ゆいにしおの音楽を「女食住」から紐解く メジャーファーストアルバムにも根ざした“生活感”
美味しい食事は音楽と似ている
――2つ目のキーワード「住」について。改めて地元はどちらですか?
ゆいにしお:愛知県愛西市っていうところなんですけど、小さい頃は 「佐屋町」という名前でした。そこから合併して大きくなったので、元はその中でもかなり田舎の地域だったらしいです。
――地方の出身にも関わらず、ゆいにしおさんの楽曲に登場する世界観って割と東京のイメージがあるんですよね。
ゆいにしお:本当に地元に愛着がない人間なんです(笑)。周りに私立受験をする女の子が私しかいなかったので、地元に友達がほぼいないですし。田んぼ道を30分歩いて小学校まで通っていたんで、田園風景は見慣れているはずなんですけど、昔から渋谷系とかシティポップを聴いて、東京の街並みに憧れてたからなのかもしれないです。
――東京に行ってイメージは変わりました?
ゆいにしお:表参道とか銀座って観光地のイメージだったんですけど、普通に住んでいる人がいて「生活できる街なんだな」っていうギャップがありましたね。
――2ndミニアルバム『She is Feelin’ Good』をリリースをした際、短編小説を書かれていましたけど、あれも上京した女の子の話ですよね。今回の「CITY LIFE」を聴いた時も思ったのが、ゆいにしおさんの描く世界観は、田舎から憧れの東京に来たんだけど、キラキラしている街並みに対して、どこか馴染めない寂しさに疎外感を感じる女性が多い気がして。
ゆいにしお:やっぱり私のような田舎の女の子から見たら、東京はキラキラしてるんです。ただ、そんな街でも光の部分が強い分、影がめちゃめちゃ濃いだろうなと思って。元気な曲は好きなんですけど、その中から浮かび上がる陰の部分を書きたくなっちゃうんですよね。
――3つ目のキーワード「食」について。過去には「町中華」という曲を書いていたり、さらに遡ると音楽活動をしながらグルメ系のライターをされていた時期もありましたね。「食」が好きな理由ってなんですか?
ゆいにしお:美味しいものを食べると元気になるのもあるし、お店で食事をした時に「こうすれば自分でも再現できるな」と想像してお家で料理するのも好きなんです。これはちょっと音楽と似てるなと思っていて。「ここでベースがめっちゃ動いてるから、良い響きになっているんだな。それを自分の曲でやってみよう」と思える。
――料理を食べて「この食材をどう味つけしているのか」を想像するように、楽曲を聴いた時に「この楽器をどう生かしているのか」を考えるわけですね。ライターを始めたきっかけは何だったんですか。
ゆいにしお:大学生の時に、名古屋の美味しい喫茶店とかグルメスポットを紹介するメディアで、インターンをしていて、そこで女子大生ライターとして書かせてもらっていました。文章を書くのは得意だと思っていたんですけど、編集さんから赤字が入って戻されるので、すごく落ち込んだ記憶があります。例えばパンの記事を書くとしたら、どんなパンなのかを読み手に想像させるような文章を書かなきゃいけないんですけど、それがなかなかできなくて苦労しましたね。
――さらに、ファンクラブ限定で公開しているZINE『五月食日記』では好きな飲食店を始め、食べ物にまつわる記事を書かれています。
ゆいにしお:東京に来てから弾き語りのライブを月に2、3回やっていて、いつも来てくださるお客さんがいるんですけど、物販が変わらなかったり、セトリも似たようなものになってきちゃったりして。そこでサービスとして、フリーペーパーを置いてみようと思ったのが始まりでした。昔から雑誌を読むのがすごく好きなので、カルチャー雑誌風にしたくて書きましたね。
――何と言っても、今回のメジャー1stフルアルバム『tasty city』ですよね。タイトルの通り、食にまつわる楽曲が中心の作品になっています。
ゆいにしお:最初はテーマを特に決めずに曲を作っていたんです。でも、ほとんど食べ物が歌詞に入ってたんで「『tasty city』しかないっしょ!」ってなりました(笑)。
――コンセプチュアルな作品を目指していたのかと思っていました。
ゆいにしお:そもそも『tasty city』ってファンクラブの名前なんですよ。マネージャーさんからの「食べ物の曲ばかりだし、大事にしている名前だし『tasty city』がいいんじゃないかな?」という話が発端で決まりました。
「ご飯を食べて美味しい! 元気出た!」ぐらいのシンプルに生活を楽しめたら
――なるほど。食事を歌詞にするのって面白いですよね。例えば、スープがあったとして「幸せ」とか「喜び」と言わなくても「温かいスープ」という表現だけで幸福感が滲み出る。逆に、「冷めたスープ」だけで寂しさや虚しさが伝わってくる。歌詞の中に食事や料理を入れることで、リアリティが生まれるし、説明しなくても説明になっているというか。
ゆいにしお:本当にそうですね。同じ思い出じゃなくても、その食べ物に対して一人ひとりに思い出がある。そこにまつわる気持ちがどこかで繋がっていて、共通言語みたいになっているっていうのは面白いですね。
――ご自身の中で、特に好きなフレーズはありますか?
ゆいにしお:食べ物だと「Rough Driver」の〈好きなサービスエリア うまいフランク売ってんだ〉ですね。どこのサービスエリアにもフランクフルトが売ってるじゃないですか。みんな思い思いのサービスエリアを浮かべられるんじゃないかな、と思って好きです。あと、「CITY LIFE」の〈30になれば望んでいないような 呪いも晴れて解けてくるはずでしょう 張り付いたままの笑顔で また別の呪いがかかる〉。年齢を重ねれば重ねるほど、共感していただけるかもしれないと思います。
――「sun shade」に〈足の小指だけにネイル〉というフレーズがありましたけど、あれってどういう意味なんですか?
ゆいにしお:これは、是枝裕和監督の映画『海街diary』が元になっていまして。海辺で過ごす四姉妹の話なんですけど、長澤まさみさん演じる次女・香田佳乃が、広瀬すずさん演じる異父姉妹の四女・浅野すずに「ネイルを塗ってあげる」と言うんですね。でも、すずは「部活で剥がれちゃうし、校則的にも駄目だからいいよ」みたいに言うんです。そこで「じゃあ小指だけ」と言って塗ってあげるシーンがすごく好きで。姉妹っぽいというか、“女性同士の秘密”みたいなモチーフとして書きました。
――食事で言うと、知り合いの30代の女性が「好きな人にフラれたんだけど、仕事が忙しくてどこかへ遠出してリフレッシュすることもできない。だから最近は夜中にジャンクなものを食べて、泣きながらストレスを発散してるんです」と言っていて。そのことを「チートデイ」を聴きながら思い出しました。
ゆいにしお:泣きながら食事するって、なかなか忘れないですよね。「痩せたい」と言いながらフライドポテトをつまむ描写は、とある動画がヒントになっていまして。TikTokで「ホストに貢ぐ女の子あるある」というタイトルの「痩せたい」って言いながら「あとチキンバーガーを5個行けるよな」みたいな、マックを食べながら管を巻く女の子の動画を見て、そこからインスパイアされた歌詞なんです。
ーーちなみに、泣きながらご飯を食べたことってあります?
ゆいにしお:大学1年生の時にラーメン屋さんでバイトをしていたんですけど、そこのお店が悪い意味の体育会系で、お客さんの前で怒鳴りつけられるぐらいの感じだったんです。だけど賄いはめちゃめちゃ美味しくて、麺500gぐらいの大盛りをバックヤードで泣きながら食べた記憶があります。“泣きながらご飯を食べる”で言うと、坂元裕二さんの脚本のドラマ『カルテット』で、松たか子さん演じる主人公・巻真紀の「泣きながらご飯を食べたことのある人は、生きていけます」という台詞があって、それがすごく好きなんです。
――『カルテット』然り「チートデイ」の主人公然り、傷心した気持ちを美味しい食事で消化するシーンって、なんだかすごく愛おしくなりますよね。
ゆいにしお:うんうん、すごくわかります。
――アルバムの中で軸になっている楽曲ってどの曲でしょうか。
ゆいにしお:「女食住」の要素が全部が入っている「ワンダーランドはすぐそばに」ですね。この曲は絶対にアルバムの最後にしようと考えていたので、これが一番伝えたいことの芯になっているかなと思います。
――その伝えたい部分というのを噛み砕くと、どういうことですか。
ゆいにしお:〈結局は幸せになりたいだけなんでしょう? 答えは〉という1文がありまして。本当はシンプルな気持ちで生きたいはずなんだけど、いろんなしがらみとか、都会で生活する疲れとか、様々なことが日々起こる中で、幸せのあり方がノイズで見えなくなっていく。でもやっぱり「ご飯を食べて美味しい! 元気出た!」ぐらいのシンプルな感情で生活を楽しめたら良いなって。それを伝えられた曲だからこそ、アルバムの軸になっていると思いますね。
――個人的には、今作でゆいにしおさんが新しいフェーズに入った印象を受けました。
ゆいにしお:そうですね。ちゃんと“好き”を詰め込めたのは大きかったと思うんですよ。実は、去年出したミニアルバム『うつくしい日々』の時は、めちゃくちゃスランプだったんですよ。もう追い立てられるように曲を書いていたんですけど、今回は自分から楽しんで書けるようになったのがすごく大きいですね。
――どうやってスランプを脱したんですか。
ゆいにしお:せっかくなら楽しんだ方がいいっていうのもあるし、筋トレのように定期的に書かないと楽曲が生まれなくなっちゃうなと思ったので、日常の中でどうにか音楽のことを考える時間を設けたんです。最初はちょっと辛かったけど、それがだんだん楽しくなっていきました。
――楽曲制作に対するスタンスは変わってきていますか?
ゆいにしお:そうですね。レーベルに所属していない頃は、自分の日記みたいな感じで、ただただ好きなものを披露する感覚だったんです。だけど、ちゃんと多くの人に曲を聴いてもらいたいという欲が湧いてきて。自分の好きなものと共感してもらえるものを、うまくミックスして最強の曲にできたらと思っています。今回、食べ物を歌詞に入れたんですけど、食べ物そのものをタイトルに入れたことはなかったので、次の作品はそこにもトライしたいですね。固有名詞をタイトルにした方が検索もしやすいですし。そうやって曲の中身だけじゃなくて、パッケージの部分でも工夫を凝らして、より大衆に寄り添ったアプローチをしていきたいです。
■リリース情報
1st Full Album『tasty city』
発売日:10月5日(水)
収録曲:
1.CITY LIFE
2.mid-20s
3.スパイスガール
4.sun shade
5.チートデイ
6.suitcase
7. Rough Driver
8.パレード
9.息を吸う ここで吸う 生きてく
10.スポットライト
11.タッチミー(2022 Ver.)
12.ワンダーランドはすぐそばに
<特典内容>
先着購入者特典:「弾き語り音源収録CD」
収録内容
1. スパイスガール
2. チートデイ
3. 町中華
4. suitcase
5. tasty tasks
対象店舗
タワーレコード全店(オンライン含む)
HMV全店 (オンライン含む)
コロムビアミュージックショップ
応援店(応援店リスト https://columbia.jp/artist-info/yuinishio/info/80729.html )
Amazon.co.jpオリジナル特典:メガジャケ(24cm×24cm)
■ライブ情報
ゆいにしおMajor 1stFull Album 『tasty city』 Release Oneman Tour “tasty sound“
10月26日大阪・心斎橋Music Club JANUS
10月27日愛知・名古屋ell.FITSALL
11月25日東京・渋谷WWW
前売4,000円(1D別) /当日4,500円(1D別)