NewJeansまで通ずるリバイバルの象徴的存在 ピンクパンサレス、ポップソング作家としての真価

ポップソングとしての作家性が発揮されたデビューアルバム

 TikTokを起点に「未だ見ぬ才能」として注目を集めていた2年前の『to hell with it』の頃の状況と比較して、『Heaven Knows』を巡る注目度の高さは、当時とはもはや比較にならないほどのものであると言っていい。実際、本作の制作にあたっては絶大なプレッシャーに見舞われたと語られているが(※7)、そうした困難をムラ・マサを筆頭とした様々な仲間(本作にはグレッグ・カースティンやダニー・L・ハールなどが参加している)と共に乗り越えた結果、見事な全12曲(+ボーナストラック的な「Boy’s a Liar Pt. 2」)のフルアルバムが誕生した。

 『to hell with it』と本作を比較した際に最も分かりやすい変化としては、前作が全10曲約19分という極めてコンパクトな仕上がりだったのに対して、全体的に曲が1分ほど長くなったことが挙げられる。それは、「スニペットのアイデアの発展形」だった楽曲が、さらに「一つの完結したポップソング」へと押し進められていった(もっと言えばTikTokを前提としなくなった)と言い換えることができるかもしれない。実際に本作に収録された楽曲を聴いていて感じるのは、これまでの作品よりもピンクパンサレスというアーティストの中にある作家性を色濃く感じることができるという点である。冒頭を飾る「Another Life (feat. Rema)」のイントロで荘厳に鳴り響くパイプオルガンの音色(あるいはf(x)「Ice Cream」の鮮やかすぎるサンプリング)が象徴するように、一つひとつの楽曲が、よりダイナミックな展開や、より幅広い楽器・サンプルの音色などが与えられたことによって、前作よりも遥かに豊かな世界を描いている。

PinkPantheress - Another life (feat. Rema) (Visualiser)

 もちろん、先行公開された「Mosquito」におけるドラムンベースが象徴するように、ピンクパンサレスらしいバランス感覚に満ちたポップ/ダンスミュージックは健在だ。ただし、ロマンティックコメディ的なMVが示すように、その音や質感はより洗練された、ラグジュアリーな印象を想起させるものへと変化している。

PinkPantheress - Mosquito (Official Video)

 「Mosquito」のビデオが単に豪華なだけではなく、強烈に「死」の印象を想起させるように、本作に一貫して描かれているテーマは愛と死だ。最初期からポップなサウンドを鳴らしながらもヘヴィなテーマを扱ってきたピンクパンサレスだが(キャリア初の楽曲とされる「Just  a waste」は、マイケル・ジャクソン「Off the Wall」をサンプリングしたファンキーなトラックをバックに、母親との対話の中で失われる自尊心を描いている)、本作ではそうした部分により深いところまで踏み込んでいる。ケレラとともに理想的な関係を築くことができなかった悲しみを〈私を埋めてくれますか?(Would you bury me?)〉という言葉に込める「Bury me feat. Kelela」から、まるで息絶えるその瞬間まで繰り返されるかのような〈私はあなたのインターネットベイビーじゃない(I am not your internet baby)〉という言葉がデジタルに響く「Internet baby (interlude)」、生々しい死の瞬間を美しく描いた「Ophelia」の流れは特に本作のテーマが見事に描かれたアルバムならではの場面と言えるだろう。また、本編の最後を飾る、愛を巡る狂気とカオスの行く末に身を委ねるかのように壮絶かつ直感的な楽曲展開を辿る「Capable of love」の3分44秒は紛れもなくピンクパンサレスというアーティストの作家性が炸裂した最も美しい瞬間である。

PinkPantheress - Capable of love (Official Video)

 アルバムのテーマについて語る際に、若い頃に聴いていたMy Chemical Romanceの名前を挙げたように、『Heaven Knows』で描かれる物語や表現には、確かに自身が10代前半の頃に歌っていた同バンドからの影響を色濃く感じることができる。だが、それが決して単にこれらの作品をトレースしたものではなく、進化したサウンドとともに極めてユニークで美しい表現へと昇華され、一方で従来からのファンとしても満足できる「感覚」が今なお詰まっていることが示すように、本作は様々な変化を経てもなお、やはりブレることのないピンクパンサレスらしさが詰まった作品であると言い切ることができる。むしろ、アルバムという形式によって、遂にその真価が発揮されたと言っても過言ではないだろう。

 現時点でまだ22歳という若さや、来年のオリヴィア・ロドリゴのUSツアーに参加するといったさらなる飛躍の機会を控えていること、何より『Heaven Knows』が1stアルバムであることを踏まえると、おそらくは本作もあくまでピンクパンサレスにとっての通過点にすぎないのだろう。『Heaven Knows』を聴いていて感じるのは、すでにその先の未来を歩きながら人々を魅了し続ける、美しいアーティストの姿である。

※1:https://www.standard.co.uk/lifestyle/pink-pantheress-tiktok-es-magazine-interview-b968037.html
※2、4:https://www.vogue.co.uk/arts-and-lifestyle/article/pinkpantheress-interview
※3、5:https://i-d.vice.com/en/article/m7e3xa/pinkpantheress-
※6:https://crackmagazine.net/article/profiles/pinkpantheress-interview/
※7:https://www.nytimes.com/2023/10/26/arts/music/pinkpantheress-heaven-knows.html

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