須田景凪、ボカロP時代からの“転機“振り返る 表現の根底にある“他者との関係性“の変化

須田景凪、音楽表現の根底にあるもの

ボカロ文化が今はすごく表に出てきている

ーーいろんな価値観が渦巻いている状況というのは、多様性という意味においてはプラスの捉え方もできますが、須田さん自身はそのような現状をどのように捉えていますか?

須田:それこそ去年に緊急事態宣言が発令されたときは、意味合いがすごく深いものだったじゃないですか。今より規制が厳しくてシリアスな状況で、今まで当たり前に会っていた人にも会えなくなったし、仕事や学校の授業もオンラインで行うようになって。だから自分のなかでは、より一層、いろんな人が自分と他者との関係性について考えた時期だったと思うし、その改めて考え直した価値観みたいなものが、世の中に言葉として溢れていった時代なんじゃないかと思っていて。もちろんコロナは決して良いものではないですけど、全世界が同じタイミングで価値観をアップデートすることなんてないと思っていて。その特別な出来事を無視して作品は作れないなと思いましたね。

ーー須田さんはインタビューなどでよく、ご自身の楽曲のテーマの一つに「日常」があるとおっしゃっていますが、コロナ禍の今はその根底となる「日常」が変容した状況でもあるわけで、ご自身の創作活動に影響を及ぼした部分もあったのでは?

須田:とはいえ、自分は元々部屋にずっとこもって曲を作るタイプの人間なので、正直、大きく生活が変わったりはしていないんですけど(笑)。それこそ音楽を始めた頃から一貫して、聴いている人の日常に溶け込むような音楽を作りたい意識があるなか、今はいろんな人の価値観や日常が揺らいだと思うので、だからこそ今書けるもの、改めて日常の多様性だとか、その多様性が崩れた瞬間を考えながら一曲一曲書いていきました。

ーーニューアルバムの収録曲からは「veil」を含め6曲をプレイリストに選んでいただきましたが、なかでも「刹那の渦」は、今お話いただいたアルバム全体のテーマともリンクする楽曲のように感じます。

須田:そうですね。この曲はアルバムのコンセプトを見直そうと思ってから2曲目に書いた楽曲なんです。1曲目に書いた曲が「飛花」で、それは世界がどんどん淀んでいく状態が悲しいよね、ということを書いているんですけど、改めて客観視してみたら、思っていた以上に悲観しすぎているなと感じて。「刹那の渦」は、コロナという渦中がいずれ収まったとしても、そのなかで失われたいろんなものーー例えば亡くなった人だったり、潰れてしまったライブハウスというのは、コロナが落ち着いてもずっと解決することなく残っていくわけで、その頃に聴いたら改めてもうひと段階の意味が生まれる曲になれば、という意識で書きました。

ーー「刹那の渦」は、昨年12月、まずバルーン名義で動画が投稿されて大きな話題になりましたね。

須田:元々バルーン名義で出すつもりは全然なかったんですけど、いざこの曲が出来上がったときに、両方の名義で共通する意味合いがあることを個人的に感じたので、久しぶりにバルーン名義でも作ってみました。大きく言うとメロディの部分なんですけど、曲の意味合いも含めて、初めてバルーンとしても成立するし、須田としても成立するような音楽になったと感じています。これは細かい話ですけど、今までなら例えば「シャルル」の自分が歌ったバージョンは「self cover」とつけていましたけど、今回は「self cover」をつけないことで、どちらも本家ですよっていう意思表明もしています。

ーーバルーン名義で楽曲を発表するのは、須田景凪としての活動を始めてからは初、約3年半ぶりのことだったので、まさに嬉しいサプライズでした。

須田:いきなりだったので少し困惑させてしまったかなと思ったんですけど(笑)。それまでは自分がどういう曲を作りたいかばかり考えていたので、正直ボーカロイドからは結構離れていたんですね。でも去年の頭ぐらいから、ボーカロイドという文化にまた触れ始めたら、やっぱり今も変わらず新しくてかっこいい人がいっぱいいたので、久しぶりにやりたくなった気持ちもありましたし、いろんなタイミングが合わさったんだと思います。

ーーどんな方々に刺激を受けたのですか?

須田:それこそYOASOBIのAyaseくんとか、syudouくんがAdoさんに書いた「うっせぇわ」とか。これはここ数年に始まった話ではないんですけど、ボカロカルチャーのいちばんの魅力は、ボーカルが同じだからこそ楽曲の強度だけで勝負していけるところだと感じていて。声の良し悪しだけで聴かれているわけではないので、楽曲の強さがハンパじゃないんですよ。その文化が今はすごく表に出てきているので、自分としても嬉しいし、健全なことだと思いますね。

“ネット発”という言葉が消滅していくきっかけになった1年

ーーアルバムの「いろいろな価値観が渦巻く」という話に繋げると、今やボカロやJ-POPといった価値観の垣根が崩れたというか、それらが渦になって混ざり合っているのが現状というイメージがあります。

須田:ああ、そうですね。去年は、いわゆるネット発という言葉がどんどん消滅していくきっかけになった1年だったと思っていて。今は大御所のミュージシャンの方も当たり前にインターネットに投稿していますし、ジャンルの垣根もどんどん無くなってきて、フラットに曲を評価してもらえる時代になってきたと思うんですよ。それはミュージシャンとしてすごくありがたいことだし、聴く側としても健全だと思うんですよね。その意味で今は音楽にとっていい時代だと思います。

ーーちなみに今後もバルーンとしての活動は考えていますか?

須田:もちろんやりたいですけど、基本自分はあまり器用な人間ではないので、両方をコンスタントにやっていくというよりは、どちらかに集中するのが性分に合っていると思っていて。それに須田名義でも、例えばバルーンで言うところの「シャルル」みたいな曲だとか、まだまだ書きたい曲があるし、自分の名義だからこそこれからどんな曲を作っていくのか自分でも想像できていない部分があって。なのでしばらくは須田名義に集中かなと考えています。何か偶発的なタイミングがあれば、ボカロもやりたいなと考えていますけど。

ーー話を戻して、プレイリストに選んだ楽曲のなかで、他にアルバムの軸になっている楽曲を挙げるとすれば?

須田:特に意味が深いと思うのは「ゆるる」と「Vanilla」ですね。「ゆるる」は『名も無き世界のエンドロール』という映画の主題歌なのですが、曲を書くにあたって映画を観させてもらったときに、自分は不思議な寂しさみたいなものを感じて。監督も「虚無感を書いてほしい」というお話だったので、いつもなら「Veil」のようにタイアップ作品にコミットした曲を書いたと思うんですけど、今回は映画に寄せて書くというよりも、映画で感じた寂しさをテーマにまた別の創作をするイメージで書いた曲なんです。今はわかりやすく寂しさが広がっている時代でもあるし、結果としてこのアルバムの中でも重要な曲になりました。

ーーもう1曲の「Vanilla」はいかがですか?

須田:「ゆるる」を含め14曲を書き上げたときに、最後の15曲目はどういう曲を書こうか考えて。今はある種、見方を変えると、ひどく淀んだ世界にも見えると思うんですけど、自分はそのなかでどうしていくかを考えたときに、結局どんな形であれ生きていくしかないという結果に、何度考えても行きつくんです。そういった意味合いのことをちゃんと言葉にしている楽曲が、他の14曲にはなかったし、それを改めて言葉にする必要があると思って書いたのが「Vanilla」です。この「Vanilla」と「ゆるる」がアルバムの最初と最後にあることが、深い意味合いを持つし、アルバムの並びで聴いてもらうことで聴こえ方も変わると思います。

ーーそういった力強い意志を感じさせる「Vanilla」をアルバムの1曲目に置いたのは、須田さん自身、このアルバムを通して、今の時代に伝えたいものがあったんでしょうね。

須田:結局自分は聴いてくれる人の解釈に全部お任せしたいと思っているんですけど、いくらストレートな歌詞を書いても、やっぱり伝わり切らないところはあると思うし、だからこそ今、「Vanilla」を1曲目に持ってきた意味合いをお話させてもらうことにも意味があると思っていて。このアルバムは、「普通」とか「当たり前」といった言葉がどんどん欠落していってる状態のなかで、その人たちの救いと言ったら大げさですけど、背中を少しでも支えてあげられるものになったら嬉しいな、という願いはありますね。

ーーその「普通」を見失った人にも寄り添おうとする眼差しは、バルーン名義の作品も含め、須田さんの音楽に一貫して感じられるものでもあります。

須田:うん、そうですね。根底のテーマ的なものは、変えようと思って変えられるものでもないと思っているので、一生そういうテーマをもってこれからも音楽を作っていくんだろうなと思います。

須田景凪
須田景凪『Billow』

■リリース情報
『Billow』
発売日:2021年2月3日(水)
購入はこちら

【初回生産限定盤】
CD+DVD+80Pアートブック
*三方背BOX・デジパック仕様
価格:¥4,800(税別)

【通常盤】
CD Only
価格:¥3,000(税別)

【WMD盤 ※受注生産限定】
CD+DVD+アートリリックパズル+カラビナキーホルダー
*豪華BOX仕様
価格:¥6,900(税別)
受注期間終了

[CD]
1.Vanilla
2.飛花
3.刹那の渦
4.Alba ※映画『水曜日が消えた』主題歌
5.veil ※TVアニメ『炎炎ノ消防隊』エンディング主題歌
6.Carol ※2020年6~7月期 NHKみんなのうた
7.メメント
8.MUG
9.迷鳥
10.風の姿
11.MOIL ※映画『二ノ国』主題歌
12.はるどなり ※フジテレビ系ドラマ『アライブ がん専門医のカルテ』主題歌
13.welp
14.色に出ず
15.ゆるる ※映画『名も無き世界のエンドロール」』主題歌

[DVD(初回生産限定盤&WMD盤)]
Live Video
須田景凪 ONLINE LIVE 2020 “催花”
1.couch
2.メーベル
3.パレイドリア
4.MUG
5.Carol
6.MOIL
7.シャルル
8.veil
9.Alba
10.飛花

Exclusive Live Video
1.はるどなり
2.青嵐
3.ゆるる

Music Video
1.パレイドリア
2.veil
3.MOIL
4.はるどなり
5.MUG
6.Alba
7.Carol
8.飛花

■関連リンク
オフィシャルサイト
須田景凪/バルーン Twitter
https://twitter.com/balloon0120

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