“いつものBRAHMAN”が再び解体される時ーー新たな手段で一夜限りを燃やし尽くした『Tour 2021 -Slow Dance-』

BRAHMAN『Tour 2021 -Slow Dance-』レポ

 何から書けばいいだろう。まず、開催前からこれが「静」にスポットを当てたスローな楽曲中心のライブになると発表されていたこと。フロアに椅子を置くスタイルだから必然的にモッシュやダイブは起こらなかったこと。TOSHI-LOWが客席に飛び込んでいくこともなく、もみくちゃの熱狂の中MCが語られることもなかった。さらに言えばお馴染みのブルガリア民謡によるオープニングSEもなかったし、それが終わった刹那、一気に爆発していく通常の光景ももちろんなかった。25年間続いた「いつものBRAHMAN」は、ここで再び解体されているのだった。

 再び、というのは、過去にも実は転換期があったからだ。MAKOTOが不器用なMCを担当していた初期があれば、ひたすらノンストップで曲を叩きつけて終わる、張り詰めた緊張感がメインになった時期も長い。しかし東日本大震災以降、それまで死を見つめていたTOSHI-LOWの視線は一気に生へとシフト。歌も日本語が中心になったし、堰を切ったようなMCが始まり、客と共闘する証として熱い拳を交わすようになる。

 孤高、不動と言われてはいるが、考えてみれば時代や状況ごと、大胆にかたちを変えてきたのだ。変わらないのは音の爆発と共にはじけるモッシュピットだろう。

 そのモッシュピットが消えて久しい。当然BRAHMANのライブもなくなった。最後の現場から1年と4カ月。ようやく動き出した全国5カ所のZeppツアーは『Slow Dance』と命名されていた。静けさを打ち出すタイトル。ツアーのためのロゴは「B」の梵字がト音記号に組み込まれており、なるほど、今から始まるのは肉弾戦ではなく、かつてなく音楽的なコンサートになると、その程度の予測なら開演前からできているつもりだった。

 事実、紗幕が降りたままそっとライブは始まった。『ANTINOMY』収録の柔らかな「KAMUY-PIRMA」に始まり、「FIBS IN THE HAND」「空谷の跫音」など、爆発するパートのない、じっくり引っ張る歌ものが中心だ。おしなべて昭和歌謡の匂いが強い。思い出すのは昔テレビ見た甲斐バンドやゴダイゴだったりして、紗幕越しのステージはスモークがやたらと焚かれていた昔の音楽番組のようでもある。このような歌の鑑賞会としてコンサートが成立するのかと思った、その矢先一一。

 いきなりオープニングSE。あのブルガリア民謡が流れ出す。ここで!? 静かな歌ものが前菜だとは思わないが、それにしても、こんなライブのぶった切り方があるのかと愕然とした。紗幕には興奮を煽る映像が次々と映しだされ、客席のギアがはっきりと一段上がる。続いては、豪雨や雷が容赦なく降り注ぐスクリーン越しの「霹靂」。いつかのフェスで実際に見たような、雨も嵐もものともせず其処に立つ、BRAHMANの勇姿が突然目の前に現れた。幕が完全に開いたのだ。

BRAHMAN(写真=Tsukasa Miyoshi (Showcase))

 音はグワッと激しくなったが、モッシュは相変わらず起こらない。それでも、この状態でも俺たちは通じ合えているだろ? とTOSHI-LOWは訴えていた。普段以上に丁寧な歌と、たくましい掌をフルに使って。つられるようにコーラス部分で手を上げる者も少々いるが、「みんなで手を上げて、声出せないぶん手を叩いて!」というような一体感はない。見たことのない展開に圧倒され動けなくなる人のほうが多い。音が消えた後、数秒の無音を経て、目が覚めたように万雷の拍手。無音にこそバンドの凄みが宿っている。鳥肌が立った。

 爆発こそしないが、MAKOTOが片足を蹴り上げるくらいには躍動感のある曲、たとえば「FROM MY WINDOW」や「BYWAY」などが放たれる中盤。SEと「霹靂」を挟んだことで会場の空気は一変していた。普段のライブハウスと変わらない……とは言えない。でも普段のライブ以上に人間力は届く。それがわかりすぎるから、ことさら染みたのは「PLASTIC SMILE」だった。

 後方スクリーンに映される過去のライブ写真。TOSHI-LOWが客の頭上に馬乗りになり、互いの手と手ががっちり絡み合い、三密の中で数百人の汗が乱れ飛んでいる。そんなかつての光景と、サブリミナルで映り込む「B」の梵字がト音記号と絡まった今回のツアーロゴ、そして〈There’s nothing but Plastic Smile.〉というサビの繰り返し。これらは終わりなきコロナ禍をリアルに表現していた。この距離が最高に楽しいとは思わない。狭小のライブハウスが今でも恋しい。だがそれが叶わないならどうする。音楽そのものと、BRAHMANが築いたもので、俺たちには一体何ができる。

 これが「PLASTIC SMILE」一曲だけなら解のない昨今の歌になってしまうが、その後、パワフルな扉のこじ開け方、希望へと向かう意思の示し方が何より見事だった。〈答えならここにあるよ〉と直截的に熱唱するストレートな新曲を挟み、被災した石巻の友人に捧げた「ナミノウタゲ」、そして「今夜」へ。言葉はどんどんわかりやすくなり、演歌や民謡にも近い土着性を帯びていく。近年の曲が多いのは、それだけ飾らない本音を託せるようになったからだ。観念的な死生観ではなく、俺の今、俺とお前の今日、もっといえば俺たちみんなの明日まで、全部がBRAHMANの音になっていく。泥臭く、同時に神々しい。

 ハイライトはもちろん「満月の夕」のカバー。いや、誰が作った曲かもはや関係のない、困難を乗り越えていく人間たちの歌である。続く命の歌であり、揺るがぬ信頼、そして約束の歌でもあった。メンバー全員が〈イヤサッサー〉とコ―ラスを重ねていく。東北以前、阪神淡路の時代から続いてきた人々のエネルギーが重なるようでもある。このあと再び紗幕が引かれ、朝日に照らされるダンサーの映像でエンディングに向かっていくのは、とても綺麗な終わり方に見えた。

BRAHMAN(写真=Tsukasa Miyoshi (Showcase))
TOSHI-LOW

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