「上を向いて歩こう」作曲家・中村八大が残した稀代のジャズアルバム 現代に繋がる『メモリーズ・オブ・リリアン』の先進性

中村八大、稀代のジャズアルバム

 A面1曲目のタイトル曲「メモリーズ・オブ・リリアン」は、ニューヨークのジャズクラブで知り合った黒人の少女・リリアンとの思い出から名づけられ、クールかつ繊細なタッチのピアノとリズム隊が交差することで生まれる疾走感がどこまでも心地いい。勢いそのままに2曲目の「ランダム・キス」でも、ドラムのハイハットが全体の輪郭を鮮やかにし、栗田の強靭なベースワークが深みを与えている。美しいバラード「フェアウェル・トゥ・ガン」は、中村が映画『みな殺しの歌より 拳銃よさらば!』(1960年)のために書き下ろした主題歌で、そのリリカルなピアノが印象的な作品。栗田のベースも“歌いまくる”。中村のピアノはアルバム全編を通してリリカルかつ力強く“品”を感じさせてくれる音色で、心と耳に残る。「キンダーガーテン・ブルース」では、強力なリズムが軽やかなピアノをよりスムースに響かせる前半、アドリブで中村のファンキーなピアノが炸裂する後半と、スリリングでエネルギーが迸る演奏になっていく。

 B面の「ジャズ・ミー・ロウ・ダウン」「ストムピン・アット・ザ・サンボア」では、トリオの強力なアンサンブルが高揚感を連れてくる。プレイヤーの即興的演奏が高揚すればするほど人の心に刺さっていく、これぞまさにジャズという曲が並ぶ。「ジャズ・ミー・ロウ・ダウン」での中村のピアノはソウルフルな情感を感じさせ、スウィング感溢れる「ストムッピン・アット・ザ・サンボア」はリズミカルな音色で心と体を揺らしてくれる。いずれも3人の豊かなイマジネーションによる即興が出色。「ラブ・イン・ダークネス」はよりリリカルなピアノを楽しむことができる。この曲をはじめ、中村が書く曲はどれもやはりメロディアスで、どこかに情緒を感じる。そんなメロディとニューヨークから連れてきた空気がブレンドされ、中村流モダンジャズアルバムとして届けられた。

 アルバムのラストを飾るのはラテンリズムで始まる「ロリータ」。途中からテンポが速くなり、ピアノもリズム隊も熱を帯びた演奏に。そして冒頭の印象的なフレーズを繰り返し、よりメロディアスなフレーズへと繋がっていく。3人が奏でる美しいリズムに心を持って行かれる。

 中村がニューヨークで感じた当時の最新のモダンジャズが、独自のメロディと化学反応を起こしたことで、昭和ジャズの新しい流れとして提示されたのが、この『メモリーズ・オブ・リリアン』なのではないだろうか。アナログLP『メモリーズ・オブ・リリアン(Remastered 2023)』は、オリジナルマスターテープからのリマスターということで、豪華トリオのクールでエネルギッシュなセッションから生まれる熱、スタジオの空気は1961年当時をそのまま感じることができ、それぞれの楽器の音の細やかな描写、ニュアンスもクリアに伝わってくる。60年以上前の音源とは思えない鮮やかさが印象的で、それまでの中村のジャズアルバムとは一線を画す一枚であるとともに、同年に自身のリサイタルのために作られた「上を向いて歩こう」とは兄弟作とも言えるだろう。メロディアスな楽曲を、軽やかかつ凛々しい演奏で、重厚感も感じさせながら聴かせてくれる、後世に残したい逸品だ。

中村八大『メモリーズ・オブ・リリアン』

■リリース情報
中村八大『メモリーズ・オブ・リリアン』
2023年6月28日(水)発売
価格:4,400円(税込)
重量盤 LP1枚組(MONO)

Side A
01.Memories of Lyllyan
02.Random Kiss
03.Farwell to Guns
04.Kindergarten Blues
Side B
01.Jazz Me Low Down
02.Stompinʼ at the Samboa
03.Love in Darkness
04.Lolita

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