平井 堅の歌詞はなぜ心に刺さる? アルバム『あなたになりたかった』から考える、言葉選びのインパクト
昨年5月にデビュー25周年を迎えた平井 堅から、待望久しいオリジナルアルバムが届いた。タイトルは『あなたになりたかった』。前作からおよそ5年の時間を埋めるように、映画『ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』主題歌「僕の心をつくってよ」をはじめ7曲ものタイアップヒットシングルと、あいみょんとのデュエットで話題をさらった「怪物さん」、さらに挑戦的な新曲も加えた全13曲。これまで以上に濃密に、平井 堅ワールドのエッセンスをしっかりと蒸留して抽出した、正しく唯一無二のアルバムがここにある。
では、平井 堅ワールドのエッセンスとは何か。それは歌詞、メロディ、サウンド、歌の絶妙なバランス(あるいはアンバランス)、とりわけ「言葉選びのインパクト」と「絶対的な歌の表現力」にある。アルバムの1曲目「ノンフィクション」(TBS系日曜劇場『小さな巨人』主題歌)は、アコースティックギターとストリングスを配したオーソドックスなフォーク/ロック調の楽曲だが、いきなり〈人生は苦痛ですか? 成功が全てですか?〉と畳みかけるサビのパンチ力が凄い。その後も〈何のために生きてますか? 誰のため生きれますか?〉と、リスナーの胸に不穏な波風を立てまくった挙句に、〈僕はあなたに あなたに ただ会いたいだけ〉と包容力豊かに歌い上げる。心地よさと不安感とが共存する、平井 堅ワールドの典型がここにある。
ネガティブワードの取り扱いが非常に巧みなのも、平井 堅ワールドの大きな特徴だ。「怪物さん feat.あいみょん」では、〈いなくなれ〉〈消えてしまえ〉〈嫌な 嫌な 嫌な 嫌な 嫌な私〉と連呼することで、のめり込みすぎてアンコントロール状態に陥ったぎりぎりの恋愛感情を鋭く表現する。『ドラえもん』の世界に寄り添った「僕の心を作ってよ」でさえ、サビのリフレインは〈君のずるさを晒してよ〉〈僕のダメさを叱ってよ〉だ。互いの弱さをさらけ出すことで、ネガティブはポジティブに反転し、僕たちは本当の友達になれるかもしれない。それはむしろ、子供と一緒に映画を見に行った大人の胸にこそ響いてほしい言葉だ。
映画『50回目のファーストキス』主題歌だった「トドカナイカラ」は、柔らかな電子音とエレクトリックギターの爪弾きをブレンドしたアンビエントな曲調に乗せ、〈昨日より君が好きなのに 昨日みたいに上手く出来ない〉と、恋愛途上の理由なき不安感を鮮やかに描きだす手法は、「怪物さん feat.あいみょん」や、〈会えば会うほど足りなくなってゆく〉と歌う「いてもたっても」とも共通する。その最果ての表現が、「知らないんでしょ?」に登場する究極のキラーフレーズ〈あなたに笑いかけては心で 何度も殺すの〉だ。こんな凄まじい言葉を美しくメランコリックなメロディに乗せ、ドラマの主題歌(テレビ朝日ドラマ『未解決の女 警視庁文書捜査官』主題歌)にして、ヒットさせてしまう。平井 堅は、本当に怖い男だ。