門脇更紗が歌う、物語の続きが待ち遠しい 配信3部作が描いた“私”や“僕”や“自分”
現在、21歳のシンガーソングライター・門脇更紗(カドワキ・サラサ)が気になっている。正確に言うなら、彼女が歌う“物語”の続きが気になってしまっている。彼女の音楽の中には、人に甘えることが苦手で、弱音を吐くこともできない、ちょっと不器用でナイーブな女の子が住んでいる。夢に向かって突き進みながらも、理想と現実の間で揺れ動き、葛藤を繰り返している“私”や“僕”や“自分”。それは、彼女自身であるかもしれないし、そうではないかもしれないが、きっとその主人公が抱えている悩みや言葉、雰囲気に共感できるだろうし、その主人公のどれかはあなたとよく似た人なんじゃないかと思う。
YUIをきっかけに10歳でアコースティックギターを弾き始めた彼女は、14歳の頃に受けたオーディションの縁から東京でのレッスンに通い始め、高1の夏から本格的な音楽活動を開始した。路上ライブなどを経て、18歳の夏に初のミニアルバム『You and I』(2017年)をリリース。翌年にはアコースティック音源『18』とアルバム『雨の跡』を発表し、二十歳を迎えた2019年の10月に、活動の拠点を地元の兵庫県から東京へと移した。
2020年3月に配信リリースされた「東京は」は“シンガーソングライターになる”という夢を叶えるために上京する前に作った楽曲だという。ピアノとストリングスを添えたバラードで、デモ音源で彼女が弾くアコギと歌を最大限に活かしたプロデューサーのトオミヨウは「忘れかけていた東京への憧れ、不安、コンプレックスなどが、温度とか肌触りもそのままに蘇ってきました」とコメントしている。歌詞では、渋谷や原宿の喧騒にまみれながらも、孤独や不安を振り切って、ここで戦っていくんだという決意が描かれている。細かいことではあるが、〈エスカレーターはああ“左側か”〉という一節からは、関西出身ならではの戸惑いが伝わってきて、とてもリアルだ。また、ミュージックビデオでは、幼馴染と遊んだ近所の公園や地元駅前での路上ライブシーン、上京前夜、実家での家族団欒や上京の日のホームでの見送りの様子が収めらており、まるで上京ドキュメントを見ているような気分にさえなる。
同年5月にはライブでも人気の「えのぐ」を配信リリースした。ここで語られるのは、性格も好みも——もしかしたら人種や言語も違う“君”と“僕”のラブストーリーだ。アコギの弾き語りに吐息のようなコーラスだけを入れたシンプルな構成で、MVはイラストだけでなく編集までも彼女自身が行っており、その全てが生っぽく艶やかでドキドキさせられる。
そして、11月からは配信3部作のリリースがスタートした。第1弾「さよならトワイライト」は、独特のひねりを湛えたメロディラインがクセになるファンキーなアーヴァンポップ。一聴すれば、“トワイライト”というタイトルをサウンドでも表現していることがわかるだろう。この曲の“僕”は、「まだ音楽やってるんだね」というような、“何も知らない人たち”の無神経な言葉に傷ついている。時計の針は刻一刻と進み続ける、代わり映えのしない毎日の中で、何も知らずに漠然とした夢だけを見ていた“過去”に戻りたいなという感傷的な気持ちを抱きながらも、いや、“僕”の目的はもっともっと上にあるんだ! と迷いを振り払う。主メロの裏で、その迷いや不安を振り切るように歌うフェイクには、ボーカリストとしての新境地も感じた。MVでは、足元に「東京は」の歌詞にも出てきたマーチンの8ホールを履き、真っ白いワンピースを着ている。その白はまだ一切の汚れがついていない。
第2弾「いいやん」は、トランペットをフィーチャーしたメロウな90’s R&Bとなっていた。チルアウトできるローファイホップといってもいいかもしれない。真面目でストイックすぎる主人公は、この曲だけは、肩の力を抜き、リラックスしてスロウダウン。お悩み事も放棄して、ダラけた1日を過ごす。〈今日はウーバーイーツ頼ってもいいってば〉というフレーズの後に、ピンポーンとチャイムが鳴る遊び心も入っている。ゆるいイラストのうさぎたちが踊るMVも強張った心をほぐしてくれるようだ。だが、〈キミはキミでいいやん〉と呼びかけながらも、〈自分が自分でわからないの〉と迷い、〈いいでしょ/もう少し歌わせて〉と本音を吐露する瞬間にはハッとさせられる思いがした。
変わらない毎日にさよならし、少しの息抜きを経て、第3弾「ばいばい」へ。エレピのリフにアコギがビートを刻む印象的なイントロから始まるエレクトロニカ。編曲はねこぼーろ名義によるボカロPとしても知られるササノマリイで、彼女の歌声もチョップされてビートに使われており、フューチャーベースのような展開も見せている。「えのぐ」「東京は」と配信3部作を聴き比べてもらえれば、そのサウンドの広がりに驚きを感じると思うが、フューチャーベース風になったのは、彼女が、歌詞で白いスニーカーを水溜りで汚しているからだ。周りの期待やレッテルに振り回されて自分らしさを見失いそうになりながらも、ちゃんと今、ここにいる本当の自分を見極め、前へ前へと進む決意をしている。汚れても構わない。傷ついたり、失ったり、間違ってもいい。とにかく現状を打破するために新しい世界へ飛び出そう! という、どこか吹っ切れたような潔さが見える。MVには11歳のロングボーダー"内田日向"が出演している。門脇が「シンガーソングライターになる」という夢を抱いた頃の年齢の女の子だ。“今、ここ”に、ばいばいをした主人公はどこへ向かったのか。物語の続きが待ち遠しい。
■配信情報
「ばいばい」
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「いいやん」
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「さよならトワイライト」
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