鹿野淳が語る、相次ぐフェス中止によって“本当に失われているもの” 『VIVA LA ROCK 2021』開催までの過程も振り返る

鹿野淳が語る“フェス中止で失われたもの”

 コロナ禍以降、全国の音楽フェスが軒並み中止になる状況が1年半ほど続いている。多くのアーティスト、音楽ファン、業界関係者がやり場のない気持ちを募らせ、1日でも早い回復を望む昨今だが、そんな中でもGWに行われた『VIVA LA ROCK 2021』は、クラスターを発生させることなく有観客でのフェス開催をやり抜いた。驚異の5日連続開催で、この状況下でできうる限り最高の祝祭空間を生み出し、徹底した感染対策と来場者への注意喚起を行った。それらが入念に決定されていくプロセスも含めて、コロナ禍におけるフェスの在り方の1つの礎になったと言ってもいいだろう。

 リアルサウンドでは『VIVA LA ROCK』プロデューサー・鹿野淳を1年ぶりに直撃取材。この夏も各地の音楽フェスが大きな打撃を受け続けているが、思うようにいかない世の中への煮え切らない想いも含めて、ありありと語ってもらった。2年ぶりの春のフェス、そして『VIVA LA ROCK 2021』を振り返るインタビュー、じっくりと読んでほしい。(編集部)

「夏フェス開催が日本を前に進めていたかもしれない」

ーー改めまして、『VIVA LA ROCK 2021』お疲れ様でした。

鹿野淳(以下、鹿野):ありがとうございます。今までの開催とは全てが違うし、成功のベクトルが全く違うーーつまりは感染させない、クラスターを作らないということが絶対条件だったので、自業自得ではありますが相当疲れました、今年は。

ーー開催2週間後にクラスターがなかったという発表もありましたし、それを以って『VIVA LA ROCK 2021』の終了宣言を出されたわけですけど、いま振り返ってみるとどうですか。

鹿野:『VIVA LA ROCK』だけでなく、春にフェスをやったことは割と話題になりましたよね。悪い意味も含めてテレビなどで取り上げられましたけど、結果的に「エンターテインメントが大きく動き出すんだな」ということが世の中に知られたじゃないですか。その役割を担うようなイベントが必要な時期だとは思っていましたし、開催中止のドミノ倒しを1回止めなければ、自分も含めて音楽業界全体が厳しいなと思ったので、やりきるっていう決断をしました。その決断をしたからには迷惑をかける人を一人でも減らさなくてはいけない。それはある意味開催しないことよりも難題だし厳しいことだったので、かなりの覚悟と感染対策の実行力が必要でした。

 でも、僕らが春に開催したことでGWに中止の連鎖が1回止まり、いろいろなことが動き出すのかなと思ってたんですけど、この7月になってもやっぱりそんなに簡単な状況じゃないですよね。今年のビバラは「あえて開催した」という意味で敢行という言葉が一番ふさわしいと思うんですけど、そこから2カ月経って夏フェスシーズンになっても、状況が好転している気が全然しない。次のフェスへとバトンが渡って、ゴールに向かっている感触が全くないのは非常に寂しい気持ちではあります。開催すればいいというわけじゃないとは僕も思います。でも、この国の迷走や諦念がコロナ以上に蔓延しているのを見ながら、「なんでこうなっちゃってるのかなぁ……」っていう気持ち悪さはあります。

ーー残念なことに『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2021』、そして『京都大作戦』の2週目が立て続けに中止になったりと、フェスの状況はなかなか厳しいですよね。

鹿野:この件、具体的には両方とも中止になった経緯が違いますよね。かたや医師会からの通達に端を発していて、かたや2週開催の1週目のレスポンスによるものだと聞いています。さらに先んじて開催中止となった『RISING SUN ROCK FESTIVAL』も固有の理由によるものだと思います。それぞれ五輪との相対性という摩擦もありますし、夏フェスというのはどの季節よりも全国的、つまりは地方フェスが多く、そうなると不安要素がさらに多岐に渡ってしまうので、フェスのみならずエンターテインメントにとって相当ハードな夏を2年連続で迎えていますよね。つまり、それこそ去年の春から今年の春までは開催できない理由が割とはっきりしているというか、メディアが報じているような理由だったのですが、『ROCK IN JAPAN』と『京都大作戦』の開催中止を見るにつけ、それぞれの自治体、住民、エリアの慣習によって開催して欲しくない、あるいは開催できない理由や理屈が違うし、複雑化しているんですよね。これはこの2つのフェスの問題だけではない気がしています。

 そういう意味で、個人的な感触では春よりもこの夏の方が困難な状況だなと思っていますし、結果的に春から夏にバトンを上手く渡したいという願いは、無念な状態であるなと思っています。春に開催できたのに、なぜ夏には難しくなるのかなとか、そういうことを言いたいわけじゃないんですよね。それぞれのライブやフェスがそれぞれの理由と向かい合って中止になっていったけれど、その中止になったフェスは、去年の夏に関西地方が行ったフェスや、年末に名古屋で行ったフェス、そして今年の春に行ったフェスの成功例をとても細かく踏襲し、さらに精度を上げて開催しようとしていたと思うんです。だとしたら、そのフェスを開催することで、大きく言えばエンターテインメントが日本を一歩前へと進められたかもしれないと、僕は本気で思うんですね。そういうことを誰か考えたり、感じられたりしないのかな、という疑念は強く持っています。

ルール徹底&感染対策を体系化していくプロセス

ーー『VIVA LA ROCK 2021』がコロナ禍の新たなフェスの始まりを告げるタイミングにもなったわけで、それを終了できたことに対する手応えはないんでしょうか。

鹿野:有難いことに「成功して良かったですね。おめでとうございます」ってたくさんお声がけいただいて、そう言っていただけること自体は有難いですし素直に受け止めていますけど、自分としてはそういうリアリティは全くないんです。一番リアリティがあるのは、「やれた」ということだけ。“やるって決めたからやりきる”ことの方が、今年に関してはよっぽど大切だったと思うんですよね。極端に言えば、自分は緊急事態宣言が出ても開催できるフェスを内容的にずっと目指していましたし、主催チームの中でも意思統一はできていたと思います。でも、唯一できないことになりうる可能性が一つだけあったわけで、それは「会場を使用できなくなる」ということでした。すなわち、埼玉県から「大規模イベント、『VIVA LA ROCK』に会場を貸さないで欲しい」っていう判断が出ることが一番怖くて、それが一番の難題だったんです。こればっかりは何もできないですからね。そうならないためのプロセスとして、「我々はこれだけのことを考えて、感染対策としてこれだけのことを実行します」という説明、アピールをしながら、カウントダウンしていきました。その危惧があったからこそ、徹底的な感染対策ルールが作れたとも思うし、それを埼玉県もきちんと確認してくれましたし、いい形で開催できたとは思っているんですけどね。

ーー具体的にはどういう説明をしていったんですか。

鹿野:これは『VIVA LA ROCK』が終わってから気づいたんですけど、我々のフェスって世の中から相当開催が難しいフェスだと思われていたみたいで。それはひとえに「屋内フェスだから危険」だということなんです。もちろんそう言われる理由はわかるんですけど、杓子定規で屋内だから危険と言う人は、どういう気持ちで言ってるのかわからないんですよね。ただいろいろ調べましたよ。その上で野外だから安全とは限らないし、屋内だとしても「どういう屋内か」っていうことが重要だと思うんです。さいたまスーパーアリーナはいろいろな想定の下、コロナが始まる前から相当な換気システムを導入している会場なので、空気の循環っていう意味では、風がない野外よりよっぽど精度が高い換気システムが入っているんですよ。だから東北の震災の時に福島の方々の避難所としても活躍できたんですね。でも、屋内っていうだけで危ない場所だっていうイメージがどうしてもあったし、さいたまスーパーアリーナ自体も(2020年3月の)格闘技イベントでやり玉に上がった事実もあるから、埼玉県に対しても「なんとかします、絶対大丈夫です」って力ずくで言うんじゃなくて、感染対策を一つひとつ体系的に組み立てなきゃいけないんだなって思ったんです。今となっては基本的なことなんですけど、それに気づかされたのが2020年末くらいかな。

 ただ、その時は「今の状況より春はもうちょっとマシになっているだろう」と思いながら粛々と進めていたんです。それが2月・3月くらいに入って、「これはむしろまずいぞ」「冬に続いて春のイベントも引き続きやらなくなりそうだぞ」ということになり……。さっき申し上げた理由で「それでもビバラはやりきるんだ」って固く決めていたんですけど、そうなると感染対策のルールをどんどん厳しくしていかなくちゃいけない。正直、年末の段階ではビールも出したいと思っていましたから。でも、現実的にそういう話じゃなくなってきましたし、ビールが飲めなくても、フェスティバルっていう場所で1日かけて音楽を楽しむことをまず取り戻すことが大事だと思いました。僕は人につべこべ言われるのが本当に大嫌いで、つべこべ言うのもそれ以上に大嫌いなんですが、そのつべこべがないとフェスを開催できない中、だったら徹底的につべこべを洗い出してやろうと。ライブを楽しむことやアルコールとかへの禁止事項を作っても、それでもフェスをやることの方が求められていると確信しましたので、二次的な条件を排除してでも、とにかくやるんだっていう想いになっていったのが、2月の終わりから3月くらいです。

ーーそれ以降はさらに具体的にルールを定めていったわけですよね。

鹿野:はい。4月を過ぎてからは毎日のようにZoomで部署ごとに打ち合わせやディスカッションを行い、ルールをより厳しくしていくようにしました。で、そのことを僕らからお客さんに「こう変えました」「こうしてほしいんです」って言うわけじゃないですか。正直、「申し訳ないな」「楽しくなくなるって思われるんだろうな」と思っていたんです。だけど、むしろ厳しくした方がお客さんは相対的に安心するんだっていうことが段々わかってきました。ルールのない自由な場所として今までフェスティバルがあったのに、あえて矢面に立つ気持ちでルールを設けて、「そんなのお前らが儲けるためにやりたいだけじゃないか」と言われる覚悟も持って進めていったんですけど、「厳しくしてくれてありがとうございます。私はフェスに行きたいけど、この状況がとても不安でした。でも、ここまで徹底してやってくれるんだったら、勇気を持って行こうと思います」っていう声が少なくなかったんですよね。ルールを厳しくするのは後退することじゃなくて、一歩前に進むことに繋がるんだなって感じました。



インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる