五味岳久×中村明珍×石井恵梨子『ロストエイジ20年史』鼎談 小さな世界の変革から確かめる“自分自身の居場所”

『ロストエイジ20年史』鼎談 

 『僕等はまだ美しい夢を見てる ロストエイジ20年史』は、LOSTAGEというロックバンドの歴史を振り返った書籍でありながら、音楽業界の枠を飛び越えて響く1冊だ。レーベルを立ち上げて制作・流通も自ら行い、実店舗を構えてお客さんの顔を見ながら商品を届ける。そんなLOSTAGEの在り方が、“既存のシステム”に疑問を持つあらゆる人の心と共鳴し、行動を起こすきっかけになり得るからだ。

 今回は、同時期に著書『ダンス・イン・ザ・ファーム 周防大島で坊主と農家と他いろいろ』を発表し、現在は周防大島に移住して農業を営む中村明珍を招き、LOSTAGEの五味岳久(Vo/Ba)、『僕等はまだ美しい夢を見てる』著者の石井恵梨子との鼎談が実現した。銀杏BOYZのギタリストとして活動していた中村だが、音楽と農業の2つの視点から『僕等はまだ美しい夢を見てる』をどのように読んだのだろうか。そしてバンドを辞めることなく、自分なりのやり方でLOSTAGEを20年続けてきた五味は、『ダンス・イン・ザ・ファーム』に何を感じたのだろうか。じっくりと読んでみてほしい。(編集部)

知ることは自分の居場所を確かめること

ーー中村さんは『僕等はまだ美しい夢を見てる』を読んでみていかがでしたか。

中村明珍(以下、中村):五味くんとは年齢が近いこともあって、同じようなことを同じ時期に、別々の場所で感じ取っていたんだなって初めて認識しました。本全体としては、音楽の話を石井さんが綴っているわけですけど、ものづくりをすること、商品を届けること全般の話だったのがよかったです。でき上がる過程が重要なのは、音楽に限らずそうじゃないかと思うし、まさに五味くんはじめ、LOSTAGEにまつわる人たちの感情の揺れこそが超大事だなって。読みながら「そう、そう、そう!」って思いました。

石井恵梨子(以下、石井):この本で五味くんが言っているのは、例えとしての農業じゃないですか。実際の農業とは違うんだよっていう違和感はあったりしました?

中村:いや、そんなことないですよ。LOSTAGEは『種蒔く人々』とか、イベントのタイトルにもそういう意味合いを持たせているわけですけど、いつから農業や畑の例えと音楽が結びついていったのかなっていうのは聞きたいです。

五味岳久(以下、五味):やっぱり自分でレーベルをやり始めてからですかね。レコード会社に所属していると、流通のことまで頭が回らなかったけど、いざどうやって音楽を届けるか考えたときに、“ものを売っている感覚”があったというか。やっぱり音楽は入れ物に入れて売るので、採れた野菜を売るとか、自分で作ったものを人に渡すのと同じだなっていうことがだんだん具体的になっていって。農業だからいいってわけでもないですけどね。

五味岳久

中村:いろんな農業ありますからね。

五味:『ダンス・イン・ザ・ファーム』にも書いてあったけど、全体の0.5%くらいの人が有機農業やオーガニックでやってるんだよね。ほとんどの農業はもっとシステマチックで、言うなればメジャーな音楽産業みたいな売り方をしているんじゃないですか?

中村:僕も最初はそう思ってたんですけど、大多数の99.5%の中にもいろんなグラデーションがあって、環境に応じて様々なやり方を取っているから、一概に割り切れないところがあるなと認識が変わってきました。「こっちのほうがいいんじゃないか」みたいな議論で逡巡しながら決めていくのは、これからも大切だと思いますけどね。

石井:チンくんも五味くんも、一人でやっていくといろいろ調べざるを得ないっていう感じなんですか?

五味:調べなくてもいいけど、知っておきたいっていうのはなんとなくあるかな。知らないと自分がいる場所もわからなくなるので、それは日々勉強だと思ってます。わかった上でどうするかを決めていく。

石井:わかる。『ダンス・イン・ザ・ファーム』でも、「選挙のシステム知らなかった」というところがあるじゃないですか。私も知らなくて、本を読んで理解しましたけど、知ることが自分の居場所を確かめることだっていうのはすごく響くなと思います。

五味:知らないことがいっぱいありますよね。ライブハウスって世の中からはみ出した人がいる場所なので、学べることには限界があるなと。自分の店を始めて街の人に会ったり、物を売って会社と取引するようになってくると、勉強しないとやっていけないんだってことがわかりました。

中村:バンドマンである五味くんからすると、そうやって学んでいくことには折り合いがついてるんですか。逆に「俺は俺で生きていく」みたいな感じで、そういうことを知らない強さもあるわけじゃないですか。

五味:折り合いは今もついていないというか......なんか多重人格者みたいになってる。いいものを作ろうとしたときは、ひたらすら作ることだけ考えて、それを売るとなったら売ることだけ考える。割り切ってやっていく感じになってきましたね。だから仕事してるときと、スタジオ入ってるときで思考が全然違う。

中村:あー、わかる!

石井恵梨子

石井:それは先行してやってきた人たちを参照しているんですか。

五味:もともとは<ディスコード・レコード>とかDIYの先人に憧れて始めたけど、やっぱり土壌がアメリカと日本だと違うし、お金とか人間関係とか、海を越えて美化して語られている部分もあると思うので(笑)、自分がその都度直面することに対して、参考にできるものはあまりなかったですね。さっきも場所によって農業が違うと言っていたけど、奈良という土地で自主でやっていく方法というのは、僕にしかわからないことじゃないですか。だから僕のやり方って、誰かのきっかけにはなれると思うけど、やり方そのものはあまり参考にならない気はしてます。

石井:チンくんは何か参照するものってありますか。

中村:僕はお坊さんの在り方を参照していったときに、お坊さんって結構ヤバい存在だなと思って(笑)。本で読んだんですけど、お坊さんって本来は生産しちゃいけないんですよね。農業ももともとはやっちゃいけない。“労働に対する報酬”という考え方をしてはいけなくて、「どうやって生きていくのか」が逆転しているというか。そのこともあって、ずっと葛藤しながら考えてます(笑)。

五味:チンくんは今、農家とお坊さんの比重ってどれくらいなんですか。

中村:比重はあまりよくわからない感じ。そもそも僕って農家じゃない説もあるんで(笑)。農業だけで全てまかなえるほど売り上げが立っているかというと、全然立てられていないから。音楽もそうですけど、職業というのがあまりしっくりこないんですよね。

五味:僕もそう。音楽作って、中古レコードを売って、頼まれたら絵を描いて......もはや何をやってる人なのかなって(笑)。別に決める必要はないけど「何やってるの?」って聞かれたときに困るんですよね。いちいち説明しなきゃいけないから。

中村:「僕は僕というジャンルです」とか言い始めると、またちょっと......。

五味:ウザいよね(笑)。

石井:はははは。フリーランスという便利な言葉がありますけどね。でも2人とも、最初は無邪気にライブハウスに行って音楽をしたかったわけでしょ。なんで気づいたらここにいるんだろうと思うと、すごく不思議ですけどね。

五味:ねぇ(笑)。でも、悩まなくてもいいようなことでいちいち悩んで考える性格が、僕もチンくんもあると思うんですよ。

中村:そこが一緒なのかもしれないですね。

石井:2人ともその猜疑心が今、役に立っている?

五味:猜疑心っていうのかわからないけど(笑)、「これで合っているのか」「おかしくない?」とか、いちいち考えるんですよね。チンくんの本を読んでも思ったけど、誰もいちいちそんなこと考えてないよなって。

石井:それは個人の性格の話? それともライブハウスとかも関係あるの?

五味:そういうのがパンクでブーストされていくんじゃないですかね。見直して再定義してやるのがパンクの根っこだから。別に自分をパンクロッカーだとは思っていないけど。

中村:タイミングも相まって、たまたま自分の心に共鳴したのがそういう音楽だったんでしょうね。それが今もずっと続いている感じです。

中村明珍

顔が見える距離感で届けるということ

中村:そう言えば、コロナ以降は島の外にほとんど出ない暮らしになってたんですけど、昨日久しぶりに広島に行って、1年以上ぶりにレコード屋に入ったんですよ。MiseryとSTEREO RECORDS。それまでは通販で買ってたんですけど、店に入ることがこんなに心を燃え滾らせてくれるんだなって気づけたというか、想像力をめちゃくちゃ使いました。

ーー想像力というのは?

中村:例えばレコードとTシャツがセットで売っていたり、コメントが手書きで書いてあったりするじゃないですか。なけなしの現金を握りしめて、この中でベストを尽くす買い物をするにはどうしたらいいんだろうって考える(笑)。昔高くて買えなかったやつが新版で出ていたり、よく知らない新譜が3000円くらいするんだけど、「これは絶対持って帰ったほうがよさそうだな」みたいに考えたりとか。

五味:店で買い物するといらない情報も入ってくるから、やっぱりエネルギー使うんですよね。そこから偶然の出会いが生まれるのであって、それはネットにはないものだし。AIとかが薦めてくるものじゃない、縁みたいな。

中村:そうそう!

五味:人と会うってそういうことだから、そのために店やってるところもあります。若者と店で何を喋るのかが面白いし、そういうのがなくなると誰かに作った曲を聴いてもらいたいとか思わなくなるんじゃないかな。

石井:チンさんの本でも、「顔が見えない商売で精神を病んでしまった」という農家の話がありましたよね。バンドマンは音楽を作る以外に、ライブという顔が見える場所を持っているけど、その2つチャンネルがあるのは大きいことなんでしょうか。曲を作るだけだったら、2人とも今の生き方になっていないと思うんですよ。

五味:確かにそれはデカいです。受け取ったお客さんのフィードバックがあったから、今のやり方になっているので。ただ作ったものを流通に乗っけて儲けるだけだったら、こうなってない。

中村:......まあ、もしそうなってたら、それはそれで受け入れたのかな。

五味:そうかもしれないね。夢の印税生活(笑)。

石井:(笑)。昔ラジオでMy Little Loverのakkoさんが言ってたんだけど、90年代に売れて夢の印税生活が10年くらい続いたある日、ふと「誰に届いているのか全くわからなくなって、改めてひとりでライブをしてみようと思った」らしくて。ライブが主戦場じゃなくて、CDの売上だけでやっていた人たちも、やっぱり顔が見えないことは不安になるんだなって。

中村:へぇ!

五味:逆に僕らはライブハウスから始まっているから、もともと顔が見える小さいコミュニティが出所だったわけで、疑問には思わないですよね。パンクバンドはみんなそうだと思うんですけど。

石井:客側もそうですよね。ホールになるとちょっと引き気味になったり(笑)。小さい箱だから行くっていうファンも結構いますよ。

五味:やっぱり「人に会わなきゃ」みたいなことをどうしても思うんですよ。人に会って、やっていることを確認することで自分がわかるというか。

中村:なるほど。確かにそういうプリミティブな話だろうなと思いますね。島で落語会をやってるんですけど、ちゃんと生声で届くくらいの距離感が楽しいし、本来そういうものだよねっていう話を落語家さんからも聞いたことがあって。顔が見えるということは、表現活動の中ではリアルなことかもしれないですよね。

五味:そもそもPAシステムで音を大きくして、何千人の会場でライブやれるようにしている時点で、不自然といえば不自然ですからね(笑)。今はコロナで大人数が集まれないから、カフェでの弾き語りとか増えていると思うんですけど、そこに気づき始めているんじゃないですか、みんな。

中村:それでいうと、今回本を書いたときに、書物って顔が見えなくても成立するメディアだって改めて気づいたんです。ライブと違って、顔が見えない人に時間が経っても届く表現という意味でも、“ごまかしが効かない怖さ”をすごく感じたんですよね。

五味:石井さんは文章を書いてるとき、読者の顔を見ないじゃないですか。それで悶々としたりしない?

石井:しない(笑)。もちろんライブハウスで会って「本読みました!」って言われたら、めちゃめちゃ嬉しいけど。

五味:顔を見て直接届けたい、みたいにならないんですか?

石井:そこは文章で届けたいんですよ。私の顔は別に必要なくて、本の向こうに誰かを想像しているだけで満たされるっていう感じかな。1対1での会話とかいらないですもんね、本って。

五味:そう考えると本ってすごいメディアですね。ライブとかもないもんな(笑)。

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