大塚 愛、油絵との出会いが変えた人生観 「失敗があって成功が塗り重なった方が深みが出る」

 大塚 愛がデビュー20周年の節目を迎える中、初の個展『AI OTSUKA 20th ANNIVERSARY ART EXHIBITION AIO ART supporting radio J-WAVE』を7月18日〜7月29日まで青山・スパイラルガーデンで開催中だ。

 同展示では、大塚 愛が制作したインストゥルメンタルのピアノ楽曲が流れる空間に、自身の楽曲をテーマに描いた油絵や版画をはじめ、フラワーアレンジメントや書道作品など、約80点にものぼる作品を展示。それらを購入することも可能なため、貴重な機会を一目見ようとする来場者で活気に溢れている。

 2019年から油絵を始めた大塚 愛。彼女曰く、音楽と油絵の制作プロセスは対極的だという。油絵を始めたことで変化した人生観、それぞれの作品に寄せる想い、そして20周年の先にある展望について話を聞いた。(編集部)

人生も油絵も「若いうちはどこまで遊べるか」

ーー今回はデビュー20周年の節目に開催されている個展『AI OTSUKA 20th ANNIVERSARY ART EXHIBITION AIO ART supporting radio J-WAVE』の話題を中心に話を伺っていきます。まずは、大塚さんのお好きな画家やアートについて教えてください。

大塚愛(以下、大塚):印象派の画家であるクロード・モネとか、抽象画家のゲルハルト・リヒターが好きです。モネは色彩のトーンもそうですし、バランスや配合など、カラーの部分が素晴らしくて。リヒターは圧倒的な迫力と、あえての抽象的な表現だからこそ、想像力を掻き立てられる魅力があるんですよね。

ーー美術館に足を運んで、直接作品をご覧になることもあるとか。

大塚:そうですね。都内から地方までいろんな美術館に行ったんですけど、やはり有名どころの展示は人が多くて。「今日はバーゲンなの?」と思うほどの人の数で、「こんなにもアートは注目されているんだな」と感じますね。

ーーそんな大塚さんは、2019年から本格的に油絵を始められたそうですね。以前、リアルサウンドでインタビューをした際に「いざ、やってみたら曲作りとは反対の作業なんです」と仰っていたのが印象に残っています。

大塚:はい、曲作りをするときは初めから完成形が見えていて、その上で「どうすれば形にできるだろう」と逆算していく。そうやって、私は短いスパンで音楽制作をやっているんです。逆に、油絵は長期戦の作業ですし、途中までどうなるのか自分にも分からない。完成形が見えていないまま、ずっと走ってる感じがありますね。

ーー共通する話で言うと、リヒターもそうらしいんですよ。「NEW ART STYLE」の記事に「最初から下絵もプランもなく、いきなり白いキャンバスに描き始め、絵の具を塗ったり、削ったり、また塗ったり、削ったりを繰り返すうちに、自分が完成したと思う瞬間が向こうからくるのだと、リヒターはいう」と書いてありました。

大塚:あ、一緒かも! 私も下書きが嫌いなんですよ。下書きを描いてしまうと、決まった線の上でしか表現しちゃいけない、というルールが課される感じがして嫌なんですよね。それは何事もそう。「この線の上を歩いてください」って言われるのが本当に嫌いなので、下書きをしたことはないです。

ーーそれだけ大塚さんの中で、絵と音楽の作り方は真逆なんですね。2021年に発表された楽曲「GO」の中で〈そう人生は 油絵みたいなもんだ〉というフレーズがありますが、油絵を始められたことで、人生観だったり気づきだったりがあったのかなと思います。

大塚:すごく大きな変化でしたね。私は挫けるというか心が折れやすい場面が多くて。失敗してしまったことの大きさを負担に思うことが多々あるんです。でも油絵を始めてから「あぁ、間違ったかも」や「なんでこんな絵にしちゃったんだろう」とか、そういった失敗をしても油絵だけは何度でもやり直せる。

ーーと言いますと?

大塚:「失敗した、この色は要らなかったな」と思ったとき、絵の先生に「そんなの上から塗り潰しちゃえばいいじゃん。大丈夫、大丈夫」って言われたんです。つまり、それまで塗っていた色が全部ダメだったのかというと、そうではない。新しく色を塗り重ねることで、それまでの色味が逆に深みになっていく。成功成功で進むよりも、失敗があって成功が塗り重なった方が深みが出るな、と絵を始めたことで気づきました。今まで重ねてきたものが決して無駄にならない、というのが油絵の素晴らしいところ。ただ黒一色を塗るのと、別のカラーが何色も塗り重なってからの黒を乗せるのとでは、深みが全然違うんですよね。大事なことは、最初の浅い段階でどこまで遊べるか。とにかく色を遊びたおして行って、最終的に「この方向で行こう」と固まったタイミングで、これまでの深みが生きてくるわけなんですよね。中にどんな色を仕込んでいたかによって、上に塗った色の立ち上がりが変わってきたりとか、下からぼやけてくるライティングが変わったりする。これって人生に通じるなと思って。毎日の失敗がどこかで生きてくるかもしれない、とポジティブな思考になりましたね。

ーー油絵も人生にも失敗はない、と。

大塚:そうなんですよね。「いかに深みを作れるかだな」と思ったら、ビビることなくどんどん突き進めるようになりましたね。あとでゴールが決まってからは、ちょっと慎重にならなきゃいけなかったりとか、繊細に扱わなきゃいけなかったりするんですけど、人生も油絵も「若いうちはどこまで遊べるか」だなってすごく思います。

ーー絵は最初にどこから描き始めるんですか?

大塚:まずは、自分が欲してるトーンの色を適当にぶちまけるところからですね。最初はどうなるか分からないので、あまり濃いカラーではいかないんです。薄めの自分が好きなトーンから塗っていって「その色の隣には何がいてほしいかな?」とか「どういう混ざりが良いかな?」と必要な色が自然と見えてくる。最初に塗った絵の具が乾いてから、また新しいものをぶちまけてみて、どんどん形になっていきます。

ーー逆算するプロセスとは逆の工程ですね。

大塚:そうですね。私は結構真面目な性格で、これをやろうって思っちゃうと面白くない絵になりがちなんですよ。“生きていない絵”っていうんですかね? それだと微妙なので、あまり決め込まずに、最終的に“生きた絵”になるように意識しています。

ーー「生きた絵」というのは、噛み砕くとどういうことでしょう?

大塚:ある意味、絵は写真と一緒だなと思っていて。物語の一瞬をパッと切り取ったものが、1枚に映し出されているんですよね。逆に、生きていない絵はそこの前後がない。つまり余白が感じられないもの、ですね。「この絵に映っている前の場面はこうだったんじゃないか。そして、この絵はこの後こうなるんじゃないか」「こんなふうに動いて、こんな音が聴こえて、こんな光が加わっていくんじゃないか」と想像できる絵は、生きた絵だと捉えています。

ーー大塚さんが心を掴まれる絵も、生きているかどうかが大きい?

大塚:そうですね。ついついずっと眺めてしまう絵には、何かしら訴えるものがあって。見ているうちに、自分の脳内で勝手に絵が動き出すんですよ。だからずっと見ちゃうんですよね。

ーー絵は完成形のイメージを見据えずに描き始める、という話がありましたが、最後の一筆を入れる時は「最終的にこの絵が生きてるかどうか」が判断材料になるんですか?

大塚:うーん、私もそこの判断力がしっかりできていなくて。美術に長けた方に見てもらって「いいんじゃないか」と言ってもらえたら、「じゃあ、これで完成にしよう」みたいな感じでフィニッシュさせることが多いですね。

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