『筒美京平SONG BOOK』インタビュー
武部聡志×本間昭光が語り合う、“作曲家・筒美京平”から受け継いだもの
トリビュートアルバム『筒美京平SONG BOOK』が3月24日にリリースされた。
本作は筒美京平の傘寿(80歳)を記念し、本人の公認のもと制作が進められていたが、周知の通り、筒美は昨年10月に惜しまれながら逝去。その後、武部聡志を中心に、本間昭光、亀田誠治、松尾潔、小西康陽、西寺郷太というプロデューサー陣が集結し、12組のアーティストともに生み出されたのが本作『筒美京平SONG BOOK』だ。
リアルサウンドでは、武部聡志、本間昭光にインタビュー。本作の制作を軸にしながら、日本の音楽文化を大きく発展させた不世出の作曲家、筒美京平の魅力について語り合ってもらった。(森朋之)
「(ポップスが)脈々と受け継がれながら、変化している」ということを示したい
——『筒美京平SONG BOOK』は、もともと筒美京平さんが80歳になることを記念して企画されたそうですね。
武部聡志(以下、武部):そうなんです。2020年5月28日が80歳の誕生日で、傘寿をお祝いするアルバムを作りたいという話が持ち上がって。2019年の秋に、僕と本間くん、松尾潔くんの3人で会ったのが最初ですね。
本間昭光(以下、本間):3人でミーティングしたんですよ。
武部:代々木上原のカフェでね(笑)。京平さんの作品はもちろん名曲だらけなんだけど、僕らがやるんだったら、普通のトリビュートとは違うものを作りたいという話をしたんです。そのときに考えていたのは、「第一線で活躍しているプロデューサーがアーティストと向き合って作る」ということで。最終的に僕、小西康陽さん、本間くん、松尾くん、亀田誠治くん、西寺郷太くんというラインナップが揃って、制作がスタートしました。
本間:トリビュートアルバムだけではなくて、それを記念したライブもやりたいですねという話もしていたんですが、その後、コロナ禍になってしまって。状況が大きく変わるなか、とても残念な知らせが届いて……。
武部:訃報がね。
本間:なのでトリビュートアルバムの制作が再開したときは、「天国の京平先生に届くといいな」という思いがあったんですよね。それは参加したプロデューサー、アーティストにも共通していたし、とても気持ちの入った、素晴らしいアルバムになりましたね。
武部:歌ってくれたアーティストも楽曲をリスペクトしていたし、「このアルバムに参加できてうれしい」と言ってくれて。全員の気持ちが込められた作品になりましたね、確かに。今ブレイク中の若いアーティストが参加してくれたことも、京平さんは喜んでくれていると思うんです。
本間:すごいラインナップですからね。それぞれに「私はこの曲が歌いたい」「僕はこの曲を担当したい」という強い思いがあったし、原曲に対するリスペクトだけではなく、その人の個性も詰まっていて。「こんなふうに変化させたら、京平先生が喜んでくれるんじゃないかな」と想像しながら作業している部分もありました。
——各プロデューサー、参加アーティストのセンスやアイデアをも反映されている、と。
武部:そうですね。京平さんは、歌謡曲に洋楽のエッセンスを取り入れて、日本の音楽に大きな変化をもたらした方ですが、よく「日本のポップスは僕の次の世代で完成すると思う」と言っていたんです。今のJ-POPシーンを早くから予見されていたし、だからこそ、ご自分より下の世代のアレンジャーを積極的にピックアップして、いろんなことを伝えてくれたんですよ。今回のアルバムでも、若いアーティストが京平さんの楽曲に解釈を加えて、新たに変化させていて。ポップスはそうやって変容するものだし、このアルバムを通して「脈々と受け継がれながら、変化している」ということを示したいという気持ちもありました。
——なるほど。武部さん、本間さんが共同でプロデュースした「木綿のハンカチーフ」(橋本愛)も、新たな解釈が加えられていて。ピアノと歌を中心にバラード調にアレンジするというアイデアは、どんなふうに生まれたんですか?
武部:まず、橋本さんがこの曲を歌っているデモを聴いたんですよ。レコード会社の担当者が、ピアノ1本で橋本さんが歌っているデモを密かに録っていて、それが素晴らしくて。この声、この表現力で「木綿のハンカチーフ」を蘇らせることはアルバムの柱の一つになるなと思いました。そのとき、僕と本間くんがたまたま同じスタジオで仕事をしていて、合間を縫って、「どういう形で完成させようか?」とディスカッションして。
本間:スタジオのロビーで、譜面を見ながらコードの確認をして、設計図を作って。基本的には、デモの雰囲気をなるべく活かしたい思っていました。武部さんがおっしゃったように、橋本さんの歌があまりにも良かったし、「こういう世界観で『木綿のハンカチーフ』を表現したテイクは、今までなかったな」と。
武部:原曲は“爽快感”“アップテンポ”というイメージだし、バラード的、アンビニエント的なアプローチをしたカバーはなかったんじゃないかな。あとは本間くんとデータをやり取りしながら作って。
本間:ジェイムス・ブレイクみたいなリズムだったり、新しい要素も入ってますね。「我々の世代も、こういうことをやるんだぞ」ということを示したくて(笑)。
——歌録りはどうでした?
武部:橋本さんも忙しい方なので、1日でオケ録り、歌録り、MV撮影から「THE FIRST TAKE」収録までやったんですよ。
本間:歌を録って、そのまま「THE FIRST TAKE」の撮影をして。それが良かったのかもしれないですね。
武部:そうだね。レコーディングのテンションのままで歌ってもらえたので。
——「THE FIRST TAKE」では武部さんご自身がピアノを演奏していました。橋本さんの様子はどうでしたか?
武部:堂々としてましたね。「すごく緊張した」と言ってたけど、あのパフォーマンスができるのは大したものだなと。
本間:しかも一発勝負ですからね。僕も「THE FIRST TAKE」にお世話になったことがありますが(「鈴木雅之 - DADDY ! DADDY ! DO ! feat. 鈴木愛理 / THE FIRST TAKE」)が、ピアノ1本と歌はすごい緊張感だと思います。そのなかであれだけの歌が歌えるのは、本当にすごい。「泣いてるんじゃないか」と思うくらいの表現だったし、あの感じが出せる人はそうそういないなと。年齢もハマったんじゃないかな。彼女があと3歳若かったら、こういう表現にはならなかったかもしれないですね。
武部:そうだね。演じている部分もあると思うけど、彼女自身が熊本出身だし、架空のストーリーのなかにリアリティが垣間見えるというか。
——なるほど。確かにすごく生々しい歌ですよね。
武部:ええ。いちばん喜んでくれたのは、松本隆さんなんですよ。「45年前に書いたものをこの時代に蘇らせてくれてありがとう。京平さんもきっと喜んでくれてると思う」とメッセージをくれて。
本間:「木綿のハンカチーフ」は詞先ですしね。
武部:松本隆さんが書いた歌詞に対して、京平さんが一晩で曲を付けて。歌を作った本人にお墨付きをもらえたのは嬉しいし、やった甲斐があったなと。