J-POPを「アカペラ史観」で読み直すーーアオペラ -aoppella!?-『A(エース)』を機に考察

前置き:細分化の進む音楽シーンの中で

 「誰もが知っているヒット曲がなくなった」というのはいわゆる流行歌の世界において常に言われ続けていることである。今では国民的ヒットが連発された時代として認識されている1990年代であっても、当時は『紅白』を見ても知らない人が多い。歌謡曲の時代は……」というような物言いがついていた記憶がある。

 ただ、メディアパワーの主軸がマスからソーシャルに移行しつつあり、どんな曲が流行っているかを示すランキングもたびたび機能不全に陥りがちな2020年代初頭、改めて言いたい。「誰もが知っているヒット曲がなくなった」。

 とりわけ、いわゆる「オタク」的な文化(これも旧来的な線引きではあるが話を分かりやすくするためにあえてこの言葉を使う)、たとえばボーカロイドを出自に持つ楽曲やアニメ/声優を起点としたムーブメントなどは、特定のファン層の熱がその原動力となっていることが多く、外側にいる人たちにはリアルな盛り上がりが伝わりづらいところがある。趣味嗜好にリベラルな態度をとりたいと思っている層であっても、ある文法に沿って描かれた絵柄が出てくるとどうしても壁を感じてしまう、そんなケースも少なくないのではないだろうか。かくいう筆者自身もその一人である。

 ただ、一見すると取っつきづらい、自分と距離がありそうなコミュニティの中で、音楽的なチャレンジが行われているケースも当然ある。これまでも自分は、ある種の偏見によって、そういった動きを見逃してきたのではないか?

 そんなことを考えるきっかけになったのが、6月15日にリリースされた「アオペラ -aoppella!?-」の初のフルアルバムとなる『A(エース)』である。

アオペラ -aoppella!?-『A(エース)』は21世紀のアカペラの歴史を巡る

 「青春×アカペラ」がテーマに多数の声優が参加する「アオペラ -aoppella!?-」について、公式サイトには以下の説明がある。

「楽器無し、声と身体だけで全ての音楽を表現する「アカペラ」。そんなアカペラに魅了された高校生たちの青春ストーリーを、複数のメディアで展開していく音楽原作プロジェクト」(※1)。

 声優とアカペラの組み合わせ、かつ昨年アップされたアカペラでのカバー曲のチョイス(Official髭男dism「Pretender」にKing Gnu「白日」と最近のJ-POPヒット曲が選ばれている)など、このプロジェクトの存在はコアな音楽ファンの耳には届きづらいかもしれない。しかし、今回の『A(エース)』、実は21世紀のJ-POPをある側面から語るうえでの重要な作品になっていると言える。なぜなら、今作はこの20年ほどの「日本のアカペラの歴史」を総ざらいするかのようなミュージシャンによって作られているからである。

【声優アカペラ】J-POPカバー「白日/Pretender」【アオペラMV】

 今作のトラックリストに目を向けると、まずはゴスペラーズの村上てつやと安岡優の名前が飛び込んでくる。アルバムの序盤を盛り上げるクールな雰囲気の「Follow Me」は村上、ラストを締めくくる今作の曲でも特にオーセンティックな「RAINBOW」は安岡が手がけている。最近では黒沢薫が若手のアカペラグループ・Nagie Laneをプロデュースするなど、J-POPシーンにおけるアカペラのパイオニア的存在は今でも活発な動きを見せている。

アオペラ -aoppella!?-『A(エース)』
Nagie Lane - Smile Again(Official Video)

 「Follow Me」で村上とともに作曲に名を連ねているのが、アカペラクリエイターとして知られる「とおるす」。彼の在籍するRabbit Catも新世代のアカペラグループとして注目を集めている。なお、とおるすは今作収録の「Let it snow, Let it snow, Let it snow」にも関わっているが、この曲を手掛けているのはPenthouseの浪岡真太郎である。

Scatting World【スキャッティングワールド】- Rabbit Cat

 そして、アカペラブームの火付け役となった『ハモネプ』の文脈とも今作は邂逅している。「リルリルHappy!」はRAG FAIRの引地洋輔と土屋礼央によるほのぼの感のあるポップナンバー。2002年に同時リリースしたシングル『恋のマイレージ』『Sheサイド ストーリー』がオリコンシングルチャートの1位と2位を独占するなど、往時のこのグループの人気は「現象」と呼んで差し支えないものだった。現在は4人編成での活動を続けている。

 『ハモネプ』起点でアカペラがブームとなった2000年代初頭には、同番組を経由していないボーカルグループも複数メジャーデビューを果たしている。今作の収録曲「Playlist」を手がけた橘哲夫は、2002年にメジャーデビューしたAJIに所属していた。当時の学生アカペラ界のスター的な存在だったこのグループのメンバーがこういった形でアカペラ作品に関わっていることに、懐かしさと嬉しさを覚える昔ながらのファンもいるかもしれない。

 新旧のアカペラの流れからPenthouseといった次代のJ-POPのエースまでが並ぶ『A(エース)』。こういったラインナップにおいて特に象徴的なのが、「キセキノウタ」に作詞・作曲・編曲で関わっている杉山勝彦である。

【声優アカペラ】リルハピ「キセキノウタ」フルver【アオペラ MV】

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