田中ヤコブが語る、ギターを手に好奇心の向くまま音楽を鳴らす理由 「やりたいことをやって散る美しさを否定したくない」

田中ヤコブが語る、やりたい音楽を貫く理由

「普通になりたい」という気持ちがすごく強い

ーー言葉の面では、「BIKE」の〈誰かが見る夢 邪魔はしないように/自分勝手なことばかりはしてられない〉という歌詞に、ヤコブさんらしさがものすごく詰まってるように感じました。好きなことをしたいという意欲はありつつも、周囲もしっかり見ていて、決められた範囲内で好きなことをやる感覚がすごく強いんじゃないかと。

田中:まさしくそんな感じですね。この曲を作ったのは去年の12月くらいだったんですけど、普通に生きているときって、どれだけ理想を掲げていても、どうしても社会通念に従わざるを得ないところってあると思うんですよ。そこでルールを破ってタブーを犯してまで楽しいことをしたいとはあんまり思わなくて。破天荒で人に迷惑かけるよりは、法の範囲内で、別に誰からも文句を言われないで楽しむ方が自分の性に合ってると言いますか。「自分だけ楽しいよりも、みんなが楽しい方が自分も楽しい」という気持ちがあるので。でも、そこからコロナ禍になって、マスクをしなきゃいけなくなったり外出自粛をするようになって、偶然そういう情勢が歌詞と被ってきちゃって。自分の歌詞に逆に問われるような感覚にもなりました。

田中ヤコブ "BIKE" Official Music Video

レーベルスタッフ:曲ができて初めて聴かせてもらったときからコロナ禍を経て、意図せずこの曲の持つ意味が大きく変わった気がして。なので、リリース予定もきちんと決まっていなかった4月に先行してミュージックビデオを公開したんですよね。

田中:そうそう、今MV出したいということになって。不思議な感覚でしたね。世の中的にも「自分がよければいいじゃん」と言えなくなってきちゃったことで、自分の歌詞が思いもよらない形で時代と合致したような気持ちもありました。

ーーそこなんですよね。元来ロックって社会通念や不自由さを打破しながら発展してきた音楽ですけど、ヤコブさんはサウンドの特徴としては“硬派なロック”でありながらも、決して社会通念を壊そうとはしていない。むしろ社会のルールの中にきれいに収まってるわけですけど、そうすることで逆に今の時代の不自由さを証明していて。いろんな選択肢がある時代ならではのロックだと思うんです。

田中:あぁ、そうですね。「ぶっ壊そう」という気持ちはあんまり......(笑)。ボソッと呟くような感じかもしれないです。自分がサラリーマンだったこともあると思うんですけど、ミュージシャンとして生活している人って人口比で言ったらすごく少ないじゃないですか。一般的な仕事をしながら生活している人が圧倒的に多いと思うんです。だからこそ「一般の言葉の説得力」ってあると思っていて。いわゆるアーティストやスターの言葉では表せない世界というか、「少なくともウチの会社では、ありのままは全く通用しませんでした!」という状況を“ありのまま”描きたい、って感じですかね(笑)。

ーー「好きな音を追求する傍ら、一般の言葉で歌うことを忘れない」という今のスタンスには、ご自身のどんな想いが表れているんでしょうか。

田中:「普通になりたい」という気持ちがすごく強いのかもしれないです。お話した通りもともと特殊な出自で育ってきたので、みんなと同じになりたいというか......。ミュージシャンやアーティストと呼ばれる人って、周りと違って特別になりたいと思う人が多いのかもしれないですけど、自分はもともとが変という意識があるから、まともなフリができているか不安という感じで。むしろ普通になりたいんです。

ーーそんなヤコブさんにあえて伺いますが、「TOIVONEN」のなかに〈負けた〉という言葉が出てきていますけど、ヤコブさんにとって「勝ち」ってどういう状態だと思いますか。

田中:うーん......勝ちとか負けとかってあまり考えたくないですけど、あえて言うなら健康な家庭を築いていて、騒音のない堅牢なマンションに住めたら“勝ち”なんじゃないですかね?(笑)

ーーやはりすごく現実的な意見ですね(笑)。

田中:いいマンション、普通にいいな~と思います。いい家に住みたくてこんな音楽をやってたらヤバいんでしょうけど......(笑)。でも売れたから、バズったから勝ちかと言われたら全然違うと思いますね。 本当にカッコいいのって芸能人より野原ひろしだと思うし。まあ結局は勝ちも負けもなくて、生きて死ぬだけだと思いますけど。

ーー音楽では刹那的なアレンジを入れていくという話でしたけど、生活面においては刹那よりも安定を求めているという。

田中:めっちゃ現実を見てるかもしれないです。カタログギフトってあるじゃないですか。こないだ親父から「法事でもらったんだけど、欲しいものなかったからやるわ」って言われてカタログギフトを眺めたんですけど、一番欲しいものは米でした(笑)。米12キロに一番惹かれましたね。時計とかいろいろありましたけど「いらねぇ」と思って。

ーーははははははは。

田中:そもそも自分をミュージシャンとも思っていないですし、言ってしまえば音楽は趣味なんです。特にソロという形態だと解散することもないから、食いぶちとして捉えなければ仕事と音楽で両立できることはよくわかってますし。そこに対しての不安は別にないし、食べるための手段として音楽を捉えないことは、自分の中では結構大事かなと思いますね。音楽に軸足を置いて上手くいく人も当然いると思うんですけど、「自分はたぶんそっちじゃないな。よそはよそ」という感じですね。自分に期待しすぎないことは意外と大事だと思います。

ーーちなみに今挙げた「TOIVONEN」という曲は、レーサーのヘンリ・トイヴォネンについて歌ってるんでしょうか。

田中:そうです。踏み切りたいけど踏み切れない状況がよくあるんですけど、自分に対して「もう1回行ってこいよ」みたいな気持ちになって書いた曲です。小さい頃からラリーカーが好きだったんですけど、ちょうどそれでトイヴォネンさんのことを思い出して。トイヴォネンさんはラリーカーのレース事故で早くして亡くなったレーサーなんですよね。当時めちゃくちゃ速すぎて誰も乗れない危険な車(ランチア・デルタS4)があったんですけど、その車をトイヴォネンさんだけは乗りこなせていたらしいんです。結局その車に乗ったレースで事故死しちゃったんですけど、トイヴォネンさんは自らレースの世界に身を置いてやってたから、レースの渦中で死ぬというのは、本人にとっては必ずしも悲しいことじゃないような気もして。むしろ置きに行ったり、ゴールするためだけのレースに意味があったのかな......みたいなことをふと思ったときに、音楽を作ることの価値と重なったところがあったんです。

TOIVONEN/田中ヤコブ

ーー〈突っ込め〉と繰り返し歌ってるのはそういうことだったんですね。

田中:自分をトイヴォネンさんに重ねるなんておこがましすぎますけどね。俺、のうのうと生きてますし(笑)。ただ、トイヴォネンさんはレースに全力でぶっこんで亡くなったわけですけど、そういう生き方が間違いだとはどうしても言い切れないなって。「やりたいことをやって散る」みたいな在り方や美しさ、それに付随する周囲とのズレや孤独も否定したくないというか。

ーー死に方がそのまま生き方になる、ということですよね。

田中:まさにそうですね。自分を鼓舞しようと思って書いていた歌詞ではあります。

ーーそうやって全力で音楽に没頭していきたい想いがある反面、先ほどなるべく一般の言葉で届けるという話もありましたけど、たくさんの人に聴いてもらいたい想いも心のどこかにあるんじゃないかと思ったんです。それはどう折り合いをつけている感じなんですか。

田中:まずはリスナーを度外視して、自分がいいと思う曲を作ることが大事だと思っていて。それで終わらせても別にいいんですけど、今は有り難いことに発信してくれる人やレーベルがいてくれるので、やっていただいている......という感じです。流行ったからいいとか、廃れたから悪いとか、そういう“どう聴かれるのか”はやっぱり意識していないですね。曲を作った時点で一つ完成していて自分は満足しているので、自分の手から曲が離れてしまったら、「もう自由にどこへでもおいき」みたいな気持ちですね(笑)。もちろん広く聴いてもらえることは単純に嬉しいですよ。出しといて聴くんじゃねぇよっていうのはアレなので(笑)。

田中ヤコブ"小舟"Official Music Video

ーーでも、ヤコブさん自身のパーソナルな感情や確かな想いがしっかり楽曲に昇華されていると思いますし、その分刺さる人にはものすごく深いところまで刺さる音楽になっていると思うんですよ。流行り廃りの流動がますます激しくなっている昨今、そうやって確実にリスナーを捉えられる音楽はとても強いんじゃないかと思います。

田中:そう言っていただけると有り難いですね。伊集院(光)さんのラジオですごく好きな話があって。木更津で食べたというめちゃくちゃ磯臭いアオヤギという貝があって、人によっては本当に無理なくらい磯臭いそうなんですが、伊集院さんはそのアオヤギにどハマりしたそうで、「世の中で流行っている相当旨いものが50くらいだとしたら、自分の中で500とか1000の尋常じゃない旨さを叩き出しちゃうものって、一般的にはハマらないんだけど、自分の嗜好にだけバシッとハマるものな気がするんだよね」というような話をされていて。

ーーそういう意味では、今回もまさにアオヤギ作品になってると思うんですけど(笑)。

田中:そうなってるといいんですけど(笑)。

ーー自分はリスナーとしてエレキギターの音が大好きなので、2020年の作品でエレキギターを聴きたいなと思ったら、まずは『おさきにどうぞ』を聴きますよ。

田中:ほんとですか......嬉しいです! そういうクセというか、自分のやりたいことをこれからもやっていこうと思います。

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田中ヤコブ『おさきにどうぞ』

■リリース情報
田中ヤコブ『おさきにどうぞ』
2020年10月14日(水)¥2,200+税

<収録曲>
01.ミミコ、味になる
02.BIKE
03.cheap holic
04.LOVE SONG
05.えかき
06.Learned Helplessness
07.THE FOG
08いつも通りさ
09.どうぞおさきに
10.膿んだ星のうた
11.TOIVONEN
12.小舟

■関連リンク
田中ヤコブ a.k.a 家主 HP
田中ヤコブ a.k.a 家主 Twitter(@CobOji_)

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