「反骨心がなくなったら引退かな」 日食なつこ、アルバム『銀化』完成までに味わった“慣れ”との葛藤


日食なつこが抗っているもの
ーー「閃光弾とハレーション」はガツンとくる歌詞になっていて、日食さんは音が変わってもこういうことを歌っていくんだなと思いました。側から見ていると、15周年の企画をやり切ったことで少なからず達成感があったんだろうとお見受けしていたんですが、それでもひとりで闘うこと、反骨心やまだやってやる! という気概が筆に乗るんだなと思いました。
日食:そうですね。それがなくなったら引退かな、とずっと思っているので。自分が日食なつこを名乗る前から聴いていた音楽って、特に歌詞には反骨心に満ちたところがあったんですけど。「反骨心がなくなったなこの人は」と思って聴くのをやめることが多かったんです。ということは自分が辞めるとしたら、それがなくなった瞬間なんだろうなと。なので反骨心をなくすことへの恐怖で「閃光弾とハレーション」みたいなことをずっと吐き続けているところはあると思います。
ーー何に抗っているんですか、日食さんは。
日食:加齢じゃないですか。歳を重ねて人生に慣れていくこと、社会に慣れていくこと、世の中に慣れていくこと、そこにとにかく恐怖がありますね。でもしょうがない、だって社会人なんだもん。そこに慣れていくしかないじゃん、みたいなところの葛藤なのかなと思います。
ーー多かれ少なかれ、若い頃はほとんどの人が少なからずそういうことを感じると思うんですけど。20代、30代と歳を重ねていくにつれて、自然に馴染んでいくというか。
日食:そうなんですよ。それでいいと思うんです。そうならないと生きていけないわけだから。自分でも「お前はいつまで『葛藤してなんぼ』みたいなことを言っているんだ」と。そういう気持ちはずっとあるんですけど。実際、同年代はどんどん(葛藤することを)やめだしていて、そのやめた先で何もないけど音楽を続けている人がいるというのもぶっちゃけ見えていて。やめるのは別にいいけど、やめて何もないんだったら音楽自体やめちゃえばと思うんですよね。葛藤以外に歌うことがないのに続けていることの無意味さ、というところとも私は睨み合っていると思います。
ーーなるほど。
日食:だから自分で生み出している摩擦が9割9分かなと思います。「常に闘っている言葉を吐いているよね」、みたいなことは言われるんですけど。自分の中では「闘っている」というよりも「逃げている」という感覚です。闘えることがなくなることが怖いし、社会経験を積むことでいろんなことに納得できるようになっていくスムーズさも怖いし、余裕綽々で歩いていく人生が怖いし、引っかかって転がっていたい、つまずいていたい。でも、そんなこと意味わかんなくない? ドMかよ? みたいな。そうやって自分が考えていることがいつまで経ってもわからないから、わかろうとしてそういうことを言っている。そうすると「閃光弾とハレーション」みたいな曲になるという感じですかね。だから普通の人が真っ直ぐ歩けばいいだけの道を、私は5周、6周行き来しているだけだと思っています。
ーーデビュー作に入っている「開拓者」みたいな話ですね。
日食:あ、ですね。「開拓者」みたいなことをまだやっているだけなんだなと思います。

ーー「五月雨十六夜七ツ星」は左手のフレーズがベースと掛け合い、右手のフレーズがギターと掛け合っているような楽しいピアノロックだと思いました。
日食:アルファベット順にアレンジをしていったので、このバンド形態で手がけたものの中でも最初の方の曲なんですよね。みんながお互いに新鮮さを覚えながらやっていた頃というか、いろんなビギナーズラックみたいなことを楽しみながら作っていたので。後の方の曲がそうじゃないわけではないんですけど、やったことのないアンサンブルをより楽しんでいた状態だったかなと思います。それこそ大学で組んだバンドで初めて作った曲、くらいの感じなので、だったら勢いがある曲がいいなというのはありましたね。
ーー〈夏〉という単語がいっぱい出てきますね。
日食:夏を描いた曲がこれまでにも2、3曲あるんですけど、「真夏のダイナソー」とか「蜃気楼ガール」とか、結構爽やかフレッシュ青春アオハル系の曲だったので、そうじゃない夏をそろそろ書きたいなと。夏なんて暑いから外出ねーし、でもやらなきゃいけない仕事がいっぱいあるし、外出ないわけにもいかねーしという、いろんな葛藤を詰めた曲です。なのでちょっとジリジリと追い立てられるような曲調の夏曲になっています。
ーーまさにそうですね。ライブで聴いた時は爽やかな曲だと思ったんですけど、歌詞を読んでみると全然そんなことがないという。
日食:実際にこの曲を書いていた夏がそういう経験をしていたからーーというとご立派ですけど、この曲を書いている時に住んでいた山奥の家があって、大家さんがとにかく元気いっぱいなんですよ。住んでいる者の許可も得ず、朝の8時にブルドーザーで家の前まで来て、家の前を掘り始めるんですよ。何をやってるの!? と思ってカーテンを開けると、植樹しているんですよ。
ーー(笑)。
日食:たぶん目の癒しと思って、良かれと思ってやってくれていると思うんですけど。断りも入れずに植樹を始めるので、いやいやちょっと待って、家でデモを録ろうと思ってたんだけどみたいな。シーズン的に夏は収穫の時期なので、めちゃくちゃ元気で朝から晩までウィーン! みたいな。壁一枚隔てたすぐそこで草刈り機を持って歩き回っているのがわかるんですよね......「五月雨十六夜七ツ星」はその葛藤です。
ーーそういう話なんですか?(笑)。
日食:本当にただそれだけです。そういう奴の騒音に苛まれてもなお、私は良い曲を書きますから見てろ! という。蓋を開けてしまえばそういう曲でしかないんですけど、でもこういう解説なしで聴くと立派な曲に聴こえるでしょ? という(笑)。そういうことをやるのがたぶん好きなんですね。
ーー「風、花、ノイズ、街」も『はなよど』とは違う春を書いた曲だと言ってましたよね。今作は聴くと爽やかな曲が多いんですけど、歌詞を読むとギスギスしている曲が多いという。
日食:確かにそうですね(笑)。サウンド面では間違いないメンバーさんが集まった、という喜びがその爽やかさに出ているけれど。日常で感じている自分の上手くいかないところとか、外的ないらない要素と戦っているところは相変わらずあるという。それが歌詞の方に残っているということかなと思います。

ツアーMCでも話していた「散らかしていきたい」の真意
ーー「leeway」はサビの〈飛び立ちたくもないのに飛んだ〉という歌詞から、人は望むと望まざると、旅立たなきゃいけない時がくるんじゃないかという歌に聴こえました。
日食:これも実体験です。大家に散々苦しめられた「b」(「五月雨十六夜七ツ星」)の3つ後の「e」(「leeway」)という曲なので、つまり「leeway」は大家に苦しめられた家から飛び立つ瞬間の曲です。本当はこの家にあと10年くらい住みたかったんだけど、でもまあ、ちょっと折り合いつかないし出てくかという。引越しの瞬間に感じたことですね。
ーーなるほど(笑)。今作の中でもポップな曲ですよね。
日食:大まかなイメージでは割とUKっぽく。どちらかというと寒い温度感の曲になればいいなと思っていました。聴こえもタイトで、あんまり大掛かりで広がっていくような曲にはならないといいな、みたいなことを望んでいました。ミックスの時点でエンジニアの大野さんから飛んできたリファレンス曲も、どれもドライでタイトでキュッと締まった、等身大の聴こえのものが多かったので。まさに狙っているところですというのもお伝えしましたね。「leeway」はエンジニアさんが大きく力を貸してくださった曲という感じがします。
ーーちなみにどんな曲が上がっていたんですか?
日食:ジェイソン・ムラーズ「Make It Mine」です。
ーー他の曲でもエンジニアから提案された楽曲や、あるいはメンバー同士で共有していた音楽などはありますか?
日食:そうですね。「vacancy」はコリーヌ・ベイリー・レイ「Stop Where You Are」、「julep-ment flight」はマーカス・キング「Wildflowers & Wine」。「夜刀神」ではミュートマスの「odd soul」と「Chaos」、あとはHELMET「unsung」などがリファレンスで上がってました。

ーーそして最後の曲の「どっか遠くまで」です。「エリア未来」のMCでは「蒐集大行脚」ツアーで見た景色を元に書いたと言われていましたね。
日食:「大行脚」ツアーの時はメンバーさんのみならず、スタッフさんも含めて「チームで面白い人が集まったね」と認識し合っている時期だったので。本当にツアーの一行というか、スタッフと演者というよりかは、全員が種類の違う主人公みたいな旅で。その賑やかで、やかましそうな車がトコトコ全国を行脚していくような曲調にしようとして、それならこういうカントリーっぽい曲が合うのかなと思いました。全員が幌馬車にでも積まれて、やいのやいのしながら行っている感じをイメージして最後の方にバンジョーが入っています。
ーーつまり日食さんにとってのバンドワゴン的な曲なんですね。
日食:そうです。歌詞で言っていることもメッセージというより、ツアーの移動日にちょっと窓外に見えた風景とか、打ち上げの日にみんなで歩いていた道とか、死ぬほど飲んだ翌日の朝にひとりで散歩している時に見た風景をポツポツとつなぎ合わせているだけですね。
ーー〈本当は人を信じてみたかった〉というのは凄く象徴的なラインだと思いました。
日食:その言葉はこういう規模感でツアーを回れていなかった頃の自分の言葉だと思います。この曲で見えているものは「大行脚」や「エリア未来」、「エリア現在」をやっている時の私たちなんですけど、それを見ている視点というのは遙か昔、そういう規模感でツアーをやると思っていない頃の自分なのかなと。「随分贅沢しているねえ」、「打ち上げでそんな店にみんなで行っちゃって」と吐き捨てるように言っているのも、その時の自分の視点で書いた曲だからだと思います。
ーーそろそろインタビューの締めです。
日食:まあ、見ての通り散らかっています、と言うしかないです(笑)。
ーー(笑)。でも、ツアーファイナルのMCでも言われていましたよね。「散らかしていきたい」と。
日食:まさに今散らかしている最中ですね。このアルバムもそうですし、その次のことは自分の中で見えているようで見えていないところがあって。『銀化』でこれだけ日食CREWと一緒にやったからといって、次も一緒にやるのかどうか。それを考えるのも散らかしのひとつですし、本当にアルバムごと、リリースツアーごとにやることをコロコロと変えて申し訳ないんですけど。そういうアーティストにどんどんなっていくんだろうな、なっていきたいなと思っているところです。


■リリース情報
5th Full Album『銀化』
2024年5月14日(水)リリース
日食なつこ『銀化』&『玉兎 “GYOKU-TO”』特設サイト:https://nisshoku-natsuko.com/iridescence-gyokuto/
■ツアー情報
『5th Full Album リリースツアー「玉兎 “GYOKU-TO”」』
6月22日(日) 大阪 Zepp Namba
6月28日(土) 北海道 Zepp Sapporo
7月6日(日) 宮城 SENDAI GIGS
7月12日(土) 愛知 Zepp Nagoya
8月2日(土) 福岡 Zepp Fukuoka
8月11日(月祝) 東京 Zepp Haneda
■関連リンク
日食なつこデジタル配信:https://orcd.co/nisshoku
日食なつこ公式HP:https://nisshoku-natsuko.com/
日食なつこYoutube:https://www.youtube.com/@nisshokunatsuko_official
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