『逃避行の窓』インタビュー
碧海祐人が語る、楽曲に通ずる“地元からの逃避行”というテーマ 影響を受けたカルチャーも明かす
「ずっと俺はここにいるのかな」みたいに思うこともあって
ーーデビューEP『逃避行の窓』は、ここに並んだ曲たちが「逃避行」への「窓」になっているという意味が込められているのかなと思いました。
碧海:はい、自分でもそう思います。1stシングル『秋霖』も「逃避行」がテーマ。愛知県のド田舎でもがいていた自分が、ある意味では東京に逃げてきて。そこで感じたことも歌詞に入れていますし。8月にアップした2ndシングル『Comedy??』のリリックビデオでも表現しているように、僕は夜中に街を徘徊することが多いんですけど(笑)、それは今、住んでいる息苦しい街も、深夜になるとちょっと心が軽くなるからなんですよね。
ーーそういえば、「秋霖」のMVは名古屋市の伏見で撮影されたものですよね。あの映像の中でも、夜の川沿いを碧海さんが歩いています。
碧海:あのMVでは、川の向こう側で陽気に踊りまくっている自分と(笑)、それを憂鬱そうに眺めながらフラフラと歩いている自分という2つの姿を映しているんですけど、それは「目指すべき憧れの自分」と、「そうなれない今の自分」を表現しているんです。ちょうどあの歌詞を書いていたときに、「音楽を生業にしていきたい自分」と「就職して安定した収入を得ながら趣味で音楽をやるべきだと考える自分」との間で葛藤していたんですよね。しかも、そのときに読んでいたのが村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』で、あの小説の中でも主人公が大変な葛藤というか、苦しみの中にいる状況が自分と重なる部分があるなと。「こうなりたい」という思いと、「何しているんだろう」という思い、その狭間で彷徨っている感じが「秋霖」の歌詞でもMVでも、うまく出せたんじゃないかと思っています。
ーー地元に対しては、レペゼンというより「愛憎」が入り混じる気持ちなのですか?
碧海:そうですね、割とネガティブな気持ちが強いかもしれない(笑)。住んでいる場所が、とにかくド田舎なんですよ。名古屋はまだ都会的なイメージがあるかもしれないんですけど、僕が住んでいる辺りは夜の10時にはほとんど人がいなくなる。なので、決して嫌いではなんですけど「ずっと俺はここにいるのかな」みたいに思うこともあって。「抜け出したい」「どこかへ行きたい」という気持ちも強いんですよね。愛知県の「出身」であることに対して何もネガティブな気持ちはないし、むしろそこは強調してもいいんですけど、愛知県を「拠点」にしているかというと、そういうつもりでもない……という感じでしょうか(笑)。
ーーなるほど。それと歌詞の世界も独特ですよね。文学的あるいは詩的な言葉遣いというか。
碧海:もともと読書は苦手な方だったんです。歌詞も視点がバラバラになっていたり、文体が散らかったりするのはそのせいですね(笑)。僕は映画をよく観るのですが、音楽にとっての言葉は、映画にとっての衣装や美術だと思っているので、あまり言葉が前に出過ぎないようには気をつけています。ちなみに僕は、風景について書くのが好きなので、そこで映画の影響はめちゃめちゃデカいと思います。
ーー映画は、どんな作品が好きですか?
碧海:最近は、ちょっとベタになるけど『タクシードライバー』です。本当に好きなんですよ、見ていてずっと興奮するというか(笑)。そこからマーティン・スコセッシを深掘りしたり、関連で新しい映画にも手を伸ばしたりしていますね。
ーー以前のインタビューで、2ndシングル『Comedy??』は映画からの影響も大きいとおっしゃっていましたよね?
碧海:それこそ『タクシードライバー』から『ジョーカー』に行って、「笑う」ということについて考えました。「Comedy??」には楽観的な部分も欲しかったので、そこはテレビで観たチャールズ・チャップリンの『モダンタイムス』も参考にしました。どんどん貧困になっていく状況を、笑いにしているのがすごい! と思ってそれを曲の核にしていますね。あとは『ジョーカー』に影響を与えた『キング・オブ・コメディ』にもインスパイアされました。
ーー他にはどんな作品が好きですか?
碧海:監督でいうと、ラース・フォン・トリアーやギャスパー・ノエが好きなんですよ。でも、そのあたりは作品そのものよりも、監督の「モノづくり」への姿勢に学ぶところが大きい。実験的だし「いや、それはないやろ」という描写まで100パーセント本気でやり切るじゃないですか(笑)。試験的、実験的であることって狙うべきものじゃないと思うんですけど、そういう要素は自分の作品にもあって欲しいと思っています。
ーー「Comedy??」の話に戻りますが、この曲は後半で急激にピッチが下がるところもインパクトありますよね。
碧海:ありがとうございます。あそこは米津玄師さんの「Paper Flower」という曲で、最後ピッチがグッと落ちていくところからインスパイアされました。ずっと頭の中で寝かせていたアイデアだったんですけど、具現化するのは大変で(笑)。ピッチチェンジのオートメーションを何回も何回も書き直し、ようやく納得のいく仕上がりになりました。
ーー「夕凪、慕情」では石若駿さんがドラムを叩いています。
碧海:実際に叩いているところを見させてもらったんですけど……いやあ、凄かったです。石若さんの存在が音楽そのものというか。レコーディング中は終始感動していました。基本的に『逃避行の窓』は僕が一人で作った作品なんですけど、この曲のように「第三者」の視点が入ることで、自分の曲が予想もしない方向へ転がっていくのも楽しかったですね。ミックスダウンも今回big turtle STUDIOSの藤城真人さんが入ってくださって、そこでまた曲の雰囲気がガラッと変わったのが嬉しかったです。
ーー「Atyanta」のローファイなボーカル処理や、途中で音像がガラッと変わる構成なども印象的でした。
碧海:サウスロンドンのシーンが気になっている時期だったんです。プーマ・ブルーやキング・クルールあたりの、歪みとショートディレイでできた、荒々しさと優しさが同時にあるような音作りがカッコ良くて、この曲ではそういう要素を取り入れてみました。今回のEPの世界観にもマッチしつつ、自分の幅も見せられたかなと思っています。
ーー話を聞いていると、碧海さんはプロデューサー的な視点も持っている人なのだなと思いました。自分の作品に対して、熱量を持ちつつも客観的な視点を忘れていないというか。
碧海:そうなんですかね(笑)。昔から「全てに関わりたい」という気持ちが強くて。友人にも多趣味だと言われるのもそういうことなのかなと。今回「秋霖」のMVを自分でディレクションしてみたのも、いろんな立場を味わってみたいというか。「やってみんとわからんよな」という気持ちがあるからなんですよね。
ーー自分でやってみることで、それを専門にしている人たちの凄さに気づくこともありますし。
碧海:ほんとそうなんですよ。やってみることで、自分以外の人が関わってくれた時に、その人がどれだけすごいスキルを持っているのかも分かる。それこそ藤城さんにミックスを今回お願いした時も、自分でミックスまでやってみた経験があったからこそ、藤城さんがどれだけすごい技術を持った方なのかも分かったんですよね。その上で具体的なリクエストもしやすかったし、お互いのイメージも共有しやすかったというか。ただ、あんまり細かく言いすぎると煩わしいんじゃないかなという葛藤もあります(笑)。自分の考えを相手に伝えることって、今までずっと一人でやってきたぶん「難しいな」と感じる時もありました。
ーー今、世の中はコロナ禍ですが今後どんな活動をしていきたいですか?
碧海:今回のレコーディングで学んだことを強化しつつ、自分でできるところはとことん追求して、任せた方がいいところはいろんな人に任せていくというか。僕の音源というよりは「碧海祐人」というグループみたいな(笑)。そのくらいの気持ちで、スタッフも含めて「こうした方が楽しいんじゃない?」みたいに思ったことをどんどん言ってもらって、一緒に「碧海祐人」を作っていきたい。
あと、『逃避行の窓』はわりとゆったりとしたBPMの曲が多かったので、次は速い曲も作ってみたいです。
ーー今作のように、これからも碧海さんの音楽は「逃避行の窓」であり続けたいと思いますか?
碧海:そう思います。僕は「気にしい」というか、いつも周りに気を配っている性格なので、時々苦しくなることもあって。家にいても、どんどん息が詰まっていくような気分のときは、大抵音楽を聴いていないときなんですよ(笑)。そういう時に、自分が「最高だな」と思う曲だけを集めた「お気に入りのプレイリスト」を聴きながら深夜の街を徘徊していると、救われる気分になる。僕の曲も、そういう存在であったらいいなと思います。誰かの「お気に入りのプレイリスト」に入るような、「逃避行の窓」のような存在でありたいですね。
■リリース情報
『逃避行の窓』
9月9日(水)
形態:CD/Digital
¥1,500(税抜)
<収録曲>
01.Tragedy(intro)
02.夕凪、慕情
03.残照
04.裏窓 (interlude)
05.Comedy??
06.Atyanta
07.秋霖
V.A. 『S.W.I.M. #1 -polywaves-』
9月9日(水)
形態:CD/Digital
¥1,000(税抜)
■イベント情報
『mona records「S.W.I.M.」PARTY』
9月26日(土) 14:00 OPEN/14:30 START
<出演者>
asmi/SPENSR/碧海祐人/カメレオン・ライム・ウーピーパイ/and more.
Ticket : ¥2,400+1D600(LivePocket )
Online Streaming Ticket : ¥500 (TBA)
Venue : mona records
※イベントの内容は変更となる場合あり