『インディ・ジョーンズ』の世界へ誘う巨匠 ジョン・ウィリアムズの音楽 映画史に残る名曲誕生秘話、最新作での“変化”も
『運命のダイヤル』、過去作とは作風が異なる“2つの理由”
そして、筆者は今回の『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』のサウンドトラックを聴いて、これまでのシリーズとは異なる手触りを感じている。おそらく、その理由は2つある。1つは、本作の舞台が1930年代ではなく1960年代であること。もう1つは、スピルバーグからジェームズ・マンゴールドにバトンタッチされたことによる、作風の変化だ。
ジョン・ウィリアムズはインタビューで、「(『インディ・ジョーンズ』シリーズは)オーケストラがアクションと一緒に疾走するような、現代の映画ではあまり見られないようなスタイルです」(※2)とコメントしている。もともとこの映画は、1910年代〜20年代に流行したような、“ヒーローが悪党と戦ってヒロインを救出する”という連続活劇に大きなインスパイアを受けている。シリーズ第1作『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(1981年)が公開された時点で、かなりアナクロな作品だったのだ。
『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』は1936年、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』は1935年、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』は1938年と、最初の3作は1930年代が舞台(『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』は1957年)。ナチスとアークを巡って戦ったり、サギー教の親玉とサンカラ・ストーンを巡って戦ったり、プロット自体もだいぶ荒唐無稽。だからこそ、古き良き冒険活劇としてややカリカチュアされた表現も可能となる。ナチスは軍国主義の“悪の集団”としてダークな色彩のオーケストラで奏でられ、インドに行けばシタールが使われる。ちょっと恥ずかしいくらいの、サウンドとしての分かりやすさ。それこそ、ジョン・ウィリアムズが『インディ・ジョーンズ』シリーズで実践した手法だったのである。
だが今作『運命のダイヤル』の時代設定は、人類が初めて月に降り立った1969年。かつての連続活劇映画にあったような、ロマンと冒険の香りは雲散霧消している。時代錯誤なヒーローによる、時代錯誤な冒険物語。そうなるとカリカチュアされた表現は難しい。過去作に比べて、サウンド面でおとなしい印象を受けてしまうのは、おそらくそのあたりに起因したものだろう。
そして、スティーヴン・スピルバーグという天才フィルムメーカーが降板したことも大きい。彼の演出は、いい意味でも悪い意味でも非常にエクストリームだ。笑い、恐怖、興奮、ロマンス。あらゆる要素を寸断なく、マシンガンのように撃ち続けてくる。あまりのハイテンションに、観ているこちら側の感情がグチャグチャになりそうだ。よってジョン・ウィリアムズの音楽も、あらゆる感情が次々に現れては消えていくような、とんでもなくハイスピードなものとなる。
だが今回バトンを受け継いだジェームズ・マンゴールドは、明らかにそのような資質の持ち主ではない。ナチスの顔面が爆発したり、生贄の心臓が手づかみで取り出されるような、スピルバーグの悪趣味テイストを完全に封印している。骨太なアクションと、王道なストーリーテリングこそが、彼の持ち味。それを反映するように『運命のダイヤル』はジェットコースター的上下運動は緩和され、全体的に重厚感のあるスコアに。ライトモチーフをごった煮状態で入れまくるというよりは、1曲ごとの個性が際立った作品に仕上がっている。
叙情的で美しい「ヘレナのテーマ」
個人的に印象的なのは、M2「ヘレナのテーマ」。インディの旧友の娘 ヘレナ(フィービー・ウォーラー=ブリッジ)のテーマ曲だ。インディに勝るとも劣らないくらいに冒険心が旺盛なキャラクターで、80代を迎えたハリソン・フォード演じるインディに代わって、この映画では彼女がアクションの主導権を握っている。となれば、『魔宮の伝説』のショート・ラウンド(キー・ホイ・クァン)のテーマのように、もしくは『クリスタル・スカルの王国』のマット・ウィリアムズ(シャイア・ラブーフ)のテーマのように、明るく軽快な音楽になっていてもおかしくない。
だが実際に「ヘレナのテーマ」を聴いてみると、ピアノが美しい旋律を奏で、木管楽器がゆったりと包み込むような、叙情的で美しい楽曲だ。そのメランコリックな調べは、どこか『レイダース』で使われていた「マリオンのテーマ」を彷彿とさせる。意識的に、インディとマリオンの冒険を反復しているのかもしれない。やんちゃな冒険家の一面よりも、女性としてのたおやかさ、優しさがフィーチャーされている。
「ヘレナのテーマ」を軽快な「レイダース・マーチ」のように仕上げてしまうと、2代目インディとして認識してしまい、彼女主演でスピンオフが作られることを期待してしまう。偉大なシリーズの最終章を作るにあたって、ひょっとしたらジョン・ウィリアムズはそれを避けたかったのかもしれない。あくまでこのシリーズは、インディ・ジョーンズという男の冒険を描き続けてきたのだから。
『運命のダイヤル』USプレミアには、キャストのハリソン・フォード、フィービー・ウォーラー=ブリッジ、マッツ・ミケルセン、ジョン・リス=デイビス、そしてスティーブン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカス、ジェームズ・マンゴールドといった面々が勢揃いした。スピルバーグの紹介で、ジョン・ウィリアムズがオーケストラと共にサプライズで登場した瞬間、ロサンゼルス・ドルビーシアターに詰めかけたファンの熱気は最高潮に。そして自らタクトを握り、「レイダース・マーチ」を演奏したのである。
今年91歳を迎えたマエストロは、この作品が最後の映画音楽となるだろうと語っていたが、最近はそれを撤回するようなコメントも出しており、その制作意欲はまだまだ衰えていない様子。インディの冒険は最終章を迎えても、巨匠 ジョン・ウィリアムズの冒険はまだまだ終わりを告げることはないようだ。
※1:https://www.empireonline.com/movies/features/indiana-jones-john-williams/
※2:https://jwfan.com/?p=14810
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