リアルサウンド連載「From Editors」第9回:問題作と話題の『ソフト/クワイエット』を観て思ったこと

 「From Editors」はリアルサウンド音楽の編集部員が、“最近心を動かされたもの”を取り上げる企画。音楽に限らず、幅広いカルチャーをピックアップしていく。

隣人への恐怖が増す『ソフト/クワイエット』

映画『ソフト/クワイエット』予告編

 2度目の出番にしてもうネタがない……一体誰だ、「人生はチョコレートの箱のようなもの」なんて言った人は。開けてみないと何が起こるかわからない? そもそも甘いものが出てこない。私の人生の箱は入れ子状のようで、開けても開けてもいっこうに中身が姿を見せてはくれなくて悲しい。

 この連載は編集部スタッフで一週間ごとに回している。人数的に一カ月半に一度「心を動かされる瞬間」に出会う必要があるわけだが、とにかくネタを見つけねばという一心で観に行った映画『ソフト/クワイエット』。端的に言うと「とんでもない映画」という触れ込みで話題の作品だ。

 あらすじは以下。

とある郊外の幼稚園に勤める教師エミリーが、「アーリア人団結をめざす娘たち」という白人至上主義のグループを結成する。教会の談話室で行われた第1回の会合に集まったのは、主催者のエミリーを含む6人の女性。多文化主義や多様性が重んじられる現代の風潮に反感を抱き、有色人種や移民を毛嫌いする6人は、日頃の不満や過激な思想を共有して大いに盛り上がる。やがて彼女たちはエミリーの自宅で二次会を行うことにするが、途中立ち寄った食料品店でアジア系の姉妹との激しい口論が勃発。腹の虫が治まらないエミリーらは、悪戯半分で姉妹の家を荒らすことを計画する。しかし、それは取り返しのつかない理不尽でおぞましい犯罪の始まりだった……。(※1)

 あらすじだけで面白そう! となり、何も考えずに意気揚々と映画館に行き、ズーンとした気持ちで映画館を出た。メンタルが乱高下したことは「心を動かされた」とも言えるだろう。

 主人公は、白人至上主義を持つ幼稚園教師のエミリー。会合で彼女は、「差し入れを持ってきた」と表面にハーケンクロイツをあしらった手作りパイを笑顔で振る舞う。そこから彼女たちは多文化主義や多様性、フェミニズムなど、近年よく耳にする主義や主張を否定し、移民を蔑みながら単一民族国家こそ正常な社会の姿、女性は女性らしくあれと強く主張する。

 しかも、そんな会合を教会でしているものだから、案の定、神父に追い出されてしまう。会合スタートから追い出されるまでの(たぶん)15〜20分くらいは、ヘイトスピーチのオンパレード。そこから食料品店で偶然出会ったアジア系の姉妹に対するエミリーたちの理不尽な主張が横行し、目も瞑りたくなるような暴力へと発展、ただならぬ緊張感のなかでクライマックスを迎える。特にキャストの熱演が印象的で、良心の呵責を感じさせながらも、暴力の快楽に溺れていくような演技は凄まじかった。

 監督は中国系アメリカ人の母とブラジル出身の父を持つ女性の方で、インタビューでは自身も差別を受けてきた経験があると語っている。そして今作については、身近な場所にエミリーたちのような存在がいるかもしれない、と警鐘を鳴らす作品だとも(※1)。

 ただ、観ていて思ったのは、この理不尽に対してどう対処すべきかということ。誰がどんな考え方を持っているかなんてパッと見てわからないし、今作で事件を起こす人たちも教師や子持ちの主婦など、監督が言う通りどこにでもいる隣人だ。それにヘイトクライムに繋がる要因として、彼女たちが個々に直面している問題、多様性という言葉に居場所を奪われつつある状況も描かれるが、物語の顛末を考えると同情できるものではない。不妊治療が上手くいかない、職場で昇進できないなど、個人的な問題に対する憤りを社会に向け、彼女たちなりの大義を掲げながら暴力で憂さ晴らしをしているだけのように感じたし。

 『ソフト/クワイエット』は想像していた通り気分が良くなる映画ではないが、意欲的な作品であることは間違いないので、興味を持った方はぜひ劇場へ。

※1:https://soft-quiet.com/

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