藤井 風、「grace」で迎えた転換点をリリースから1年の今あらためて考える 外との繋がりで手にした新たなフェーズ

 先日公開された藤井 風のインタビューは発見の多い内容であった(※1)。特に驚いたのは、昨年10月10日に発表した「grace」で「燃え尽きたような感覚になってしまった」という話だ。彼曰く、「次に何をしたらいいのか長い間全然わからなかったし、曲を作る必要性も感じなかった」という。これはいわゆるアスリートが長年の目標を達成した際に陥る“燃え尽き症候群”と、アーティストが音楽活動を続けていくなかで襲われる“創作意欲の枯渇”のようなものの両方ではないかと想像する。アーティストはしばしばそうしたスランプに苦しみ、なかには活動から身を引いてしまう人も少なくないため、この言葉には驚かされた。

 そしてその苦悩から抜け出せた理由が「外側からの提案」だと明かされている。その「提案」がなければ、次の曲までにはもっと時間がかかっていた可能性があるというのだ。今年8月にリリースされた「Workin' Hard」がまさにそれだったわけである。『FIBAバスケットボールワールドカップ2023』の日本テレビ系、テレビ朝日系共通テーマソングとして書き下された同曲は、心機一転で海外制作を敢行したことで、従来のスポーツ大会のテーマ曲のイメージをアップデートするような挑戦的な作品に仕上がったと感じる。

Fujii Kaze - Workin’ Hard(Official Video)

 自分の核にあるものと外の世界とが繋がることで、新しい何かを生み出していく。彼にとってその始まりは、2021年の「旅路」(テレビ朝日系ドラマ『にじいろカルテ』主題歌)であり、その後もいくつかのタイアップを実現してきた。多くのアーティストがそうであるように、彼もまた、歌いたいことを歌って自分の世界を追求する時代から、外部との繋がりを通して物作りするフェーズへと移っている。「grace」もそうしたモードのなかで生まれた作品だが、それでも「言いたいことをすべて言い切って」燃え尽きてしまうほどの楽曲となったというのだ。

藤井 風 - "旅路" Official Video

 それを踏まえると、いかに「grace」という曲を完成させたことが、彼にとって大きなことだったかが分かる。そもそも「grace」は、NTTドコモとの共同プロジェクト「KAZE FILMS docomo future project」のために書き下ろされた楽曲だった。このプロジェクトが掲げていた「すべてのひとに、才能がある」というテーマに彼はかなりインスパイアされたようで、彼のもともと持っていた考え方と、このプロジェクトが共鳴したことで生まれたのが「grace」であった。

 実際この曲の歌詞には〈あなたはわたし わたしはあなた〉〈僕らは みな等しく光ってる〉といったフレーズが登場するが、この考え方はこれまでの彼の楽曲にも似たものが散見される。

〈そうか 結局は皆つながってるから〉(「青春病」より)

〈見つめても みんなおんなじ顔/私もそう 入れ物が/ぱっと見ちがうだけ〉(「ロンリーラプソディ」より)

 このように彼自身も何度か楽曲に落とし込んでいた考え方だったからこそ、すべて出し切るほどの楽曲になったのだと思う。さらに言えば、それまでは“孤独”とセットで語られていた“みんな同じ”という物の見方が、「grace」においては“才能”というものと結びついたことで一気に輝きを増したと感じられる。

藤井 風 - "青春病" Official Video

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