Eveはなぜアルバムに『廻人』と名づけたのか 狂騒の渦中にいた2年間を経て生まれた新たなマニフェスト

Eve『廻人』レビュー

 3月16日にリリースされるEveのニューアルバム『廻人』。2年ぶり、メジャー3作目となる今作は、TVアニメ『呪術廻戦』の第1クールオープニングテーマとして2020年に配信リリースされた「廻廻奇譚」をきっかけとして大きなブレイクスルーを果たしたEveが、以前とはまったく違う状況の中で作り上げた初めてのアルバムである。それまでもその特異な才能は注目を集めていたとはいえ、さまざまなタイアップ、急激に増えたメディア露出、そして発表される楽曲に対して渦巻く期待感……この2年間、Eveはある種狂騒的ともいえる盛り上がりの渦中にいた。そんな「Eve現象」の中で、彼は何を感じ、何を受け止め、そしてどんな変化を生み出したのか。『廻人』はそのドキュメントであり、Eveによる新たな「マニフェスト」でもある。

 この2年間のEveの活動は、大きく分けて2つのベクトルを持っていたと思う。1つは「廻廻奇譚」を始点として一気に高まった知名度と注目度に対して応えようというベクトル。アルバムにはその「廻廻奇譚」はもちろん、ロッテ「ガーナチョコレート “Gift”」テーマソングとしてsuis(from ヨルシカ)とコラボレーションした「平行線」、アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』の主題歌・挿入歌として書き下ろされた「蒼のワルツ」「心海」などのタイアップ曲が収録されているが、それらの楽曲はアーティストEveの「名刺」として、これまで彼の存在やその音楽を知らなかった人々に対するガイドのような役割を果たしてきた。

廻廻奇譚 - Eve MV
平行線 - Eve × suis from ヨルシカ MV
蒼のワルツ - Eve MV
心海 - Eve MV

 そしてもう1つはそれまでのEveとしての活動や信念を、その後の物語といかに密接に、確実に繋げていくかというベクトルだ。2年ぶりにボカロ曲として作られ、自身の歌唱バージョンがリリースされた「群青讃歌」(『プロジェクトセカイ カラフルステージ!feat. 初音ミク』アニバーサリーソング)、日本初となる個人制作アニメーションの祭典「Project Young.」の主題歌として書き下ろされた「遊生夢死」(この2曲は昨年9月に両A面のデジタルEPとしてリリースされた)といった楽曲は、Eveというアーティストの出自、根ざしてきたカルチャーを改めて強く思い起こさせるきっかけとなったし、昨年末の同人アルバム『Wonder Word』『Round Robin』の再生産販売、今年2月の初となるボーカロイドアルバム『Eve Vocaloid 01』のリリースは、メインストリームに躍り出た今だからこそ、Eveというアーティストの歩みを全体像として捉える上できわめて重要なものとなった。

群青讃歌 - Eve MV
遊生夢死 - Eve MV

 アルバム『廻人』は、その両方のベクトルが合流してひとつの大きな流れとなって生み出された。「廻廻奇譚」によっていわば「時の人」となった自分と、信念を曲げず、ストイックなまでに自らを見つめて音楽を作り続けてきた自分が1つになって、ますます巨大なエネルギーと表現力を爆発させる――そんなイメージあるいは願いを、彼は『廻人』と名付けたのではないか。『廻人』の「廻」はもちろん「廻廻奇譚」の「廻」であるが、彼はその漢字を使って自分自身を「カイジン」=「怪人」と言い表してみせた。これまでも自らの表現世界を「ZINGAI」という言葉で表してきたEveだが、そんな彼自身の表現者としてのアイデンティティが「廻廻奇譚」以降の現象と合体した、そんな印象を受けるアルバムタイトルである。

廻廻奇譚 - Eve MV(Live Film ver)

 そのアルバムタイトルを冠したインスト曲からアルバムは幕を開ける。聴き手の期待を煽るというよりは緊張を強いるような重々しくてダークなトラックはそのまま2曲目に収録された「廻廻奇譚」に繋がっていき、そのムードすら支配してしまっているように感じる。つまり、「廻人」というオープニングを置くことによって、あらゆる楽曲のモードがチューニングされ、1つの物語として整理されていく……わずか1分ちょっとのインストだが、それぐらい緻密な意思がこの冒頭には隠されているのではないかと思う。そんな機能を果たしているのは「廻人」だけではない。このアルバムはリリースされてきた数々のタイアップ曲を新曲群が挟み込むような構造になっているが、そういう形にすることによって、たとえばクリエイターへのメッセージソングとして機能した「遊生夢死」は果てなき自問自答の曲へと姿を変えるし、物語に寄り添って生まれてきた「蒼のワルツ」の〈犯してきた過ちも その後悔さえも/かけがえのないものだから〉というフレーズも自分を奮い立たせるものへと変貌するのだ。

YOKU - Eve MV

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