藤井 風、緩急とキャッチーさを生み出すボーカルの個性 「何なんw」から「花」までの変遷を辿る
藤井 風が10月13日にリリースした新曲「花」が好調だ。同曲は現在放送中のドラマ『いちばんすきな花』(フジテレビ系)の主題歌に起用されており、先日、同ドラマと「花」がコラボレーションしたスペシャルムービーが公開され話題を呼んでいる。
さらに11月3日には、4タイプの「花」を収録した『花 EP』がサプライズリリースされ、バラードやデモバージョンなどを通して、様々な藤井 風の歌声を味わうことができる。そこで本稿では、令和の音楽シーンを語る上で欠かせないシンガーソングライターの1人、藤井 風の“ボーカル”にフィーチャーしていきたい。
まず、デビュー曲「何なんw」は、ジャズやゴスペルの要素を取り入れながらも、〈何なん〉というインパクトのある言葉と、日本語とメロディの見事なマッチングが光る1曲。メロディの高低差もあり、藤井のボーカリストとしてのレンジの広さ、ボーカルコントロールの妙に加え、多彩なボーカルアプローチが堪能できる。歌い出しはクワイアを彷彿させるアカペラのハーモニーで、地声の高音を綺麗に響かせている。一音の中でも、母音でクレッシェンドやデクレッシェンドを細かく使い、楽曲にグルーヴを加えているのも聴きどころだ。さらに印象に残るのはフェイクの使い方で、アドリブとしてのフェイクではなく、歌詞の一端として配置しているように感じられる。手法はフェイクだが、しっかりメロディを刻んでいるのだ。
そして「何なんw」で特筆すべきは、やはり「ん」の扱い方である。「ん」は口を閉じて発音する言葉ゆえ、一般的には歌うのは難しいとされている。歌う場合は、半分口を開けるような形で表現するボーカリストが多い中、彼は、大胆にもほぼ発音しないという手法を取り入れている。楽曲の中で強烈なフックになっている〈何なん〉という繰り返しでは、よく聴くと「ん」がほとんど耳に入ってこず「Na Na」と聴こえさえする。それでも楽曲を通して聴くと、〈何なん〉と聴こえるのはタイトルのインパクトによるところが大きい。また、歌詞の中に合計20回以上登場する〈何〉という言葉の「ん」は、ほぼ発音しないところもあれば、口を軽く開いて強くインパクトをつけるところもあるなど、メロディに合わせたアプローチが驚くほど多彩で、引き出しの多さがわかる。サビで〈だんだん〉を連発するアップチューン「damn」などもあるように、藤井は歌詞を書く際、普通はサビでは避けるようにする「ん」を避けていないのだと思う。歌うことの難しさよりも、楽曲にテンポ感やキャッチーさを加える要素として、言葉を選んでいるのだろう。
そんな彼の言葉のチョイスが光るのが「きらり」だ。2021年5月にデジタルリリースされた本曲は、Honda「All-New VEZEL e:HEV」のCM曲として藤井が書き下ろした1曲で、リリースから約3カ月でストリーミング累計再生数1億回を突破し、藤井 風の認知度を一気に全国区に押し上げた楽曲である。「きらり」は、曲が進むにつれ同じメロディが転調し、どんどん違う表情を見せていく非常に斬新な構成だ。加えて、歌詞の一文の終わりをほぼ“い行”で統一していることや、リズミカルに韻を踏む遊び心も面白い。この曲では、ファルセットやサビ前のバースのロングトーンなど、ボーカルの聴きどころはたくさんあるが、注目したいのは藤井の“い行”の母音の抜き方だ。フレーズのリズムを殺さず、余韻をうまく残しながら、次のメロディに合わせて余韻の長さを絶妙にコントロールしている。加えて、“い行”以外の母音ははっきり力強く出すなど、コントラストのつけ方も見事。この“い行”の抜き方のみならず、リズム重視で音を置きにいく歌い方も見られ、この楽曲のあたりからアンニュイとは異なる脱力した歌い方にチャレンジしているのがわかる。