『green diary』インタビュー
中島愛が語る、5thアルバム『green diary』で表現した“シンガーとしての意思” 記念碑的な1枚の制作秘話
中島愛が3年ぶり5枚目のオリジナルアルバム『green diary』をリリースした。作家陣には、尾崎雄貴(BBHF)、Soulife、RAM RIDER、葉山拓亮ら初タッグ勢をはじめとしつつ、三浦康嗣(□□□)、児玉雨子、清竜人、tofubeatsといった、近年より中島作品に関わり始めた顔ぶれが大半を占めている。こうした人選も含め、中島本人の意向を最大限反映して制作されたという本作は、彼女が表現者としてネクストステージへ駒を進めたことを高らかに宣言する充実作だ。
中島自らも「記念碑的な作品」と位置づける本作について、制作の裏側や各楽曲に込めた独特のこだわりなどを語ってもらった。(ナカニシキュウ)
「“本人が書いている”という価値しかないものは作りたくない」
ーーオリジナルアルバムとしては約3年ぶりになるわけですが、収録される既発シングル曲が『水槽/髪飾りの天使』1枚分だけなんですね。前作『Curiosity』以降も精力的に活動されていた印象しかないので、まずそこが意外でした。
中島愛(以下、中島):そうなんですよね。2019年にベストアルバム『30 pieces of love』をリリースし、そこに収録できたシングル曲もあったから「あ、今回入れるべきなのはこの2曲だけだな」って。
ーー過去4作のアルバムはいずれも全12曲でしたけど、今作は10曲入りですね。
中島:全体の曲数は減っていても、新曲の数でいうとこれまでのアルバムとだいたい同じなんですよ。基本的にはそれだけの話なんですけど、私は80年代の歌謡曲がすごく好きなので、アナログレコード時代の“A面/B面で5曲ずつ”みたいなサイズ感への憧れも正直ありました。
ーー10曲入りで42分というのはまさにLPサイズですよね。46分テープにちょうどダビングできる感じ。
中島:狙ったわけではないんですけどね(笑)。時代の流れとしても、今は間奏が短かったりDメロをなくしたりする方向ですし、作家さんからも「Dメロを作らないつもりなんですけど、いいですか?」という打診があったりもして。
ーー今回は初めましての作家さんが多いですよね。
中島:はい。前作『Curiosity』から3年経っているので、その間に自分がアンテナを張っていた中で「この人にやってもらいたいな」という候補を溜めていて。それと、今回は新しいディレクターさんと組んだんですけど、彼女と私の考えをすり合わせた結果でもあります。
ーーオフィシャルサイトで公開されていた「recording diary」では、1曲ずつ明確なテーマを設定して作家さんと打ち合わせしながら作っていく様子が綴られていました。各楽曲のテーマはどのように決めていったんですか?
中島:まず「アルバム全体で“緑”をテーマにしよう」というところから、1曲ごとに10色の違う緑をPANTONE色見本を見ながら当てはめていって。すべての曲にイメージカラーを設定して、それぞれ「〇〇なときの私」というテーマをガッチリと固めました。その上で、それぞれの作家さんにお願いした感じです。
ーーこれまでになく中島さん自身の意思を色濃く反映させる作り方ですよね。なぜそういうやり方をしようと?
中島:今まではベテランのディレクターさんにアルバムを担当してもらうことが多かったんですけど、彼らのやり方は「こういうふうにやるんだよ」と教えてくれるようなものだったんですね。そこで多くのことを学んできて、今回は5枚目という節目でもあるし、30代になって初めてのアルバムでもあるから、そろそろ自分の意思をもう少し口に出してみてもいいのかなと思いまして。
ーー基礎編が終わって応用編に入ったみたいな。
中島:そうですね(笑)。
ーー完成したアルバムを聴かせていただいて、「まるでソングライターの作品みたいだ」という印象を受けました。中島さん自身は作詞や作曲を担当こそしていませんが、やっていることの本質はシンガーソングライターに近いですよね。単にあてがわれた曲を歌うだけではなく、表現したいことが明確にあって、それを作品にしているという点で。
中島:「diary」と題して自分のデビューからの道のりを描いていくアルバムを作るからには、今までのように何曲かは自分で作詞したり、もしくは作曲に初挑戦するようなこともしたほうがいいのかなって迷ったんですよ。ですけど、自分が歌手として「歌いたい」と思えるクオリティの曲を作れるとは正直思えなかったし、“本人が書いている”という価値しかないものは作りたくなくて。なので、今回はシンガーに徹しようと決めました。
ーー自分で曲を書くアーティストが評価されやすい世の中になってきて、かつて歌謡曲の世界に数多くいた“自分の喉ひとつで勝負する”タイプのシンガーは少なくなっていますよね。中島さんが“自分では書かない”選択をした背景には、そのような歌手としてのあり方に対する想いもありますか?
中島:ありますね。私は歌うことがすごく好きなんですけど、その気持ちと同じように「曲を書くために生きている」「楽器を演奏するために生きている」というようなプロフェッショナルたちをキャリアの中で何度も何度も目の当たりにしてきて。そういう人たちって、圧倒されるし美しいんですよ。だからこそ、私も今回「声だけで綴る勇気を持とう」と思いました。
ーーでは収録曲について伺います。まず1曲目、三浦康嗣さん作の「Over & Over」がいきなりとんでもない曲で。一番攻めた曲を1曲目に置くという構成も含めて、かなり攻めてますね。
中島:『green diary』というアルバムタイトルがベタじゃないですか(笑)。これは「ベタで勝負するべきだな」と思って私がつけたんですけど、そこで1曲目までベタにしてしまうとなんの面白みもないなと。明確に尖っている曲を最初に持ってくることで、タイトルとのギャップを出したいという狙いはありました。
ーーリズムやテンポがどんどん変化していく複雑な作りで、三浦さんの変態性が遺憾なく発揮された“奇曲”と言っていいと思います。でも、めちゃくちゃポップでもあるという。
中島:そうなんです! ポエトリーリーディングともラップともつかないような、三浦さんの……変態性?(笑)を、思う存分出してほしいとお伝えしました。聴きようによっては難解な曲ですけど、不思議と染み込んでくるようなメロディなんですよね。リズムチェンジにしても、心拍数が自然に上下するようなナチュラルな変化なので、歌っていて取っつきにくさは感じなかったです。
ーー作りのトリッキーさが肝になりかねない曲だとは思うんですけど、ちゃんとボーカルが楽曲の核になっていますね。曲に負けていないというか。
中島:一歩間違えると曲に引っ張られそうだったので、レコーディングには時間をかけました。主役が“歌”であることを打ち出す難しさと面白さがありましたね。三浦さんからは「韻さえ流さなければ大丈夫」と言われたので、とにかく母音を意識して歌いました。情感を込めるというよりも、全部の語尾をひとつずつ確実に置いていくような。そんな歌い方をしたのは初めてだったんじゃないかな。その三浦さんのアドバイスが少しずつ私の中に入って、多少は歌が引っ張っている感じにできたのかな、とは思います。
ーーただでさえメロディラインやリズムが難しい上に、音域も異様に広いですよね。
中島:広いですね。最初は「大丈夫かな?」と思ったけど、頑張りました(笑)。実はこの曲、歌を録ったときとミックスのときで、オケが大幅に変わってるんですよ。
ーーそうなんですか。それでよく歌えましたね。
中島:三浦さんからも「よく歌えるね」と何度も言われました(笑)。あと、村田シゲさんがベースを録っている日にスタジオへご挨拶に行けたんですけど、ずっと三浦さんが「シゲ、よく弾けるね」とか言ってて(笑)。
ーー他人事みたいに(笑)。それと、この曲に関しては「果たしてライブで歌えるのか」という心配もあるんですけども。
中島:テンポがどんどん変わるので、生バンドならまだしも、カラオケを使うイベントのときはもう必死で体に叩き込むしかないですね。クリックを聴いたところでクリックの役目を果たさないでしょうし(笑)。でも、絶対にライブで歌いたい曲です。