中島美嘉、20年間の軌跡を辿る“シンガーとしての物語” 観客の未来を照らすように歌った『JOKER』ツアーファイナル
今年11月7日にデビュー20周年を迎える中島美嘉が、8月29日にパシフィコ横浜にて、全国ツアー『MIKA NAKASHIMA CONCERT TOUR 2021 JOKER』のファイナルを迎えた。
昨年10月に9枚目のオリジナルアルバム『JOKER』をリリースした中島は、当初は今年4月9日から4月26日にかけて3年半ぶりとなる全国ホールツアーを開催予定だったが、2回目の緊急事態宣言を受けて延期が決定。新たに6月24日の東京・府中の森芸術劇場からスタートし、2月に発生した福島県沖地震で被災したけんしん郡山文化センター公演が中止となったものの、パシフィコ横浜での追加公演が決まり、最終的には全16公演を完走。来場者は検温と消毒に加え、入場時に来場者登録書を提出。客席は前後左右をひと席ずつ開けられた従来の50%のキャパシティで、十分な感染予防対策が取られたうえでの開催となっていた。
ここまで丁寧に書いたのは、彼女が細心の注意を払って全国を回ってきたであろうことが、その言動からひしひしと伝わってきたからだ。のちのMCで、「ツアー最終日を迎えた率直な気持ちを聞いてみたいです」という観客からのアンケートに対し、彼女は「素直にありがたいに尽きます。いつどうなっても仕方がないなとは、ちょっと思っていたんですけど、やれることになったからには、その日のベストを絶対に尽くそうと思っていただけで。どんな状態であろうと、その日だけは嫌なことを全部忘れてもらって、泣いたり笑ったりしてもらえるように歌っていきたいと思ってました。だから、(ツアーファイナルを)迎えることができて嬉しいですよ。みんなのおかげですね。ありがとうございます」と答えていた。セットや照明などの演出が極めてシンプルだったのも、最小人数のスタッフで制作することを考え抜いた結果なのではないかと思った。しかし、彼女はこの逆境をものともせずに、全て身一つで表現する方法を選んだのだと強く感じた。彼女は自分の体(声)を武器にして、4人の演奏者、2人のバレリーナ、1人のダンサーと共に大きな物語を描いてみせた。
ツアーのタイトルには先のアルバム名がついているが、本ツアーは18歳でデビューした、シンガーで女優で作詞家でモデルでアーティストでもある彼女の20年間の軌跡を辿る“中島美嘉物語”だったと思う。開演すると、物悲しいピアノの調べに合わせて場内が暗くなり、紗幕越しに出演者の名前が映し出された。次に白いチュチュを身に纏った2人のバレエダンサーが冷たい風を引き連れ、バンドメンバーと共に中島が姿を現すと、場内から大きな拍手が沸き起こった。右手を遠慮気味に上げて応えた彼女が1曲目に歌ったのは、20年前からバンマスを務める河野伸(Key)が作曲し、中島自身が作詞した「ドミノ」だ。ダークなピアノバラードを訥々と歌い終えた彼女は、紗幕越しに衣装のフードも被ったままだったが、ふっと笑ったようにも見えた。故郷の鹿児島テレビ開局50周年記念ドラマ『前田正名―龍馬が託した男―』の主題歌で、賛美歌のようにも聴こるラブソング「夜が明ける前に」。そして、フードを外して階段に座って歌った、デビュー以来の盟友であるLori Fine(COLDFEET)と共作したロックチューン「Justice」と、冒頭3曲は全て最新アルバム『JOKER』に収録された楽曲。原点回帰を経た最新の中島美嘉を聴かせた後、初舞台にして初主演を務めたミュージカル『イノサンmusicale』主題歌「イノサンRouge」と、大ヒット映画『NANA』の主題歌でHYDEが作編曲を手がけた「GLAMAROUS SKY」という、女優としての“役柄”で歌ったヘヴィなロックナンバーでハイキックを繰り出して、第1幕を締めくくった。
ここでスクリーンには、枯れ木が立ち並ぶ丘の上に建てられた十字架の墓石の映像が流された。第2幕のテーマは“永遠の別れ”だろうか。バレリーナは黒いチュチュを着て葬列に参加し、彼女たちと入れ替わりで喪服のような黒いドレスに着替えた中島が現れた。会いたくても会えない過去の恋愛を優しく切なく歌うラブバラード「ノクターン」、数多くのアーティストにカバーされているアニメ『機動戦士ガンダムSEED』(TBS系)エンディングテーマ「FIND THE WAY」、アニメ『宇宙戦艦ヤマト2199』(TBS系)EDテーマで中島みゆきが手がけたワルツ「愛詞」、ドラマ『ハケンの品格』(日本テレビ系)主題歌「見えない星」、ドラマ『流星の絆』(TBS系)挿入歌「ORION」、映画『サヨナライツカ』主題歌「ALWAYS」、映画『八日目の蝉』主題歌「Dear」……と、アニメやドラマ、映画の主題歌をメドレー形式で次々に披露。時には独り言のようなウィスパーボイスで、時には慟哭するかのように声を張り上げ、スケール感をダイナミックに拡大していく。空を見上げ、見えない星を探しながら彷徨っていた彼女は進むべき道を見つけたのだろうか。続く柴田淳の提供曲「声」では、階段に座って足を踏み鳴らしながら、〈私は此処にいる〉と歌い、“あなた”のために死ぬまで歌い続けていく決意を表明していた。
壮大なバラード「明日世界が終わるなら」では、青と白が半々のボブが印象的なダンサー=MAHAにレースの布がかけられる。活動休止を経て復帰し、『Dear』や『明日世界が終わるなら』をリリースした2011〜2012年当時、中島は金髪のおかっぱボブだった。このシーンは、彼女自身の過去との決別、自分の中の影との別れを表現していたのではないかと思う。さらに、レースの布を抜き去ると同時にスクリーンに大きな天使の羽が浮かび上がった「RESISTANCE」から、秋田ひろむ(amazarashi)書き下ろしの「僕が死のうと思ったのは」にかけては、死ではなく、あなたに出会ったことで知った“生と愛”、そして“希望”をテーマに掲げ、裸足で歌い切った第2幕が終わった。