福山雅治、初挑戦尽くしの全曲バラードライブ 音楽でこそ表現できる“想いを馳せることの美しさ”
水泡が浮き上がる海の底のような映像演出を背に、ガットギターを爪弾きながら哀愁たっぷりに歌った「恋の中」。次の瞬間には同じ空間が星空に変わり、幻想的なオーロラが揺らめく中、「ながれ星」をしっとりと届ける。再びメインステージへ戻ると、衣装をジャケットから淡いグリーンのシャツに羽織替え、ガットギター弾き語りで「好きよ 好きよ 好きよ」をアルバムバージョンとはまた異なるアレンジで披露。まるで自室で口ずさむようなリラックスしたムードが印象的だった。かと思えば、続く「Squall」ではステージの傍らにそびえ立つ古代ギリシャ神殿風の柱が光に照らされ、たちまち異世界に。迸る恋心のような激しい雨の映像をバックに、ピアノ演奏に乗せてドラマティックに歌唱した。歌と連動する指のしなやかな動きにも目を奪われていった。
再びホワイトステージへと歩いて移動しながら、これまで生み出してきた181曲のうち60曲弱、約3割がバラード楽曲であることを「初めて知りました」と福山。30年に渡る音楽活動の中で、無意識のうちに生み出してきたというのも興味深い。彼にとってそれほど自然な、想いを投影しやすいフォーマットなのだろう。リクエストの栄えある第1位を飾った「最愛」は、美しい演出に思わず溜息。暗がりから十字の光が出現していく荘厳な照明演出。主題歌となった主演映画『容疑者Xの献身』で描かれた、見返りを求めない献身的な愛を思い出す。すべてを優しく包み込むような慈しみ深い歌唱であり、忘れ難いパフォーマンスとなった。
打って変わって明るい朝靄のような光に照らされ、薄布がなびく中、目を閉じて佇む福山。始まったのは「Good night」。歌唱前に「初めてのヒットを体験させてくれた曲」と紹介した通り、キャリアにおけるターニングポイントとなった1曲である。ここで、今夜の折り返し地点を迎えて赤のロングシャツに衣装チェンジ。メインステージへ戻っていく。「本当にこの1年間、大変な世界になってしまいました」とコロナ禍に言及すると、「僕らの命と生活を支えてくださっている医療従事者の皆様、そしてエッセンシャルワーカーの皆様、本当にいつもいつもありがとうございます」と感謝を述べ、自身のラジオにも生の声が届いている、と報告。「ある看護師の方から“現場の若い医師が『AKIRA』収録の『ボーッ』という曲を聴いて救われた”というメールが届いて。音楽が、歌詞に込めた思いが届いているんだなと改めて知ることができて。こちらのほうこそ感謝しかありません」と想いを噛み締めた。我慢が今しばらくは続く状況を福山はしっかりと踏まえつつ、「そんな中で今夜はバラードという音楽のスタイル、バラード楽曲でリラックスしていただければな、と。なんだったらご自宅でくつろぎ過ぎて、聴きながら、観ながら寝ちゃっても構いません(笑)。見逃し配信もございます」とユーモラスに呼び掛けた。
6位ランクインの「蛍」では、歌同様にギターソロでも情感を豊かに表現。歌い終えた福山が言及した通り〈古い教会〉という歌詞の一節はセットとシンクロし、世界遺産にも選ばれた福山の故郷である長崎の教会群をイメージさせる楽曲表現となった。亡き祖母への想いを歌った「道標」は独唱でスタートし、シャウト気味に語気を強めたかと思えば柔らかいファルセットに慈愛を滲ませ、多様なボーカリゼーションで圧倒。ラブソングに限らず、“想い人への心”を込める福山らしいバラードの定義をまざまざと感じることができるブロックだった。
MCではこの日、自身の30年間の歩みだけでなく、同時代を生きる人々の人生に寄り添う言葉も多く聞かれた。「始めた頃は、まさか自分が31年も同じ仕事をできるなんて、思ってなかったですね」と語り、音楽以外にも活動を広げながら歩んできたキャリアを回顧。31年目を迎えることができたのは、「こうしてご覧になっていただけるあなたがいるからこそ。本当にどうもありがとうございます」と深く頭を下げた。「今年の桜はどんな桜なのか?」と来る本格的な開花に想いを馳せながら、「ライブというものがあと何回できるんだろうな……デビュー40周年が61歳の時ですから、まだ全然大丈夫かなと思っておりますけども(笑)。引き続きよろしくお願いいたします」と未来へ向けた決意表明も。誰しもそうだが、先の見通しづらい状況を生きる音楽ファンにとって、勇気付けられる言葉となったのではないだろうか。風に舞う桜吹雪のような美しい光の演出の下、色褪せることのない名バラード「桜坂」を歌い終える頃、足元には桜の花びらが積もっていた。