Salyuデビュー20周年記念トリビュート『grafting』ライター3名によるクロスレビュー:全18組の新解釈で見出された楽曲の真価

永堀アツオ「女性ボーカリストたちの歌声が繋いだ過去と現在、そして未来へ」

 Salyuのデビュー20周年を記念したトリビュートアルバム『grafting』。“接ぎ木”を意味するタイトルには、「Salyuがこれまでリリースしてきた様々な楽曲(植物)を18組のアーティストが再解釈したものをつぎ合わせてアルバム(新たな木)を構成する」という思いが込められている。Salyuが自身の楽曲を他者に歌ってもらうことで楽曲自体の魅力を伝えるという狙いがあり、選曲や人選、各アーティストへのオファーはSalyu自身が行ったそう。

 つまり、Salyuのトータルプロデュースによる、Salyuのトリビュートアルバムになっているのだが、Slayuのヒストリーを網羅した作品にはなっていない。ソロデビューの5年前に携わったLily Chou-Chouプロジェクトの楽曲が入ってる一方で、国府達矢や松本良喜、渡辺善太郎などを作曲・編曲に迎えた楽曲(初のセルフプロデュースアルバム『MAIDEN VOYAGE』に収録)は選ばれておらず、“salyu × salyu”名義でコーネリアスとコラボした楽曲群も入っていない。何が言いたいかというと、本作はあくまでもSalyuのディスコグラフィにおいて、小林武史のプロデュースワークスに限ったトリビュートアルバムだということ。一方、Salyuは小林の元ではほとんど作詞や作曲に関わらず、できる限りボーカルのみに徹してきた。そういう意味では、自身の声と表現、方法を追求してきた楽曲たちとも捉えることができる。思い返すのは、10年前の2014年、Salyuの10周年記念ライブ。彼女は「17歳の頃に小林武史さんと出会うことができて、それから音楽活動ができています。私のように、ぼおっとした女の子を10年以上もずっと励ましてくれて。そのおかげでここまでやってこれました。私はすごくラッキーな女の子だと思う」と小林に対する感謝の気持ちを述べると、バンドマスター&キーボードとして、デビュー以来ぶりに同じステージに立った小林は、観客に向けて、「やっぱり、稀にみる才能ですよね。貴重なアーティストだと思うので、どうぞ末永く応援してやってください」というメッセージを送っていた。その後、二人だけの最小編成による“minima”や“Bank Band”としてのライブなども行ってきたが、本作は、そんな二人が歩んできた軌跡を振り返りながらも、Salyu×小林武史によるポップミュージックをしっかりと次世代に引き継ぐ作品にもなっている。

小林武史
桜井和寿

 全18組のアーティストの内訳を見ていくと、男性が10人で女性が8人。5:4の比率で男性アーティストの方が多いのも珍しいが、8人の女性アーティストのうち半数を占めるのは、安藤裕子、原田郁子、坂本美雨、中納良恵という同時代を生きたボーカリスト。salyuはかつて、「この体は歌うことが好きなんです」と語っていたが、彼女たちもまた、歌うことと生きることが密接につながっている面々だ。そして、いわゆる年下に目を向けると、青葉市子、アイナ・ジ・エンド、miletの3人になるが、その組み合わせが面白い。

 「14歳の時に映画『リリイ・シュシュのすべて』に救われた一人です」というコメントを寄せている青葉市子は、岩井俊二が監督し、小林武史が音楽を手がけた映画『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)の劇中曲「アラベスク」を岩井とセッションした際の音源が収録されている。2021年8月に無観客の渋谷WWWで岩井がピアノを弾き、青葉はギタレレと言われている6弦のウクレレを弾きながら歌唱。小林はLily Chou-Chou時代のSalyuのアンニュイでミステリアスな歌声を「スピリチュアル・ポップ」と称していたが、青葉の歌声とギターには、強張った心と体を解きほぐして本来の姿に戻してくれるような神秘的な響きがある。

青葉市子

 

 監督・岩井俊二×音楽・小林武史による映画『キリエのうた』(2023年)で主演を務め、キリエとしてのアルバムも制作したアイナ・ジ・エンドは小林武史とともに、25年前にリリースされたLily Chou-Chou名義のデビューシングル「グライド」を歌唱。幻想的なサウンドの中で、繊細でいたいけで可憐な歌声を紡いでいる。

アイナ・ジ・エンド

 

 また、意外な人選にも感じるmiletだが、もともと彼女は映画音楽に惹かれ、大学では映像を学んでいる。デビュー時から多くの映像クリエイターから求められてきたmiletに、数多くの映画やドラマの主題歌を歌ってきたSalyuはシンパシーを感じる部分があったのだろう。そんな彼女が歌う楽曲は、北乃きいと岡田将生による映画『ハルフウェイ』の主題歌「HALFWAY」。低音の効いた歌声が特徴的なmiletが、サビではファルセットと地声を混ぜたミックスボイスを駆使している。miletにとっては新たな挑戦かもしれないが、個人的には、Salyuが「VALON-1」でのソロデビュー時に「小林さんに初めて『ファルセットで歌ってみたらどうかな。絶対にやってみるべきだ』っていう提案を受けた」というエピソードを思い出した。また、今回の「HALFWAY」ではmiletは小学生の頃からのめり込んでいたというフルートも吹いているので、甘酸っぱい微風を運んでくれるフルートの優しい音色にも耳を澄ませてほしい。

milet

 

 そして、ソロデビュー曲「VALON-1」を歌っているのは、監督・岩井俊二×音楽・小林武史の映画『スワロウテイル』(1996年)でグリコを演じ、YEN TOWN BAND「Swallowtail Butterfly ~あいのうた~」を大ヒットさせたChara。彼女は次世代のプロデューサーとして君島大空を迎え、独特のサウンドコラージュの中で密やかな歌声を響かせているのも興味深い。『スワロウテイル』から『リリイ・シュシュのすべて』を経て、『キリエのうた』へ。過去と現在を繋ぎつつ、しっかりと未来を示唆する充実盤となっている。

■リリース情報
『Salyu 20th Anniversary Tribute Album “grafting”』
2024年12月18日(水)リリース
https://tf.lnk.to/salyu_20thAnniversary

初回生産限定盤[3CD]TFCC-81112~81114 / ¥7,700(税込)
通常盤[2CD]TFCC-81115~81116 / ¥5,500(税込)

<Disc1>
01. 新しいYES / 桜井和寿
プロデュース:小林武史、演奏&アレンジ:小林武史、ギター:名越由貴夫
02. HALFWAY / milet
ボーカル&フルート:milet、プログラミング:TomoLow、ギター:野村陽一郎、チェロ:村岡苑子
03. Dialogue(ダイアローグ)/ VK Blanka
プログラミング&インストゥルメンツ:VK Blanka、アレンジ:VK Blanka
04.アラベスク / 青葉市子×岩井俊二
ボーカル&ギター:青葉市子、ピアノ:岩井俊二
05. Dramatic Irony / 山内総一郎(フジファブリック)
ギター&ボーカル:山内総一郎、ドラム:伊藤大地、ベース:砂山淳一、キーボード:皆川真人
06. 風に乗る船 / MONGOL800
ボーカル&ベース:キヨサク、ドラム&ボーカル:高里悟、ギター:Kuboty、トランペット:Seasir(DOBERMAN)、サックス:NARI(SCAFULL KING)、アレンジ:MONGOL800 & Kuboty
07. landmark / 安藤裕子
ボーカル:安藤裕子、アレンジ:Shigekuni、ギター・ベース・プログラミングなど:Shigekuni、ドラム:あらきゆうこ、ピアノ・ウーリッツァー・オルガン:トオミヨウ、フルート:後関好宏
08.アイニユケル / 木村充揮
ボーカル:木村充揮、アコースティックギター:三宅伸治、ピアノ:小島良喜
09.プラットホーム / 中納良恵
アレンジ:中納良恵&菅沼雄太、ボーカル・コーラス・ピアノ・シンセサイザー:中納良恵、ベース・ ドラム:菅沼雄太

<Disc2>
01. VALON-1 / Chara
ボーカル&サウンドプロデュース:Chara、オールインストゥルメンツ・プログラミング・バッキング ボーカル:君島大空
02.彗星 / 槇原敬之
アレンジ:槇原敬之、アコースティックギター:山本タカシ
03. Pop / 小林武史 プロデュース:小林武史、演奏&アレンジ:小林武史
04.グライド / アイナ・ジ・エンド
プロデュース:小林武史、演奏&アレンジ:小林武史
05.飽和 / 七尾旅人
ボーカル&ガットギター:七尾旅人、アルトサックス:梅津和時
06.体温 / 原田郁子
ボーカル・コーラス・ピアノ・キーボード・アレンジ:原田郁子、ベース:柏原譲(フィッシュマンズ)、フィールドレコーディング:東岳志(山食音)
07. THE RAIN / ROTH BART BARON
ボーカル・ギター・シンセサイザー:三船雅也、ピアノ・クロテイル・弦アレンジ:西池達也、ベース:ザック・クロクサル、ドラム&パーカッション:工藤明、トランペット&ホーンアレンジ:竹内悠馬、 トロンボーン:大田垣正信、バイオリン:梶谷裕子、バイオリン:高橋暁、ヴィオラ:田中景子、ヴィオロンチェロ:橋本歩
08. コルテオ ~行列~ / 坂本美雨
アレンジ:原 摩利彦、ボーカル:坂本美雨、ピアノ:原 摩利彦、ヴィオラ・ダ・ガンバ:多井智紀
09. to U from NHK BSプレミアム「玉置浩二ショー」2016.12.25 / 玉置浩二×Salyu
ボーカル:玉置浩二・Salyu、フラメンコギター:沖仁、指揮&ストリングス編曲:萩森英明、1stバイオリン:谷口いづみ・中島知恵・石亀希実、2ndバイオリン:栗井まどか・平野悦子・大野由紀子、ヴィオラ:山田那央・河野百合名、チェロ:森和子・島貫亨子、コントラバス:小野聡美

<初回生産限定盤付属Disc3>
01. LIFE(ライフ)
02. 青空
03. 有刺鉄線
04. 旅人
プロデュース:小林武史、演奏&アレンジ:小林武史、ボーカル:Salyu

<オリジナル特典>
TOY'S STORE:ポスターカレンダー(A3)
TOWER RECORDS:クリアファイル(A5)
楽天ブックス:ポストカード(直筆複製サイン入り)
Amazon.co.jp:メガジャケ
セブンネットショッピング:トート型エコバッグ
全国CDショップ:ステッカー

■関連リンク
Salyuオフィシャルサイト:https://salyu.jp/
Salyu | TOY'S FACTORY:https://www.toysfactory.co.jp/artist/salyu/
TOY'S STORE:https://store.toysfactory.co.jp/pc/shop.asp?cd=54

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