「悪い友達」インタビュー
木下百花、音楽に溶け込むアイドル時代のトラウマや人生観 奥田健介や柴田聡子との交流で掴んだソングライターとしての転機
木下百花というシンガーソングライターの存在がどういうものであるのか、それを言葉で定義づけるのは非常に難しい。元々はNMB48というアイドルグループのメンバーであったというバックグラウンドも含めて、前にも後にも似たものがいないし、木下百花自身、他の何者かに近づくというよりは、彼女自身の王道を歩み続けようとしているように思える。私は以前、彼女についてこう書いたことがあるーー「明快な形に自分を閉じ込めない淡い光のような存在感」と。この認識は今でも変わっていない。彼女は他者から照らされるスポットライトよりも、自分の内側から発する光で自分を照らし出そうとするし、彼女の作る音楽は、その柔らかに変容し続ける光の姿を、とても魅惑的な形で私たちに伝えてくれる。
そんな木下百花の新曲「悪い友達」がリリースされた。編曲まで木下自身で手掛けたというが、かなりいい曲だ。洗練されたメロウなフォルムの中にも、彼女らしい異物感と没入感がある。NONA REEVESの奥田健介とタッグを組み、フリルと刺青が混ざり合う歪なアイドルポップを作り上げた前作シングル「えっちなこと」以降、彼女のクリエイティビティが新しいゾーンに入ったことを知らせる新曲である。この「悪い友達」の話を軸に、木下にインタビューを行った。この取材中、木下は「大衆」という言葉を使っている。取材を終えて改めて振り返ると、この言葉は単なるマーケティング的な意味合いではなく、もっと深淵な、音楽と人間の自由で不可思議な関係を言い表そうとした言葉だったのではないかと私は思っている。「神は細部に宿る」というものだし。(天野史彬)
好き勝手やったとしても、広げられるところは広げなきゃいけない
ーーちょうど1年前、2020年の暮れに1stフルアルバム『家出』が出たんですよね。それから2021年はEP『また明日』や配信シングル「えっちなこと」のリリースもあって、音楽でご自身の世界を表現するということを、この1年を通して木下さんは濃密にやられてきたと思うんです。今の木下さんにとって、音楽を作るという行為は自分自身になにをもたらしますか?
木下百花(以下、木下):まず、これはずっと言っていることなんですけど、私にとって音楽を作ることは、排泄と同じで(笑)。排泄をして、そのままどっかに流しちゃう。出したら、それで終わり。それで自分が何かを得るということもなく、作ったら、すぐに忘れちゃう。そういうことをずっと繰り返していて。サポートメンバーには「その癖をやめなさい」って言われていたんですけど、今年、EPを出したくらいまで、ずっとそういう感じだったんですよ。あんまり深く考えていなかったんです。周りの大人に「どういう層に届けたいですか?」って聞かれても、それもよくわからなくて。とにかく、自分の中に溜まっているものを出すっていうことを繰り返していた。でも、つい最近それがちょっと変わってきて。
ーーきっかけがあったんですか?
木下:前回のシングル「えっちなこと」なんですけど。去年、『家出』の前にシングルで出した「ダンスナンバー」と「少しだけ、美しく」まではアレンジャーを迎えて作っていたんですけど、その頃はアレンジャーを入れることに苦手意識があったんです。自分が作った曲が変わることを受け入れられなかったし、受け入れられないから、学ぶこともできなくて。それで、EPの頃は自己満足みたいに曲を出していたんですけど、「えっちなこと」は、久しぶりにアレンジャーを迎えて作った曲で。
ーー「えっちなこと」のアレンジは、NONA REEVESの奥田健介さんですよね。
木下:奥田さんを迎えたときに、自分のなかで初めて学びがあったんです。今まで第一段階で終わっていたところが、第二段階に行った感覚があった。なので、本当に最近、変わってきたなと思います。今回の「悪い友達」は編曲まで自分でやったんですけど、この曲を作ったときは、初めて得るものがあった感じがしました。出して終わりじゃなくて、どういうふうにすれば、どういう人に届くのかっていうことを、初めて考えるようになった。歌詞がちゃんと伝わるように歌うこととか、いろんなことを真面目に考えたし、気にしました。「大衆にも届けないと」って意識しながらレコーディングしたんです。
ーー「大衆」ですか。
木下:今までは、「好きな人にだけ届けばいいや」と思っていたから。でも、今回の「悪い友達」はかなり変わりました。
ーー「大衆に届けたいと思う」って、すごく大きな変化ですよね。
木下:大きいと思います。今まで、わかっていても行動できていなかったことがあって。自分にとって「ここに届けばいい」っていう狭い場所に届けようとするなら、まずは広くしないといけないって、頭ではわかっていても、実際にできていなかった。やりたいことを曲げると自分自身のことを否定している気持ちになっちゃうから。でも、考え方次第やなって思うようになりました。「えっちなこと」で奥田さんが携わってくれたときに、すごく感じるものがあって。あれは、なんやったんだろう? 奥田さんに携わってもらったことで、自分自身と向き合えるようになったのかな……。完成した「えっちなこと」を聴いたとき、「すごいな」って思ったんですよね。
ーー奥田さんと、何かヒントになるような言葉を交わされたわけでもないんですか?
木下:全然、そういうことはなくて。こちらから、なにか質問したわけでもないんです。でも、いつもだったら私がパッと歌って、周りの反応がよければ「じゃあ、これで」っていう感じだったんですけど、奥田さんは本当に1音ずつ気にしながら作業していたんですよね。そこには、私が気づいていなかった細かいことがいっぱいあって。レコーディング中も、その時々で曲や歌に対して細かく指示をもらって。そういうことを通して、私が勝手に影響を受けた感じでした。
ーーなにか大きな言葉があったというよりは、細部を通して感じることがあった。
木下:歌を歌う上で最低限必要なことがあるって学んだし、曲や歌詞で好き勝手やったとしても、それを届けるためには、広げられるところは広げなきゃいけないっていうことも、「えっちなこと」を通して開き直れるようになった気がします。MVとかのビジュアル面を気にしてみたのも、そうですね。
ーー「えっちなこと」は確かに、ジャケットやMVのビジュアルイメージにも驚きました。
木下:あれは、みんなにわかりやすくウケるための作戦っていうのもあったし、「どうせこういうのが好きなんでしょ?」っていう皮肉もあったし。ビジュアルだけで寄ってくる人を軽んじている感じもあったから、なんだかんだ、いつも通りひねくれているというか(笑)、そこまで違和感もなかったんですけどね。アイドルの格好をしているけど、あえてタトゥーが見えるようにしてみたりして。でも、例えば「家出」っていう曲は、私自身としては曲もMVも大好きなんですけど、思えばあれは超好き勝手やった感じだったので。「えっちなこと」は、自分のなかでバランスを取ったという意味では、かなり変わったなと思います。