SABLE HILLS、明日の叙景、Paledusk……国内メタルシーンの新たな隆盛を担うバンド ジャンルや国境を越えた鮮烈な存在感
日本は世界有数のメタル大国である。無論、ヘヴィメタルの類に普段から触れていない人には全く自覚がないだろう。1980年代に栄華を誇ったことこそ認識していても、それは一過性のものだったと考える向きも多いかもしれない。シーンの存在を関知していない人、もしくは数十年前のイメージで止まっている人に、現在の国内メタルシーンの概況をご紹介したい。
ここでデータをもとに具体的な数字で見てみよう。2023年9月22日時点でのメタルバンド数国別ランキングを見てみると(※1)、日本は2866組で、圧倒的首位を誇るアメリカの37353組にこそ完敗だが、メタル発祥の地 イギリスが6868組という結果を鑑みるに充分な規模だと言える。メタルが盛んなことでおなじみのノルウェーでさえ2173組だ。ちなみに中国や韓国はいずれも500組に満たない。アジア圏で日本に迫る勢いを見せているのは、近年デスメタルが勢いづいているインドネシアくらいだ(2384組)。リスナーがバンド数の数倍いると考えれば、土壌の豊かさがわかっていただけると思う。加えて、日本にはフィジカル(CDなどの現物)を購入・蒐集する文化がまだ生きている。毎月欠かさず国内盤が発売され、そのプロモーションを兼ねて来日公演も行なわれる。この先10年は市場としてもなくならないはずだ。
ただし、この数字はあくまで集計元となったメタル版Wikipedia『Encyclopaedia Metallum』に登録されたバンドの数であり、当該サイトはポップス要素のあるメタルコアやV系など純粋培養とは言いがたい広義のヘヴィミュージックを受け容れない姿勢のため、ある程度偏りがあることは否めない(その上、解散・活動休止・活動中を問わず計上されている)。こうした一部バンド群の透明化への疑問の声が国内ファンコミュニティであまり聞かれないのは、先述した“市場”を構成する購買者が何を重視しているかに由来するだろう。端的に言ってしまえば、オールドスクール寄りの音楽性の、海外アーティストを評価するという価値観だ。例えばポップスやギターロックの熱心なリスナーで、国外のものは全く聴かないという人は決して少なくない。対して、メタルのリスナーで100%邦楽のみという聴き方は極端に少ない。欧米の先達は絶対的な評価軸であり、彼らの作品は前提知識として扱われる。どんな規模であれ日本のバンドは、本邦まで届く規模の海外アーティストと常に比較されてきた。しかし近年、邦洋を股にかけ存在感を放つバンドが現われている。
SABLE HILLS
現在海外進出中と言えば、真っ先に挙げなければならないのはSABLE HILLSだ。2015年結成、実の兄弟であるTakuya(Vo)とRict(Gt)がオリジナルメンバーかつバンドの核として牽引してきた気鋭のメタルコアバンドである。
メタルコアは2000年代~2010年代前半に隆盛を極めた。そのなかでコーラス部分にクリーンボーカルを導入し、キャッチーな歌メロで飾るというパターンが主流になっていく。だが、2010年代に入ってからのメタルコアは“チャラい”とされる傾向にあった。SABLE HILLSはそのことを承知で、両世代にまたがるサウンドを意識しているという。公式サイトのバイオグラフィにある「若者にはメタルを、年長者にはメタルコアを証明する」はまさにその宣言だ(※2)。2019年の1stアルバム『EMBERS』では加速していくテクニカル志向に背き、丁寧なリフ作りで構築された楽曲が並ぶ。2000年代を彷彿とさせるメロディとグルーヴのバランスを感じる一方、終曲「Not Falling」では、ダウンチューニングした弦楽器で奏でる重いブレイクダウン~開放感のあるシンガロングパート~ポストロック然とした締めという展開で、明らかに現行の音楽なのだとわかる。
フェスや海外バンドの来日公演への出演で徐々に勢力を拡大していったSABLE HILLSに転機が訪れたのは昨年のこと。世界最大級のメタルフェス『Wacken Open Air』内で行なわれる新人発掘コンテスト『Metal Battle』において、日本勢として初の優勝を果たしたのだ。国内予選を勝ち抜き、コロナ禍による延期を経て現地での本戦に挑んだ彼らは見事に爪痕を残した。間髪入れず2ndアルバム『DUALITY』を携えたヨーロッパツアーを開催し、ファイナルの東京・Spotify O-WEST公演をソールドさせた。来たる2023年8月には『Wacken Open Air』へ2度目の出演が予定されている。エクストリームメタル界の敏腕プロデューサー マーク・ルイスを迎えての2ndアルバムはドラムの手数と圧も増し、「Sin」などのよりモダンなアプローチの楽曲も増えた。今後間違いなくシーンの顔になるだろう。
明日の叙景
都内を拠点に活動する4人組・明日の叙景は、これまでにない方向性で頭角を現わしている。
昨夏リリースの2ndアルバム『アイランド』がストリーミングサービスやBandcampといった流通経路で広まり、高評価を得る。個人が音楽作品を採点する大手海外サイト「Rate Your Music」では、2022年の全リリース数千作品の中で31位をマークするという驚異の飛躍を遂げた。さらに並行して国内でも一躍注目の的に。特筆すべきは非メタルリスナーからの支持で、歌メロを一切用いていないアルバムとしては異例の事態であった。昨年12月に開催したワンマンは満員、先月からはワールドワイドに活躍するバンドの大先輩 Borisと共にヨーロッパツアーを廻り、帰国したばかりである。
『アイランド』がこれだけの作品になったのは、メタルでありながらアートワークにアニメテイストの意匠を採用したことも大きいが、何よりその音楽性が理由に他ならない。なにせ「J-POPの名盤感」を意識して作られたブラックメタルなのだ。誰も禁じてはいないのに誰もがためらった、そんな融合を高度に緻密に成立させたことで、特異点と化した。日本で育ったリスナーには懐かしさや郷愁を感じさせ、海外で育ったリスナーには珍しさと衝撃を与える。こうして独自の磁場が発生し、多くの人が惹きこまれるに至った。また、テーマが“夏”であること、布(Vo)による内省的なポエトリーリーディング、コンポーザーでドイツ育ちの等力(Gt)が持つ変則的なJ-POP観、2次元美少女的世界観との結びつきなどが合わさり、爽快感と寂寥感を同時に内包する、いわゆる“エモさ”が醸成されている。激情や哀しみではない“エモさ”をヘヴィミュージックで表現するのは非常に難しく、この点が国内リスナーにアプローチした所以ではないかと思われる。今夏には『アイランド』再現公演も控えているので、動向をチェックしておいてほしい。