の日本のアーティストたちの作品が多くて、ちょっとサイケデリックで、それがとても好きで。なんでも感覚を揺さぶるようなものに惹かれるんですよね。インスピレーションを与えてくれるから。

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