Rin音からさとうもか、羊文学まで……カツセマサヒコが2021年に期待するアーティスト
コロナによる緊急事態宣言や小説の執筆に追われていたこともあり、昨年はほとんど自宅に篭りきりだった。CDショップに足を運ぶ機会も極端に減り、いよいよサブスクリプションサービスがなくては生きていけない体になった気がする。
Spotifyは年末になると、その年に自分が最も聴いたアーティストや楽曲をランキング形式でまとめてくれる。2020年に筆者が一番多く聞いた楽曲は、クリープハイプの「5%」だった。アルコール度数と片思いの歯痒さをかけた歌詞がスローテンポな打ち込みに泡のように溶けていき、気怠さや浮遊感を生む。昨年は、(ひどくありきたりに言えば)そういったチルな音楽を求めていたのだろう。
一番聴いたジャンルがLo-Fi Beatsだったことも、流行の上澄みだけをすくった感があって恥ずかしい。ただ、フェスやライブで盛り上がれるような曲よりも、自宅でのんびり聴く音楽、作業中にBGMのように聴く楽曲に需要があったことは、世の流れとしても自然なことのようには思う。
サブスクの登場で新たなアーティストに出会う機会はどんどん増えていくはずなのに、相変わらず音楽に詳しくはならない。下半期はYOASOBIの「群青」と藤井風の「帰ろう」を延々とリピートしていて、年末は羊文学のアルバム『POWERS』ばかり聴いていた。音楽が好きならすぐにたどり着きそうな楽曲ばかり聴いている。
そんな浅瀬でばかり遊んでいる者が2021年期待のアーティストを書いても説得力は皆無だと思うが、何がきっかけで人がものを知るかは分からないところもある。あまり背伸びせずに、率直に応援したいアーティストを紹介したい。
Rin音
最近は仕事中に音楽をかけているので、メロディの主張が強すぎる楽曲は自然と聴く機会が減っている。クボタカイやdodo、そしてRin音が作る音楽は、トラックもリリックも聞き手に押し付けることなく、リスナーにたくさんのことを委ねてくれるから好きだ。1990年代から2000年代は大きな希望を描いた音楽がJ-POPの主流だったように思うが、ここ数年は過去への後悔や理不尽な日常、等身大の感情を歌うものこそ受け入れられている気がする。彼らの音楽もまさにそれだ。一日の始まりから終わりまで、こちらの人生に干渉しすぎずに見守ってくれる。
Rin音はシンガーソングライターのasmiとコラボした楽曲「earth meal feat.asmi」をきっかけに知ったが、この曲の歌詞が、男女で歌う、ということを細かなところまで意識して作り込まれていて、美しい。物語のような設定に生きる主人公とヒロインの日常は気怠いのに清々しく、ディストピアのような現実世界ともリンクしていて儚い。Rin音は昨年の『日本レコード大賞』で新人賞を受賞し、わざわざ紹介しなくとも時の人になりつつある。冬場に合う声をしているので、「snow jam」あたりから部屋で聴いてみてほしい。
さとうもか
この原稿のように締め切りが過ぎてもなかなか筆が進まないような深夜帯は、女性シンガー、ラッパーの音楽に救われている。kiki vivi lilyやpinoko、asmiを一つのプレイリストに入れて、夜中に流しっぱなしにして過ごすのが好きだ。その中でもよく聴いているのが、さとうもかである。
「melt bitter」でその存在を知ったが、聴き心地の良いサウンドと、空間の色を変えるような歌声が魅力だ。筆者は今年35歳を迎える男性だが、この年齢でも、ターンテーブルが回っている狭くこじゃれたスタンドバーでピンク色や水色のカクテルが飲みたくなってくるし、部屋にネオンサインを大量に飾りたくなってくる。鼻にかかった歌声は中毒性が高く、彩り溢れたメロディと共に気持ちを少し上向きにしてくれる。TikTokで注目された「Lukewarm」など、今年もなんらかの話題を持ってきてくれそうな予感がする。
羊文学
上記2アーティストを勧めてきたように、2020年はギターロックから離れてばかりの一年だったかと思いきや、きちんと振り返ればそんなこともなかった。マカロニえんぴつやSaucy Dog、オレンジスパイニクラブなど、日本語の魅力が詰まったアーティストの曲を、移動時間や休憩時間によく聴いていた。(ベタだが、昨年一番好きなフレーズは“握ってたいのはスマホじゃない あなたの右手だ オーライ”でした)
そして2021年、日本のギターロック、オルタナティブロックから音楽シーンに事件を起こしそうな気がしたのが、昨年12月にメジャーデビューアルバム『POWERS』をリリースした羊文学だ。
一昨年まで、彼女ら/彼らの音楽は「1999」くらいしか知らなかった。どこで知ったのかすら、うろ覚えだ。ただ「1999」を聴いたとき、「映画みたいな音楽だ」と思った。それは決して「映画のBGMに流れていそう」という意味ではなくて、「楽曲や歌声自体が映画そのもののように、哀愁や孤独、喜び、快楽などを帯びていた」という意味だ。
羊文学の存在感が強くなったのは2020年になってからで、その年に配信リリースされた「砂漠のきみへ」がとてもよかった。彼女ら/彼らの音楽は、決して無責任に背中を押さない。現実は受け入れた上で、それでも寄り添う道を選ぶ。歌詞の魅力、声の魔力、バンドサウンドの引力。それらをひしひしと感じられる曲だった。
これはいいな、と思った矢先、羊文学がメジャーデビューすることをニュースで知った。まだメジャーじゃなかったのか! と驚いた。とっくにデビューしているような貫禄があった。
そして12月にアルバム『POWERS』が発売。ヘヴィなサウンドに浮遊感のある歌声が重なり、その隙間に、いくつもの色が見えた。個性的でありながら普遍的で、捻くれているようでいて、驚くほど真っ直ぐだった。ミルボンのスペシャルムービーとしても使われている「変身」がとくに好きだ。そのアルバムの10曲目で、「1999」と再会した。全く落ちることのない鮮度の高さに、また驚く。メジャーデビューしたとなれば、今年はタイアップなどもついて、さらに大きく前進していくはずだ。どんなシーンに羊文学の音楽が鳴るのか、楽しみにしている。