『PINOCCHIOP BEST ALBUM 2009-2020 寿』リリース記念対談
ピノキオピー特別対談②:クリプトン佐々木渉氏と考える“初音ミク”と“ボカロシーン”
2009年のボカロシーンと今は明らかに違うシーンになっている(佐々木)
ーーピノキオピーさんがご自身の声で歌ってライブをするようになったのは2014年の後半から2015年の頃ですよね。このあたりの転機は?
ピノキオピー:最初は、ライブをやりたい気持ちはあるのに、自分は目立たず引っ込んでる状態がベストだと考えていたんです。なので、最初にやったライブでは僕は前に出ず、黙って機材をずっといじってて、知人に全身タイツの変なコスプレを着せて、前に立たせて踊らせていたんですね。でも、これだと手応えもなくて、お客さんからしても意味がわからないから盛り上がらなくて(笑)。本人がいることにちゃんと意味があるようにしたくて、ある時、ボカロとユニゾンで歌ってライブをしてみようと思いたったんですね。そうしたら、現場で作者本人が歌うからか、ちゃんと盛り上がって、手応えを感じたんです。それが現在のライブスタイルの雛形になっています。
あとは、同時期にBUMP OF CHICKENさんや安室奈美恵さんが初音ミクとコラボしていて。あの、人間とボカロが共存している形式が面白かったんですよね。でも、ボカロシーンの内部から第一線でそれをやってる人がいなかった。そういう状況も踏まえてボカロとデュエットするスタイルを突き詰めるようになっていきました。
ーー安室奈美恵やBUMP OF CHICKENの初音ミクとのコラボも2014年〜2015年頃のことだったと思います。特に安室奈美恵さんの「B Who I Want 2 B feat. HATSUNE MIKU」はSOPHIEとのコラボということも含めてすごく大きな意味もあったと思いますが、このあたりは佐々木さんとしてはどう振り返っていますか。
佐々木:実は「初音ミク面白いよね。一緒にやろうよ」って声をかけてくださった海外の方はもっと沢山いたんです。でも実際に初音ミクのソフトを送ってみると、使い方とかハメ込み方が難しくて。SOPHIEと安室奈美恵さんの時も、実はもっと大御所の方が1年くらい前にやったものがあったんですけれど、それは僭越ながらお断りして。それでも安室さんサイドから「SOPHIEとも連絡を取っています」と話を聞いて、たまたま僕もSOPHIEが大好きだったので「それだったら何としてもやりたいです」と言ったのを覚えています。それでも大変だったんで、Mitchie Mさんに協力をお願いしました。かたやBUMP OF CHICKENの時はkzさんがすごく初音ミクらしい感じで歌わせてくれた。良い意味で両方とも賛否両論あったと思います。
人と並んだ時の違和感みたいなものって、初音ミクの声の大元のロジックを知っている人間として最初はすごく怖いことだったんです。でも、その違和感を若い世代の人たちが案外受け入れてくれる雰囲気もあった。そういうところで一歩を踏み出す勇気が重要なんだなと思っていたら、ピノキオピーさんがガンガン歌うようになって「やっぱり、そうだよな」って思いました。あとは「祭りだヘイカモン」とか「頓珍漢の宴」みたいな民謡やファンクが混じったような曲が出てきたことも、身体性が増したという意味で、ご自身で歌われるようになったことに近い傾向なのかなと思います。
ピノキオピー:まさにそうですね。その2曲辺りからライブを想定して曲を作ることが増えました。それまではインターネットの世界で完結していたので、ここで曲展開を引っ張ると現場でお客さんが盛り上がってくれるとか、身体的な想定までできてなかったんですよね。ネット上のコメントだけではわからないニュアンス。実際にそこにいるお客さんのレスポンスを含めた高揚感を意識するようになりました。自分の声を入れることになってだいぶ変化はあったと思いますし、ボーカロイドの人間的ではないところと身体性とのギャップの面白さをより感じるようになったと思います。
ーーボーカロイドと一緒に歌うようになって、曲調や方向性もどんどん変わっていった。
ピノキオピー:そうですね。変わっていきました。ライブをし始めた頃はちょうど悩んでいて、やりたいことを見失っていた時期だったんですけど、ボカロと歌うことで息がつながったというか、音楽的にやりたいことが増えたんです。本来の意味でのダンスミュージックへの理解がより深まったというか。それまでは曖昧に感じていたボディミュージック、ベースミュージックとしての魅力をより強固に感じるようになりましたね。
ーーここ数年で発表したものからピノキオピーさんにとって思い入れの深い曲、大きな意味合いを持ったと感じている曲は?
ピノキオピー:音楽的な意味合いで言うと、「アップルドットコム」(2017年)ですね。3カ月に1回は楽曲を投稿をしないと「間が空きすぎかな?」と焦っちゃうんですけど、この時期は仕事のスケジュールの都合で4ヶ月間新曲を投稿できない状況になってしまったんです。それは避けたかったので、突貫工事で1曲あげることに決めました。ナンセンスな歌詞と省エネな音で構成すれば間に合うかなと思い、制限のある中で制作したら、その力の抜け具合が思いのほか良かった。ニコニコ動画とYouTubeのユーザー数が入れ替わりつつある時期だったのと、音数の少なさも手伝って、この曲をきっかけに海外のファンが増え始めたのを覚えています。その後もガチャガチャした曲も書いてるんですけど、「アップルドットコム」は楽曲の情報を削ぎ落とすことの良さに気づいた大事な曲だったと思います。
ーー初音ミクの10周年記念コンピ『Re:Start』に収録された「君が生きてなくてよかった」(2017年)や、2020年の『マジカルミライ』のテーマソング「愛されなくても君がいる」など、ここ最近は初音ミクやボーカロイドをテーマにした楽曲もありますね。
佐々木:ピノキオピーさんに書いていただいた『マジカルミライ 2020』のテーマソングの「愛されなくても君がいる」って、歌詞の世界観やメロディにしても「こんなに心が軽くなる感じに、聴きやすかったっけ?」っていうようなニュアンスがあって。僕は最初ピノキオピーさんが書いてくださったテーマ曲だとは知らない状態で聴いて「これ、すごく良いメロディだけど誰の曲?」ってスタッフに聞いたら「ピノキオピーさんの曲に決まってるじゃないですか」と、半ば怒られたのを覚えていますね(苦笑)。「君がいる/〇〇でなくてよかった」という楽曲は自分の脳内でシリーズっぽく認識してしまっていて……どれも大きな優しさを感じるんですが、やっぱり天の邪鬼で(笑)、でもだからネットのリスナーが信頼する、臭くない優しさなんだと思います。
ーー改めてピノキオピーさんにご自身の歩みを振り返っていただいて、どんな思いがありますか?
ピノキオピー:僕が今日までやってこれたのは、2009年頃、ボカロで音楽を作ることが職業になるとは全く思ってなかった時期に、遊びで始められたのが大きかったと思います。ボカロを使うことが生活に繋がるような機運は全くなかったので、友達に「それ将来に繋がるのか?」って言われながら「でも楽しいからやってるんだよね」みたいな感じで。最初に、みんなに見てもらえたという純粋な嬉しさが根底にあったから、その気持ちを糧にして12年続けてこれた。
あとは、ブームに飲まれない核みたいなものを持ったかっこいいアーティストに憧れるので、核そういう自分が聴いてきたもの、好きなもののおかげで、あまりブレずにやってこれたのかなと思いますね。そこをブレずにやった結果として聴かれなくなっていく怖さもあるとは思うんですけど、いまだに続けられてること自体が本当に嬉しいし、応援してくれてる人たち、僕の作品を良いって言ってくれてる人たちには感謝しかないです。こんなに長く続けられたこと自体が本当に奇跡だと思ってます。
ーーベスト盤には「10年後のボーカロイドのうた」も収録されていますが、初音ミクとボーカロイドシーンのこれまでについてはどう考えていますか?
ピノキオピー:2009年当時のボカロシーンと今は明らかに違うシーンになっていますよね。 その中でも、純粋に自分の音楽が良いと思ってボカロを始める人達はいると思います。独創的で面白い人がもっと報われる場所になって欲しいですね。ボカロに限らず、今はSNSの時代になって、クリエイティブが負けてしまうんじゃないかみたいな焦燥感がすごくあるんですよね。仕掛け方とか見せ方とか、それも大事なことだけど、そういう部分のみで目立つものが台頭してきている。クリエイティブの力をもっと信じられる世界になってほしいです。
佐々木:初音ミクのファンって、いろんなタイプの人がいると思うんですよね。ボカロを音楽として捉えて追いかけているファンもいれば、初音ミクそのもののキャラ……存在感というか、臨場感が好きな人もいる。みんながミクについて少しずつ違う意味でイメージを寄せている。そういう状況が好きな人も沢山いる。人それぞれの違いが認められていると思うんです。違いが認められる「しくみ」があると信じてるし信じたい。ピノキオピーさん達の曲が後押ししてくれているとも感じます。正直、今日のピノキオピーさんとの対談みたいに、自分が率直に1人のボカロPさんとこういう話をするのはなかなかないことで、ちょっとタブーなんです(笑)。
ただ、「10年後のボーカロイドのうた」や「すきなことだけでいいです」、「ぼくらはみんな意味不明」などの世界観を考えると、ピノキオピーさんはボカロのファンにとっての代弁者というか「私が思っていたボカロや初音ミク、ネットや現代社会に対するイメージってこうなのかも」みたいなところを鋭く風刺している強さも含めて支持がある。僕が面倒くさい感じの音楽ファンだから言えるんですけど、ピノキオピーさんの音楽は現代における、ネット時代ならではの、DTMとジプシーの方々のハイブリッド音楽というか。
ピノキオピー:そうですかね(笑)?
佐々木:すいません、少し強引ですね(笑)。ただ、昔のジプシーの方々って、音楽をしながら旅や共同生活している人たちも多かったりしましたが…今でいうと、ネットサーフィンを通じた小旅行の先に、ピノキオピーさん達の、おもちゃ箱をひっくり返したような曲や、天真爛漫な音楽観がある。「とにかく楽しく音楽をやろう」とか「みんなおいでよ」って言ってくれている感じがある。こういう風にハードルが低くて、子供っぽい感覚でも素直に楽しめる音楽って、意外とあるようでないんですよね。そういう音楽があって、なんとなーく「自分ももっと聴いてみよう」「何かやってみよう」「音や声で遊んでみよう」と思えるようなキッカケになって、その先にふわっとした初音ミク達もいたりする。(自分の妄想ですが)そういう小さな幸せと、ピノキオピーの世界観は、いつも混ざり合っているように見えて、いつもとってもありがたいと思うんです。
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・ピノキオピー特別対談①:DECO*27と語り合う“ボカロの過去・現在・未来”
■リリース情報
ピノキオピー
『PINOCCHIOP BEST ALBUM 2009-2020 寿』
発売日:2021年3月3日(水)
価格:¥3,800+税
品番:UMA-9139-41
仕様:初回仕様限定盤三方背BOX付き3CD+P.32ブックレット
<Disc1>
01. 愛されなくても君がいる
02. すきなことだけでいいです
03. おばけのウケねらい
04. ニナ
05. すろぉもぉしょん
06. アップルドットコム
07. からっぽのまにまに
08. モチベーションが死んでる
09. 頓珍漢の宴 – MV edit –
10. マッシュルームマザー
11. きみも悪い人でよかった
12. ぼくらはみんな意味不明
13. 10年後のボーカロイドのうた
<Disc2>
01. セカイはまだ始まってすらいない
02. はじめまして地球人さん
03. ありふれたせかいせいふく
04. 腐れ外道とチョコレゐト
05. 空想しょうもない日々 – MV edit –
06. 内臓ありますか
07. ボカロはダサい
08. 祭りだヘイカモン – MV edit –
09. ゴージャスビッグ対談
10. アンテナ – re-rec –
11. ラブソングを殺さないで
12. eight hundred
13. 君が生きてなくてよかった
<Disc3>
01. マッシュルームマザー – ZANIO & PinocchioP live remix – / ZANIO & ピノキオピー
02. ニナ – Jumping remix – / ピノキオピー
03. ラブソングを殺さないで – JAPAN EXPO remix – / ピノキオピー
04. すきなことだけでいいです – DECO*27 & TeddyLoid remix – / DECO*27 & TeddyLoid
05. ぼくらはみんな意味不明 – nu metal remix – / 鬱P
06. アップルドットコム – Sickness remix – / ARuFa
07. ヨヅリナ – doze off remix – / ササノマリイ
08. 祭りだヘイカモン – 姦し remix – / 梨本うい
09. はじめまして地球人さん – nakatagai remix – / 椎名もた
10. 内臓ありますか – ATOLS remix – / ATOLS
11. すろぉもぉしょん – sasakure.UK remix – / sasakure.UK
『PINOCCHIOP BEST ALBUM 2009-2020 寿』特設サイト
■関連リンク
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