アツキタケトモ×柴那典、2023年の音楽を語り尽くす 最新曲「匿名奇謀」と「#それな」に反映された信念
昨年12月6日に「#それな」、そして今年1月5日に「匿名奇謀」という2曲の新曲をリリースしたアツキタケトモにインタビューを行った。
昨年8月にリリースされた「自演奴」が評判を集め、シンガーソングライターとして着実に支持を広げつつある彼。その魅力は、音楽シーンや時代の潮流に対しての批評性を持ったスタンスにもある。そういう観点から、インタビューは新作の話だけにとどまらず、2023年を振り返り、2024年を展望するような“音楽対談”の内容にもなった。
ファンクと80'sの歌謡性、ミーム的なフレーズを融合させた「#それな」はドラマ『佐原先生と土岐くん』(MBS ドラマシャワーほか)のエンディング主題歌。バンドサウンドの疾走感あふれるロックチューン「匿名奇謀」は映画『BLOODY ESCAPE -地獄の逃走劇-』主題歌だ。
タイアップとクリエイティブの関係、TikTokとダンスと音楽との関係など、トークテーマはさまざまに広がった。(柴那典)
「#それな」で両立させた“伝わりやすさ”と“自分のこだわり”
柴那典(以下、柴):まず「#それな」は、どんなふうに作っていった曲なんでしょうか。
アツキタケトモ(以下、アツキ):「#それな」は、もともと「自演奴」の次の弾として作っていて。その前の「NEGATIVE STEP」でやりたいことをやりきれた感覚があったんですけど、次の展開としては客観性が重要だと思って、「自演奴」からスタッフの意見をこれまでよりも取り入れるようになったんです。その結果、自分が感じる反響が今までより大きくなった。今まで聴いてもらえなかった層にも届いてる感じもあったし、自分としては今の時代に合わせて相当変えた意識があったけど、今まで聴いてくれた人からも、今まで通り僕らしさを貫いて濃度を高めているというリアクションをもらえた手応えがあったんです。これなら伝わりやすさと自分のこだわりを、ちゃんと突き通すことの両立ができるかもと思って。「#それな」は、そこにシフトして作りました。
柴:タイアップありきで作ったというわけではなく、そのあとに、ドラマ主題歌のタイアップの話も決まったという感じでしょうか。
アツキ:そうなんです。タイアップ先のドラマサイドからも、「作品に合わせてこの歌詞をああしてほしい」とかではなく、この曲がシンクロしているからということでお話をいただいて。「自演奴」での経験を経て、より自覚的に、自分のやりたいことをやりつつ、「どうやったら届くか」という意識を強めて作った曲でタイアップのお話をいただいたことは、届いた手応えにもなったし。めちゃめちゃ嬉しかったです。
柴:「自演奴」と「#それな」を比べると、「自演奴」は毒の強い曲だし、それがフックになって聴く人に刺さるタイプの曲だと思うんです。一方で、「#それな」は毒というよりノリが重要な曲だと思うんですね。サウンドもジャスティン・ティンバーレイクのような、カラフルなシンセのファンクである。このアイデアはどういうところからだったんでしょうか。
アツキ:この曲はもともと音楽的な発想から始まっていて、プリンスやJam & Lewisのような、80年代後半から90年代前半のミネアポリスサウンドをリバイバルしたものをやりたいということが最初にあって。あとは、80年代のEPICソニーの岡村靖幸さんや大江千里さんのようなシンガーソングライターの雰囲気や質感ですね。そこに自分の突破口というか、強みがあるんじゃないかと思って。その時代のサウンドを意識的にやろうと思ったのが入口でしたね。
柴:結果として、ブルーノ・マーズのような現行のファンクリバイバルとの同時代性みたいなところにリンクしているような気もします。
アツキ:まさに。その軸と同時に、「今聴きたいサウンド感ってなんだろう?」と考えて、ティンバランドプロデュースの00年代初頭のファンク感とか、それこそジャスティン・ティンバーレイクのアルバムもすごく聴いていたので、そのあたりのフィールも加味されていると思います。だから、80年代のリバイバルでもあるし、それをリバイバルしていた00年初頭の感じもあるし、さらにそのリバイバルであるブルーノ・マーズとかの2010年代後半からの雰囲気も含めたノリがある。それを令和J-POPのフォーマットのなかにどう落とし込むか、ということが今回のテーマでした。
柴:なるほど。そのコンセプトとアイデアをやってみて、自分の血肉に近い感じはありましたか?
アツキ:そうですね。自分の最初の音楽体験って、モーニング娘。だったんですよ。「LOVEマシーン」とか「恋愛レボリューション21」がヒットした時が、4歳とか5歳だったから。あの多幸感や華やかさみたいなものに憧れていた。そこからMr.Childrenにハマって、作り手としての意識を高めていくんですけど、その前に「歌う人になりたい」と最初に思った原体験としては、そういうものだった気がします。
柴:かつ、それを今のものとしてやろうという意志もあったわけですよね。
アツキ:時代感とかやろうとしている狙いがいちばん伝わるのは、やっぱり歌詞とメロディだと思って。そこをモダナイズさせる意識がないと、懐かしさを新しいものとしてモダナイズしているという、自分のやろうとしていることの意図が多くの人に伝わらないだろうなと思ったんです。だから、今まで以上に音像も細かいことにこだわって作ったんですけど、最初の印象になる歌詞とメロディは〈それな それな それな〉っていう、80年代のEPICソニーのアーティストだったら書けない言葉を意識したという。
柴:実際、曲を聴くと「それな」というワードがいちばん強く入ってくるわけですが、そこからフル尺としての全体のストーリーはどういうふうに考えたんですか?
アツキ:最初にメロディを作った段階で「それな」のリフレインの言葉は決めていて。そこから展開させていくところで、自分らしさを出そうと思ってました。たとえば「Outsider」という曲はダンスナンバーなんですけれども、テーマとしては、いわゆる“アウトサイダー”、世のなかから排除されてしまう人や世のなかに馴染めない人の葛藤や切実な思いをダンスミュージックに乗せてしまおうと思って作った曲で。そういった重みを感じている人にとっては、その気持ちを抱えながら踊っていくというメッセージになるし、ああいう曲にシリアスなテーマを乗せることに自分らしさがあると思っていて。その構造自体を活かしつつ、サビ頭の切り取られる部分で「それな」のリフレインを使う。だから、歌詞の全体のなかでは〈それな それな それなって言わないで〉なんですよね。
柴:曲はノリのよさを持っているし、サビ頭のフックもわかりやすさを持っているんだけれど、曲の持ってる本質というか、根っこの部分では、人と人のわかり合えなさを表現している。そこのねじれがこの曲にある。
アツキ:そうですね。適当にあしらわれる、というか。たとえば、人と飲みに行った時に、それまで話題が尽きなかったのに、僕がなにかをぽろっと言った時に「たしかに」とか「それな」って、一瞬間が生まれる瞬間が自分はすごく苦手で。その感じを表現できないかな、という。ただ、そういう内省的な部分っていうのはあとあと伝わるのかなと思って。その入り口となるフックを作るということは、「自演奴」以降はすごく意識してます。
まだ届いていない人に届ける――トライアンドエラーが形になった「匿名奇謀」
柴:「匿名奇謀」を作り始めたきっかけは、どういう感じだったんでしょうか。
アツキ:まず映画のお話があって、どういう曲が合うだろうかを考えながら作った曲です。「自演奴」の時もミクスチャーロック的なことをやっていたので、そういう入り口から作りつつも、求められていたのはヒネリというよりも、まっすぐな衝動感というか疾走感みたいなものだったから。“疾走感のあるロックチューン”というマナーのなかで、Bメロで遊んでみたり、間奏のところにスクラッチ入れることでミクスチャーロック性を出してみようとしたり、途中でちょっと転調して音楽的な面白さを演出しようとか、そういう感じで作っていった曲です。
柴:タイアップの話を受けて主題歌として書くというのは、初めてのことですよね。やってみての率直な感触はどうでしたか?
アツキ:やってよかったなと思います。音楽家としてすごく成長させてもらえたこともあるし、最初のアイデアは外的要因だったけど、自分がブレたということもなくて。たしかに、もし映画の話がなかったら今のタイミングで疾走感のあるロックチューンを作ることはなかった気もするんですよ。でも、自分がそう思うタイミングが来ていたとしたら、きっとこういう曲を作ったと思うし。あとは、デモをお渡ししてからはほぼそのままOKが出たので、それも自信になりました。お話をいただいて、「こういうものが合うんじゃないか」と100%全力投球したものが「これです」という感じになったので。そういう意味では「自演奴」から続いている、“今まだ届いてない人に届けるために”というトライアンドエラーがまたひとつ形になったというか。映画主題歌って、いろいろなアーティストがみんなできるものでもないと思うから、そういう意味でも嬉しかったですね。
柴:「匿名奇謀」にはすごく批評性を感じたんです。というのは、アニメの主題歌のロックチューンには、ひとつの様式がある。それを踏まえたうえで“アツキタケトモ”というアーティストのアイデンティティみたいなものをどう出すか、ということが形になっている。そのあたりってどうでしょう? たとえば、出来上がってみて「#それな」と「匿名奇謀」で共通していると感じた部分ってありましたか?
アツキ:その作品の魅力をちゃんと引き出す音楽を作ったうえで、どう自分らしさを出すのかというのは意識したと思います。「#それな」と「匿名奇謀」はジャンル感も全然違うし、グルーヴ感が大事な「#それな」と、勢いや激しさが重要な「匿名奇謀」を同時に作っていたので、結構大変ではあったんですけど。でも、出来上がった音を聴いてみると、「匿名奇謀」は歌のノリ方がちょっと後ろなんですよ。普通、ロックのこの疾走感のあるサウンドだったら、前に行きたくなるし、走ったほうがかっこよくなるんですけど、自分の歌い方で歌おうと思って。最初は、もっとがなるような歌い方もやってみたりもしたけど、自分の声質とは合っていないと感じたので、アプローチもいろいろ考えていきました。歌唱については自分らしさが出ているし、発声法も含めたメロディの癖にも出ていると思います。
柴:オファーありきで作った曲であるからこそ、自分の世界観のなかでそれをどう位置づけるかをより考えるきっかけになった感じがある。
アツキ:そうですね。今アルバムを作っているんですけど、そのなかでどういう役割をするかということも、この曲については考えていますね。この曲ができたことでアルバムをどう作っていくかが見えたので。そういう意味では、次のアルバムにとっても大事な要素だったりします。
柴:「匿名奇謀」の歌詞やテーマについては、どういうふうに作っていったんでしょう?
アツキ:映画の主人公は一匹狼感があって、“どこにも馴染めなかった”というところが肝だなと思っていて。アニメーションの派手さ、戦いやアクションのかっこよさもあるんですけど、それよりも孤独というか、馴染めなさのようなところから考えていきました。
それこそ「Outsider」もそうだけど、ずっと社会のなかでの居心地の悪さとか、馴染もうと思えば馴染めるんだけど労力を使って疲れちゃうような生きづらさに対して、それを肯定したうえで、前向きに生きていけるためのひとつの助けになればいいなという気持ちで音楽を作ってきたんですね。だから、自分の音楽家としてのスタンスとシンクロしてると思います。たとえば〈血塗れの心を晒して〉というような歌詞も、アニメの世界観と連動した言葉として言えたし、作詞家としては逆にいつも以上にのびのびとやれる感じがありますね。
柴:「#それな」よりも「匿名奇謀」のほうがむしろストレートに、自分の言いたいことや歌ってきたことと結びつくような言葉やモチーフが選べた感じがある。
アツキ:そうですね。アレンジャーとしては、今の自分のコンセプトの筋や流れにあるものが「#それな」で、「匿名奇謀」は新しい展開という感じだけど、シンガーソングライターとしては「匿名奇謀」みたいな曲のほうが昔からやってきた部分で、「#それな」が新境地という感じかもしれないです。