1stミニアルバム『アレゴリーズ』インタビュー
じん、10年間出せなかったパーソナルな音楽表現 本人歌唱が生んだシンガーソングライターとしての転機
じんが1stミニアルバム『アレゴリーズ』をリリースした。活動10周年というアニバーサリーイヤーに完成したのは、まるでデビュー作のような生々しい衝動がみなぎる一枚だ。昨年に小説・漫画投稿サイト「アルファポリス」CMタイアップ曲として制作された「後日譚」が本人歌唱による楽曲となったが、そのほかにも「消えろ」などじん本人が歌唱したオリジナル楽曲6曲とインストゥルメンタル3曲の全9曲を収録。初回限定盤Aにはアルバム収録曲のボーカロイドバージョンと昨年12月に発表したボーカロイド楽曲「GURU」の5曲が、初回限定盤Bには提供曲のアコギ弾き語りによるセルフカバーが収録されている。
アルバムには敬愛するTHE BACK HORN・菅波栄純がeijun名義で編曲にも参加。小説家、作曲家、脚本家など様々な肩書きでクリエイターとして活動してきたじんにとって、最もストレートに自身のマインドを表現したアルバムとも言える。
新作について、その背景にあった様々な状況の変化について、語ってもらった。(柴那典)
自分が歌うとなった瞬間に脳みそが変わった
ーー『カゲロウプロジェクト』の10周年イヤーについて語っていただいた前回の取材から約7カ月経ちましたが、昨年を振り返ってどんな一年になった実感がありますか?
じん:作り続けていた一年でしたね。10周年イヤーと銘打っていたんで、本来はがんがんリリースする一年になってもよかったんですけれど、実のところはこのアルバムも含めて、まだ発表されていないものを作り続けていた。始めることができた一年だったと思います。
ーー始めることができたというのは結果的にという感じですか? それとも、種を蒔いてきたことが実った感じですか?
じん:体感として、自分はずっと特殊な活動をしてきたと思うんです。たとえばロックバンドとか、シンガーソングライターとか、小説家とか、みんないい意味で自分をフォーマット化できていて。でも、僕はそれが上手くできなかった。今まで自分というものがよくわかっていなかったんですよね。でも、「じんとは何か」ということを自覚的に捉えるようになってきた。それで開けた感覚があって。まだ発表はできないんですけれど、アニメの脚本をずっと書いているんです。それに加えてRain Dropsさんに「エンターテイナー」という楽曲を提供させていただいたり、あとは「後日譚」という自分で歌唱した楽曲を発表したということもあって、いろいろと成長できたと思います。それで、ようやく始められそうだという実感ですね。
ーーその中でも「後日譚」という曲はいろんな意味で大きなターニングポイントになったと思うんですが、これはどういう風に作り始めたんでしょうか?
じん:この曲は電子書籍サイトの「アルファポリス」さんからCMタイアップのお話をいただいて。自分もインターネットに出自がありますから、自分の目線で書けるものがあるんじゃないかと思って、これまでテーマにしてこなかった「文筆」ということをテーマにした作品を作ろうと考えたんです。でも最初は「誰が歌うんだろう?」と思っていて。とりあえずデモソングを作って仮歌を入れて送ったら、僕が歌うのがいいという話になった。だったら、もう少し変えたい、こういうアイデアがあると言って完成させた感じです。戦略的にというよりも、自然発生的にあの曲を作る状況が生まれて、その中で文筆をテーマに書くべきだと思って、そこから自分が歌うということになった。で、10周年にあっているんじゃないかと言っていただいて、8月15日に発表したという形でした。
ーー先程、じんというのがわかりづらい、型にはまっていないと仰っていましたが、「後日譚」という曲に関しては、いわゆるシンガーソングライターとしての表現ですよね。しかも題材としては小説家である自分について歌っている。自分の濃度が100%な曲だと思ったんですが。
じん:そうなんです。「後日譚」を書いたから気付いたこともいろいろあって。この曲は自分自身のパーソナリティをキャラクターというファクターを通さないでドロップしている。狙ったわけではなかったんですが、10年かけて一番普通なやり方に巡り合ったという感じです。
ーーそしてアルバムも全て自分の歌唱になっている。これまで歌ってこなかったのが意外なほど歌の表現力があると思います。
じん:ありがとうございます。
ーーシンプルに、歌ってみてどうでした?
じん:大きかったのは、人に言わせられない言葉、「これを歌ってください」と頼みたくないような言葉を歌詞にできるということですね。わかりやすく言うと1曲目が「消えろ」というタイトルなんですけど、これは言葉の意味がわかって歌わないとダメな曲で。あとはものすごくパーソナルなことを曲にできるようになった。自分が歌うとなった瞬間に脳みそが変わったんです。音楽を作る製造工程が真新しくなってしまった。それは自分が歌ってみての大きな発見でした。
ーー意地悪な質問をしますけれど、逆に、これまで歌わなかった理由はなんでしょう? ボカロPとしてキャリアをスタートする方には、そもそも技量的に歌えないというタイプの人もいますが、じんさんはそういうわけではないですよね。
じん:一つはやっぱり、『カゲロウプロジェクト』ではキャラクターが主体になるので、人間が歌うのが合わないと思ったんですね。それが理由でそもそもボーカロイドでやることに手応えを感じていましたし、ずっとやってきた。シンプルに、それに思ったより長い時間がかかったというのが大きいです。あと、自分で歌うということの意味を感じなかったからですね。承認欲求があまりなくて。「すごい」とか「天才」とか、言われたら嬉しいんですけれど。それよりもシンプルに僕が思っていることに「わかる」と言ってほしい。承認より共感がほしい。だから歌う必要があまりなかった。文筆をやっていたというのもあると思います。物語はすごく具体的に、写実的に書くものが多いので、それが僕にとって肉体的な表現になっていた。そういういろんなことがあって、歌っていなかった。そもそも「後日譚」にしても歌おうとは思っていなかったので。最初は「マジですか?」みたいな感じだった。やっぱり自分のやってきたことが特殊なんだと思います。
ーーアルバムを聴いて気付くのは、扉を開けた先にどくどく血が出ているような、フレッシュな思春期性があったということで。非常に生々しい感覚があると思いました。
じん:ありがとうございます。嬉しいです。