平井堅、5年ぶりのフルアルバムがチャート好調 絶妙なバランス感覚で歌う“現代のリアルな物語”

 一曲目「ノンフィクション」から〈描いた夢は叶わないことの方が多い/優れた人を羨んでは自分が嫌になる〉と後ろ暗い本音が炸裂。このあとも、特別視されたいと自意識過剰に苛まれている自分、SNSに張り付き愛され上手なあの子を凝視している自分、生まれた時代のせいと言いながら苦しい日々を送る自分......などなど、ものすごくリアリティのある「誰か」の物語が綴られていきます。その「誰か」が他人事と思えないのがまた怖い。こういうダークサイドって我々にも必ずあるもの。突きつけるというより、さらりと気づかせる温度。感情を込めすぎない歌唱だから可能なのでしょう。強烈なエゴを激エモーショナルに歌われたら、それこそ痛くて聴いていられないと思います。この「寄り」と「引き」のバランス感覚も平井堅らしいところ。生々しい現代の話でありながら、それは決して自分語りではないんですよね。

平井 堅 『ノンフィクション』MUSIC VIDEO (Short Ver.)

 サウンドにもバランス感覚の良さが表れています。ミニマルな音像の曲が多いと書きましたが、その分アレンジャーの腕が際立つナンバーに耳が惹きつけられます。エスニックな「1995」はケンモチヒデフミ(水曜日のカンパネラ)が作曲と編曲を手掛けているし、「ポリエステルの女」はクリエイターチーム・onetrapの増田賢治を起用。さらに「鬼になりました」はSeihoがアレンジを手掛けたダンスナンバー。こういうチョイスにも今を感じます。そして、ピアノ一本だろうがエスノ系ダンスチューンだろうが、平井堅は常に感情を込めすぎず、丁寧にメロディを追い、リアルな物語を淡々と綴るだけ。まさに職人の仕事ぶりです。

平井 堅 『1995』MUSIC VIDEO

 本音が苦しくて泣きそうになるバラードはあっても、マジョリティの涙腺を狙った感動バラードは一曲もない。デビュー25周年、シングルコレクション『歌バカ』の大ヒットから約15年。平井堅はちゃんと時代に対応し、2021年仕様にアップデートされているのでした。

■石井恵梨子
1977年石川県生まれ。投稿をきっかけに、97年より音楽雑誌に執筆活動を開始。パンク/ラウドロックを好む傍ら、ヒットチャート観察も趣味。現在「音楽と人」「SPA!」などに寄稿。

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