H ZETTRIO、日本の“春”を奏でた極上の夜 はっぴいえんど、松たか子、原田知世……意表を突く名アレンジ

H ZETTRIO、“春”を奏でた極上の一夜

 ここまで何の前情報も予備知識もなく、あらゆるジャンル好きの垣根を越えて楽しめるライブはあるだろうか? 日本一多忙なピアノトリオ・H ZETTRIOが2025年の四季にわたりビルボードライブ横浜で開催する『Special Speed Music Night with H ZETTRIO』は、彼らがホストを務める音楽番組『SPEED MUSIC ソクドノオンガク』(テレビ神奈川)との連動企画。2018年からスタートした同番組では毎週、ポップス、ロック、アニメ主題歌、童謡、演歌などジャンルを問わない日本の名曲を意表を突くアレンジでカバーすることでお馴染みだ。

 今回は春夏秋冬それぞれにマッチした選曲をファンからのリクエストも加味して組んでいるのだが、その第1回目である今回、1stステージと2ndステージは一曲の被りもなし。さすがに約350曲のカバーのレパートリーを持つだけのことはある。愉快に、時にアグレッシブに、たまに常軌を逸しつつ展開するH ZETTRIOの自由としか言いようのない空間。ここでは2ndステージを振り返りたい。

H ZETTRIO(撮影=Masanori Naruse)

 何しろカバーのレパートリーが350曲以上あるわけで、何が飛び出すのか予想は無限大。春、横浜……と、一曲ごとにパズルのピースを探すような気分はこの企画ならではだろう。

 オープナーは松たか子の「明日、春が来たら」。こう、「誰それの何々」と書けるのはセットリストを確保しているからだが、実際のところイントロから全身耳になって、あるタイミングでビンゴよろしく曲を把握する。それは人によっても曲によっても異なるわけで、人それぞれの閃きが人の数だけあるのが、このカバー企画の面白いところだ。H ZETT M(Pf)のソフトなピアノにシンクロするようなH ZETT KOU(Dr)のビートとH ZETT NIRE(Ba)のフレーズ。小さい音をクリアに聴ける会場の音響も素晴らしい。H ZETT NIREのランニングベースが躍動して始まったのは柴田恭兵の「TRASH」で、H ZETT Mは肘弾きや後ろ弾きなどアクロバティック奏法で盛り込み盛り上げる。港町・横浜にちなんだ『あぶない刑事』からのチョイスが粋で、演奏後、「ユージです」(KOU)、「タカです」(M)と小芝居まで打つ念入りさ。さらに舘ひろしの「泣かないで」はムーディーな歌メロ解釈で始まり、サビ頭でグッと溜めたかと思えば、猛然とスピードアップ。高速連打ピアノソロや踊るようなH ZETT KOUのドラミングでスタート時と全然違う街に着地した感じだ。

H ZETTRIO(撮影=Masanori Naruse)
H ZETT M(Pf)
H ZETTRIO(撮影=Masanori Naruse)
H ZETT NIRE(Ba)
H ZETTRIO(撮影=Masanori Naruse)
H ZETT KOU(Dr)

 MCでは、ずり落ちるH ZETT KOUのパーカー、いわゆるクロップド丈のH ZETT NIREのブルゾンにツッコミを入れ合い、演奏のテンションから急降下するのもいつものH ZETTRIOだ。続いては、『らんま1/2』OPテーマ「じゃじゃ馬にさせないで」がどことなくクレイジーキャッツにも通じるユーモラスなジャズアレンジで始まり、続く原田知世の「時をかける少女」はかなり正統派なアレンジ。グランドピアノ常設の醍醐味を感じるし、ベースのメロディを打ち出したアレンジ、シンバルのみで空間や心象を描くアレンジもいい。

H ZETTRIO(撮影=Masanori Naruse)

 アレンジにも演奏にも原曲からの逸脱と自由度がグッと増してきたのが中盤。両手に2本ずつスティックを持ち、絶妙なシンコぺーションを生み出すH ZETT KOU、ヴァースの歌メロに音を加え、不思議なニュアンスに転換させるH ZETT M。サビではっきりとレミオロメンの「粉雪」だとわかるカタルシスを経て、間奏では右手でスペイシーなシンセ、左手は伴奏を弾き、さらに現代音楽のスタイルに派生していくH ZETT Mのアレンジ、さらに80’sフュージョン感からブラジル音楽のリズムまで駆けていく。このセットで最も世界観が跳躍した凄みのある演奏だったと思う。以前『SPEED MUSIC』収録取材の際に、H ZETT Mが「メロディに集中するとリズムが見えてくる」と話していたが、カバーした曲のメロディを再度注意深く聴いてみたくなる。

H ZETTRIO(撮影=Masanori Naruse)

H ZETTRIO(撮影=Masanori Naruse)

 面白かったのが、お題がすでにジャズなEGO-WRAPPIN’の「くちばしにチェリー」。かなり素直なカバーで、BPMこそそこまで速くはないが、歌もホーンもリズム隊も爆発的に踊るようなあの原曲の熱量をトリオで表現する濃度は凄まじい。H ZETT KOUの速い裏打ちが我慢大会のようで、フィニッシュと同時にここまでで最も大きな拍手と歓声が響き渡った。緊張感のあるセクションは続く「ガッチャマンの歌」へ。しばらくH ZETT Mのピアノソロとリフで不穏な空気を作り、リズムが入るとヘヴィロックの体感へ。サビメロに到達するまで体感2分以上あった気がする。それだけにアニメソングというより、SF映画のイメージさえ発生していた。しかも、エンディングをラグジュアリーに決めるあたり、ニヤついてしまう。

H ZETTRIO(撮影=Masanori Naruse)

 怒涛の“逸脱セクション”に続いては『SPEED MUSIC』初期にカバーした馴染みのはっぴいえんど「風をあつめて」。H ZETT NIREのメロディアスなベースが牽引するアレンジで、リズムはサンバ。ブラジル音楽やバカラックの名曲も思い出させるアレンジがこの上ない開放感を生み出していく。そして大黒摩季の「ら・ら・ら」は、H ZETT Mが弾くショルダーキーが、鍵盤ともエレキギターとも違う歪むサウンドを聴かせ、ニュアンスとしてはNirvanaの「Smells Like Teen Spirit」をも彷彿とさせる。鍵盤をチョーキングできる特性のせいかもしれない。ソロにかけられる応援はジャズのライブのそれで、距離の近い会場ならではの熱量のやり取りも楽しい。

H ZETTRIO(撮影=Masanori Naruse)

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