ブランディ、トニー・ブラクストン、レディシ……現代に息づく誇り高き“レディ・ソウル”の新譜5選

これぞベテランシンガーの貫禄! 他の追随を許さない通算10枚目の快作
Toni Braxton『Spell My Name』

Toni Braxton
Toni Braxton『Spell My Name』

 一時はレコーディングからの引退宣言もしていたが、盟友ベイビーフェイスの支えで見事に現役復帰。その後は息を吹き返したかのように活発的なトニー・ブラクストンが、2018年の『Sex & Cigarettes』以来となる、通算10枚目のスタジオアルバムを新天地<Island Records>から発表した。

 「私の名前を綴ってごらんなさい」と自信満々に言ってのけるアルバムタイトルは、若い男性と恋仲に落ちる同名曲から後付けされたようで、「随分と長いことこの業界にいるし、少し自信たっぷりになってみてもいいと思ったの」とiHeartRadioのインタビューでトニー本人が語っている。実はこのタイトルが由来するのは、現在トニーと恋仲にあるラッパーのBirdmanが流行らせた〈Put Some Respect (Respect) On My Name(= もっと俺/私のことをリスペクトすべきだ)〉というフレーズ。一時は破局も報じられていた両者だが、どうやら順調に愛を育んでいるようだ。

 新作は、そんな私生活を反映するかのようなディスコ曲「Dance」から、意外にも初顔合わせとなるミッシー・エリオットが指揮を取り、ベイビーフェイスがソングライティングで関わった「Do It」など、冒頭からアップ曲の出来栄えが素晴らしく、H.E.R.をギタリストとして客演に迎えた「Gotta Move On」以降は、彼女の真骨頂である物憂げなミッド〜スロウをじっくり聴かせていく安定の内容となった。

Toni Braxton - Dance

 アントニオ・ディクソンが手がける「O.V.E.Rr.」は、そのH.E.R.に触発されたようなトラップソウル仕様だが、常に先鋭的なプロダクションに挑んできたトニーはこの楽曲を難なく乗りこなす。どんなトラックでも官能的に仕上げてしまうのが彼女の専売特許でもあり、最大の魅力だ。ファンが求めるアーティスト像を絶対に抑えつつ、新しいサウンドにも躊躇しない。ベテランシンガーかくあるべき、というお手本のような作品である。

Toni Braxton - Gotta Move On (Audio) ft. H.E.R.

アリアナ・グランデが信頼を寄せる才能! 飛躍が期待される大注目のアルバム
Victoria Monét『Jaguar』

Victoria Monét
Victoria Monét『Jaguar』

 「Billboard Hot 100」チャートで8週連続首位を獲得したアリアナ・グランデ「7 Rings」の作者であり(アルバム『thank u, next』では全6曲に関与)彼女の親友としても知られるサクラメント出身のシンガー、ヴィクトリア・モネ。実のところ業界でのキャリアは長く、10代の頃にロドニー・ジャーキンスのもとで組んだガールズグループがデビュー前に頓挫するも、その後はナズやT.I.への客演を務めながらソングライターとして活動。<Atlantic Records>からの誘いを断ってまでインディペンデントで制作を続けてきたツワモノだ。そうして着実に積み上げてきたソングライティングの実力は、今年に入ってからもChloe x Halle「Do It」などの話題曲で示されているが、新作『Jaguar』ではフロントマンとしての才能をいかんなく発揮している。

 ほぼ全曲の制作を手掛けたのは、近年H.E.R.やカリード、ラッキー・デイらをはじめ、モダンR&Bの傑作に携わり続けるブルックリン出身の敏腕プロデューサー、D'Mile(嵐の新曲「Whenever You Call」も彼とブルーノ・マーズの共作)。家族の影響で親しみがあった60〜70年代のモータウンサウンドに、自身のベースである90年代R&Bの要素をミックスして完成させたという本作は、Earth, Wind & Fireにインスパイアされたホーンセクションが随所に散りばめられ、可憐なヴィクトリアの声を後ろからバックアップする(「Jaguar」や「Dive」がその好例)。1分足らずの尺にとどめておくにはもったいない出来栄えのスウィートソウル「We Might Even Falling In Love (Interlude)」も最高だ。

Victoria Monét - Experience (Lyric Video) (with Khalid & SG Lewis)

 カリードとSGルイスをフィーチャーした先行曲「Experience」は、すでに日本でもクラブDJにヘビープレイされているが、〈この体験があなたを変えてくれることを祈っているわ〉と歌うフックが偶然にも一連のBlack Lives Matter運動と相まって、より大きなメッセージを含むようになった。一時はリリースをするか迷ったそうだが、「痛みとトラウマの最中でも、音楽によって喜びを感じて欲しい。」(ヴィクトリアのInstagramより抜粋)との想いを込めて発表。こうしたパーティーソングであっても、メッセージ性を伴って同胞をエンパワーメントできることを証明してみせた。

 作品は全9曲でトータル25分と短めだが、このプロジェクトは3部作のうちの1つで、すべて揃ったときにフルアルバムとして完成するとのこと。長い間ジャガーのごとく冷静に好機を伺っていた彼女が、この勢いのまま、国内外で活躍する歌姫として羽ばたくのが楽しみだ。

Victoria Monét - Jaguar (Official Music Video)

ドイツが生んだ歌姫! 名門<Motown>から送る、とびきりのソウル盤
Joy Denalane『Let Yourself Be Loved』

Joy Denalane
Joy Denalane『Let Yourself Be Loved』

 2002年、ラッパーである夫のマックス・ヘーレがプロデュースした処女作がいきなりゴールドディスクを獲得。その後、レイクウォンやルーペ・フィアスコらを迎え、LAで録音された全編英詞のアルバム『Born & Raised』(2006年)が、ここ日本でも話題となったドイツのソウルクイーンことジョイ・デナラーニだが、この度、名門<Motown>よりニューアルバムを発表した。

 「それぞれの言葉が独自のメロディを持っているの」と語るように、デビュー時から変わらずドイツに拠点を置きつつも、作品によって言語を使い分けてきた彼女。今作ではロベルト・ディ・ジョイア総指揮の下、彼女が幼い頃から聴いて育ってきたビンテージなUSソウルサウンドを描くことにフォーカスを定めたことで、自然と英詞の作品に仕上がったという。

Joy Denalane - I Believe ft. BJ The Chicago Kid

 その中でもマーヴィン・ゲイ「What’s Happening Brother」を下敷きにしたような「The Ride」など、とりわけ60年代末〜70年代初期に起きたニューソウル・ムーブメントからの影響が色濃く、この時代特有のヒリヒリとした肌触りを再現しつつ、真摯な愛の詞が歌われていく。潮の満ち引きのような歌い口が素晴らしい「Hey Dreamer」では、ジョイの歌声が以前と比べて随分と柔らかくなった印象も伺え、レーベルメイトとなったBJ・ザ・シカゴ・キッドとの「I Believe」、C.S.アームストロングとの「Be Here In The Morning」といったデュエット曲で醸し出す円熟味は、USシーンでもなかなか得難いクオリティの高さだ。

 「自分自身を愛してあげて」というアルバムタイトルも含め、使い捨てではない音楽への愛情が存分に込められた至極のレディ・ソウル。配信だけではなくLP盤で大切に抱きしめたい作品だ。

Joy Denalane - I Gotta Know (Live at the Metropol Berlin 2020)

◾️Yacheemi / ヤチーミ
ダンサー / DJ / ライター / タコ神様。
国内~ジャマイカでダンスバトルでの入賞を経験後、 ヒップホップ・グループ「餓鬼レンジャー」 にマスコットとして加入。3密のナイトクラブを中心に年間100本近くのステージに立つ傍らで、地上波TVにも幾度か出演。またR&B音楽にまつわる座学や執筆活動も行うなど、独自のフリースタイル・グルーヴ道を歩む七変化系男子。

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