アデルとビヨンセの一騎打ち、要注目なダークホースも? 変化の渦中にある『第65回グラミー賞』を池城美菜子が徹底予想

池城美菜子『第65回グラミー賞』を徹底予想

ビヨンセは過小評価されているのか?

 問題は、最優秀アルバム部門。ここはぜひ、ビヨンセ『RENAISSANCE』が獲ってほしい。これは、筆者のようなデビュー時からのダイハードなファンでなくても、多くの音楽ファンの願いではないだろうか。彼女は昨年、カントリー/ブルーグラスのアリソン・クラウスを抜いて、女性では歴代最多となるグラミー28冠目を獲得した受賞者になった。だが、主要部門は2010年に「Single Ladies (Put a Ring on It)」で最優秀楽曲賞を一度しか受賞していないのだ。彼女よりキャリアが短いアデルは7回、テイラー・スウィフトは6回。ジャンルが異なるし、そもそも均等に受賞させる必要がないのも重々、承知している。しかし、だ。チャートアクションやツアーの売れ行き、カルチャー全体に対する貢献度において、ビヨンセが劣っているとは考えづらい。少し強気なことを書くと、この意見を英語で伝えたら、アデルとテイラー自身が賛成してくれるだろう。なにしろ、ふたりは大のビヨンセファンであると公言している。

Beyoncé - Single Ladies (Put a Ring on It) (Video Version)

 ノミネーションは夫のジェイ・Zが88個と最多だったところ、今回の『RENAISSANCE』で9部門にノミネートされたことで並んだ。これは、お互いの作品にクレジットされているのと、ジェイ・Zは共演が多いのも大きい。本稿の冒頭で、「グラミー賞でノミネートされるのも勲章」と書いたが、Destiny's Childとしての活動も含めて、21世紀最大のエンターテイナーと言っても過言ではないビヨンセとなると話が違う。本人が一度も文句を言ったことがない以上、肌の色が障壁だと言いたくないが、実際にこれまでのカテゴリーごとの受賞歴の動向をチェックすると、そう思わざるを得ないのだ。

 2017年、最優秀アルバム賞を、サウンドでも歌詞でも大いに攻めていたビヨンセ『Lemonade』ではなく、アデル『25』が受賞したとき、アデル本人が「『Lemonade』は記念碑的な作品で、私は今までもこれからもビヨンセが大好き」と受賞スピーチの半分をビヨンセに捧げた。また、2020年にタイラー・ザ・クリエイターが最優秀ラップ・アルバムを受賞した際、プレス向けの会見で「今までの活動を認められた喜びが半分、ジャンルベンディング(ジャンルをまたいだ)作品を作っても、いわゆる“アーバン”のカテゴリーに閉じ込められるのを不服に思う気持ちが半分あります」と明言した。ビヨンセはR&BグループだったDestiny's Childからソロになって以来、意識的にポップな曲に挑戦してきた。歌い方のベースにゴスペルがあるため、なにを歌ってもブラックミュージックのDNAが入り込むのは事実だが、彼女が常に「R&B」のカテゴリーに閉じ込められる窮屈さ、不公平さをいみじくもテイラーが代弁したと思う。対抗馬としてアデル『30』を推すアメリカのメディアは多い。記録破りの売れ方をしたレゲトンのバッド・バニー『Un Verano Sin Ti』も健闘するだろう。

Beyoncé - BREAK MY SOUL (CLIQUEBAIT)

 『RENAISSANCE』はハウスミュージックを軸とした、ポップアルバムである。これまで人種差別撤廃やフェミニズムの観点から曲を作ってきたビヨンセが、LGBTQ+コミュニティ、とくにトランスジェンダーの人々の安全を願ったメッセージを強く込めた作品でもある。肌の色以上に、彼女の政治的・社会的な信条、影響力をきらう勢力はあるかもしれない。だが、肉体の解放という人類共通のテーマも大部分を占め、説教くさいところはない。緻密なトラック、ビヨンセと一流のソングライターたちによる歌詞も凄まじい。『RENAISSANCE』の聴きどころは、彼女の神がかった歌唱力と表現力である。ビヨンセに言及すると、つい感情的になってしまうのでこの辺りでやめよう。

 主要4部門中心の予測・考察が本稿の目的ではあるが、ここで有力候補として挙げられなかったアーティストもほかのカテゴリーで受賞する可能性がとても高い。8部門でノミネートされているケンドリック・ラマーはラップ部門や、ディープフェイクを使った「The Heart Part 5」で最優秀ミュージック・ビデオ賞などで複数のグラミーを手にするだろう。6部門でノミネートされているハリー・スタイルズと、5部門でノミネートされているリゾは、最優秀ポップ・ボーカル・アルバム賞と、最優秀ポップ・ソロ・パフォーマンス賞でもアデルと闘うことになる。最優秀R&Bアルバム賞はメアリー・J.ブライジ、最優秀プログレッシブR&Bアルバム賞はスティーヴ・レイシーがまず獲るだろうし、それ以外のR&B部門ではやはりビヨンセが強い。

 グラミー賞は音楽の祭典であり、アメリカではみなが視聴するテレビの特別番組である。毎年、趣向を凝らしたパフォーマンスも見どころだ。現時点で発表されているのはハリー・スタイルズ、バッド・バニー、メアリー・J.ブライジ、ブランディ・カーライル、サム・スミス、リゾ、ルーク・コムズ、スティーヴ・レイシー、キム・ペトラス。また、The Rootsのクエスト・ラヴとブラック・ソートを中心としたヒップホップ史50周年トリビュートのセクションが設けられる。ビヨンセとアデル、テイラー・スウィフトも出席が決定している。会場は、2021年にステイプルズ・センターから改名したクリプト・ドットコム・センター。日本時間、2月6日の午前中が楽しみだ。

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