杏沙子、「見る目ないなぁ」多くの共感を生む普遍的な切なさ 合わせて聴きたい『泣けるだけじゃない失恋ソング』プレイリストも

杏沙子「見る目ないなぁ」普遍的な切なさ

 シンガーソングライターの杏沙子の楽曲「見る目ないなぁ」が7月のリリース以来、約半年にわたってロングセラー中だ。本作は彼女の2ndフルアルバム『ノーメイク、ストーリー』からのリード曲。失恋の痛みをリアルに綴った歌詞をシンプルなメロディに乗せて歌ったバラードだ。先行配信と同時に公開されたMVはこれまでに約170万回再生を記録。コメント欄には自身の失恋体験を残すリスナーが続出し、多くの共感が寄せられたことを物語っている。また、Spotifyのプレイリストのひとつ「Woman Don't Cry」にも選曲され続けており、失恋ソングとしても定着しつつある勢いだ。そんな「見る目ないなぁ」が聴かれ続ける理由とはどこにあるのか。

杏沙子‐見る目ないなぁ (Full ver.)

 杏沙子によると、「見る目ないなぁ」が生まれた背景にあったのは自身の失恋体験。「実際に『見る目ないなぁ』って泣きながら家に帰ったときに出てきた言葉で、実話なんですけど。(中略)悲しい気持ちの反面、逆に『曲にしてやるからな!』みたいな気持ちがそのときに生まれまして(笑)」(参考)と振り返っている。その後、身近な人から話を聞く中で、「こんな気持ちになるのは私だけじゃないんだ」という思いを新たにし楽曲は制作された。

 恋した相手が選んだのが自分ではなく他の誰かだったときに感じる、情けなさやいたたまれなさ、怒りや孤独感、そして未練。めまぐるしく変わる感情をじっと胸に抱き、悲しみに耐える女の子の姿が、「見る目ないなぁ」からは浮かび上がってくる。繰り返し歌われる「見る目ないなぁ」は相手へ向けたものであると同時に自分を責めているがゆえの一言だ。そんなヒリヒリするような失恋の情景を丁寧に掬い取った歌詞とは裏腹に、ゆったりとしたリズムで奏でられるシンプルなメロディは、不思議なほど穏やか。全体を通して包み込むような優しさがあふれ、聴くほどに傷を癒してくれるかのようだ。

 失恋という出来事を独自の目線で曲へと昇華させているとはいえ、「見る目ないなぁ」から感じられるのは普遍的な切なさ。失恋の只中にいるとき、または過去の恋を思い出してセンチメンタルな気分になるとき、そばに寄り添ってくれる楽曲として「見る目ないなぁ」が選ばれているように思う。

 加えて、SNSや動画サイトを活用した展開も興味深かった。たとえば公式サイトではMVの150万回再生を記念して本作のコード譜を公開。いわゆる「歌ってみた/弾いてみた」系の動画制作を広く推奨し、リスナーがYouTubeやTikTokなどの動画サイト、またはTwitterなどのSNSにアップした、「見る目ないなぁ」を歌う動画の中から、杏沙子自らがグランプリを決めるという「見る目ないなぁ歌ってみた選手権」と題した公式のコンテストも開催した。その他でも、りりあ。や「集団行動」の齋藤里菜ら若者に人気のシンガーも独自のカバー動画をアップし大きな注目を集めた。また楽曲解説動画でおなじみの人気YouTuberのおしらも、自身のチャンネル「しらスタ」で「見る目ないなぁ」を取り上げて話題に。「この曲を知れてよかった」「おしらさん、見る目ある!」と大反響を巻き起こし、新たなファンの獲得にもひと役買った。

 メジャーデビュー2年目の2020年は、新型コロナウイルスの影響によりワンマンライブが中止になるなど、杏沙子にとって逆風が吹いた1年でもあった。しかし、その中でリリースした『ノーメイク、ストーリー』、そして「見る目ないなぁ」は、SNSでの取り組みもあり幅広い層に聴かれることとなり、彼女のシンガーソングライターとしての立ち位置を一層明確にしたように思う。視聴者参加型の工夫を凝らした演出が光ったオンラインライブ『耳で味わうレストラン』の成功も象徴的で、歌を届けることに真摯に向き合い、ファンとともに歩んでいこうとする姿勢を強く感じる。共感度の高い楽曲で聴き手の心に訴えかけることはもちろん、趣向を凝らしたライブ企画やPR戦略にも独自の感性を惜しみなく注ぎ込む杏沙子。音楽シーンを鮮やかに塗り替える気鋭のシンガーは、今後どんな新たな風景を見せてくれるのか。2021年も飛躍の年になることを期待したい。

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