アカデミー賞&グラミー賞に輝いたH.E.R.、その歩みを辿る 米音楽シーン代表するアイコンに成長するまで

アカデミー&グラミーに輝いたH.E.R.の歩み

 去る4月25日(現地時間)に開催された『第93回アカデミー賞』授賞式。ジョーイ・バッドアスが主演を務めた『隔たる世界の2人』(Netflix)が短編実写映画賞を獲り、ジョン・バティステらが『ソウルフル・ワールド』で最優秀作曲賞に輝くなど、ヒップホップやR&B界隈に沿った話題も多かった本年、最優秀歌曲賞に選出されたのが『Judas and the Black Messiah』の挿入歌として提供されたH.E.R.の「Fight For You」だ。

Oscars Performance | H.E.R. – “Fight For You” from JUDAS AND THE BLACK MESSIAH

 H.E.R.は3月に行われた『第63回グラミー賞』授賞式でも年間最優秀楽曲賞を含む2部門を受賞、しかもノミネートは3年連続という快挙を成し遂げている弱冠23歳のアーティスト。近年のR&Bや洋楽シーンに触れている方ならば説明不要の存在だが、今回のアカデミー賞での受賞をきっかけに「H.E.R.ってどんなアーティスト?」と気になっている人も多いはず。そんな彼女の魅力と受賞に至るまでの軌跡を解説していく。

HER
H.E.R.

 カリフォルニア州のヴァレーホで、フィリピン人の母とアフリカンアメリカンの父のもとに産まれたH.E.R.ことガブリエラ・ウィルソンは、カバーバンドを組んでいた父の影響で幼少期から自然と音楽に触れ始め、10歳の頃にNBCのニュース番組『The Today Show』でアリシア・キーズの弾き語りカバーを披露して注目を浴びた、いわゆる天才キッズのひとりだ。10歳とは信じがたい歌声もさることながら、インタビューの受け答えも大人顔負け。この時すでにピアノだけでなくドラム、ギター、ベースも演奏しており、現在の音楽性の片鱗を示している。

 その後、14歳にして<RCA Records>とメジャー契約した彼女は、ギャビー・ウィルソン名義でシングル「Something to Prove」をリリース(The Isley Brothers「Between The Sheets」使いの名曲!)するも一時沈黙し、H.E.R.と改名をして2016年に再デビュー。DJ・キャンパーら現代のR&B職人たちが尽力したアンビエント風のサウンドスケープに、抑揚を効かせた憂いのあるボーカルを絡ませたアルバム『H.E.R.』(元々2作に分かれていたEPの合体作)は、デビュー作にして新時代のR&B像を描き出し、グラミー賞2部門を受賞。翌年に発表された『I Used To Know Her』では作風の幅を広げ、その地位を確固たるものとした。

すべてを音楽に語らせるブレない姿勢

 H.E.R.の3文字が表すのは「Having Everything Revealed」の頭文字。しかし「すべてをさらけ出した」と言いながら過去のキャリアには一切触れず、アートワークでは姿も明かさぬまま。では一体何をさらけ出しているのか? というと、その答えは音楽の中にある。顔を見せたり、自分のことをあれこれ語らずとも、彼女のメッセージとストーリーはH.E.R.を通して語られる。音楽そのものにフォーカスしてほしいという願いを込めて作られた、彼女流のミュージシャンシップの形がH.E.R.なのだ。

 コロナ禍で世界から生のライブコンサートが奪い去られる前の2019年、ニューオーリンズで開催された『ESSENCE Festival』で筆者が観た彼女のステージは、MCを最小限に絞りながら立て続けに楽器を持ち替えてパフォーマンスする姿が最高にカッコよく(ギター演奏だけで行われたプリンスのトリビュート場面も)まさに「すべてを音楽に語らせる」という姿勢が貫かれていた。ライブ映像を見ると、オーセンティックなソウルサウンドを音源以上に感じられると思う。

さらなるキャリアの飛躍、ジャンルを超えたアイコンへ

 上記2作の発表後の動向に目を向けてみると、アルバムこそ出ていないものの、それに相当する量のシングルが発表されており総じてクオリティも高い。若き日のジャネット・ジャクソンも参加したハーブ・アルパート「Making Love In The Rain」(1987年)をサンプリングした「Damage」やアコースティックな「Comfortable」などは従来路線と言えるが、映画『セイフティ〜最高の兄弟』のサントラに収録された「Hold Us Together」のようなスケールの大きいバラードでも、彼女は自分の持ち味を崩さぬまま世界観をフィットさせている。

 またアメリカ内で多発した白人警官による黒人殺害事件に言及した「I Can’t Breathe」では、無抵抗のままに命を奪われてしまったエリック・ガーナーやジョージ・フロイドが訴えた「息ができない」という言葉が生々しく用いられ、Black Lives Matter運動(以下BLM)を象徴するプロテストソングとなった(同曲は『第63回グラミー賞』の最優秀楽曲賞を受賞)。4月にはクリス・ブラウンを迎えた新曲「Come Through」もリリースしたばかりだ。

H.E.R. – I Can’t Breathe (Official Video)
H.E.R. – Come Through (Visualizer) ft. Chris Brown

 さらに顕著なのが、客演モノをはじめとするジャンルのクロスオーバー化だ。YG(「Slide」)やスキップ・マーリー(「Slow Down」)、ロバート・グラスパー(「Better Than I Imagined」)からエド・シーラン(「I Don’t Want Your Money」)と、これまでの共演アーティストたちの一部を挙げただけでも多種多様。ヒップホップ、レゲエ、ジャズ、ポップス、アフロビーツやグライムまで、遠からずとも性質の違うジャンルのトップミュージシャンたちと自然体のまま寄り添ってみせるのは実力者の証。R&Bボーカリストの先輩、トニ・ブラクストンとの「Gotta Move On」では、あえて声を交えずギタリストとしてゲスト参加するなど、彼女の粋な主張は場所を選ばない。

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