楠木ともり、斉藤壮馬、イヤホンズ、田村ゆかり……声優ソングの多様性と可能性を味わえる4作
前の二者が、自らアーティスト性を構築していくタイプだとすれば、高野麻里佳、高橋李依、長久友紀による声優ユニットのイヤホンズは、どちらかと言うと受け身。作品や楽曲ごとに制作チームから与えられた課題なりテーマを自らの声で表現することで、一歩ずつ成長を遂げてきたユニットになります。それは言いかえると、「声優」としての仕事の延長に「アーティスト」活動があるということ。なので彼女たちの活動の軸足はあくまで「声優」になるのですが、「声優」であることに自覚的だからこそクリエイトできる音楽を追求してきたのがイヤホンズであり、その現時点での集大成と言える作品が、7月22日にリリースされる3rdアルバム『Theory of evolution』なのかもしれません。
“音楽の進化論”をコンセプトとした本作には、デビュー5周年を迎える彼女たちが様々な形で自身の進化を刻んだ全8曲を収録。わかりやすいところでは、2015年発表のデビュー曲「耳の中へ」と同年発表の「背中のWING」、2019年リリースの「わがままなアレゴリー」を、彼女たちの近年のライブのバッキングも務める月蝕會議の新アレンジで新たにレコーディング。曲名の最後に“!!!”が付いた新バージョンに生まれ変わっています。特に当時はメンバーの出演作『それが声優!』のキャラソンの色が強かった「耳の中へ」「背中のWING」の2曲は、5年の年月を経てイヤホンズとしてのスタンスを確立した3人が、自分の歌としてしっかり歌っているのがポイント。多重録音を駆使した聖歌隊のようなアカペラコーラスに心洗われる「わがままなアレゴリー!!!」も、素晴らしい出来栄えです。
さらに、過去曲の進化系とも言えるような楽曲も。過去には大槻ケンヂや串田アキラとコラボしたりと、意外と熱血系の曲も多い彼女たちらしいゴシックメタル曲「渇望のジレンマ」は、同系統の「予め失われた僕らのバラッド」やJ.A.シーザー提供の異色曲「ウィッチクラフト《テオフィルの奇蹟》」の延長にあるであろうサウンドに。そして、前作のアルバム『Some Dreams』(参考:イヤホンズ、牧野由依、TrySail、宮本佳那子……声優アーティストの“おもしろさ”感じる新作4選)収録曲のなかでも大きな話題を呼んだ「あたしのなかのものがたり」と同様に、演劇的な手法とラップの要素が合わさった彼女たちにしか成し得ない楽曲が「記憶」です。メンバーはこの曲のなかで一人の女性の記憶の断片をそれぞれに演じながら歌唱。花火の音や雑踏、様々な生活音・環境音がサウンドに組み込まれ、それらがトリガーとなり、あるいは積み重なって、やがてひとつの楽曲になるという、何とも複雑な構造を持っています。作詞・作曲・編曲を手がけた三浦康嗣(□□□)は、自身のTwitterに「約10年前の□□□のアルバム『everyday is a symphony』を1曲に凝縮しました」(参考:Twitter)と投稿していますが、日常音のフィールドレコーディングを解体・再構築することで新しいポップスを創造した『everyday is a symphony』のアイデアに、「声優」たちの演技・表現力を融合させることでさらに先鋭化を推し進めた、まさに“音楽の進化論”を感じさせる一曲と言えるでしょう。
最後は、田村ゆかりのニューアルバム『Candy tuft』をピックアップ。田村ゆかりと言えば、一聴で彼女とわかる特徴的な声質の持ち主として知られ、その甘い歌声とロリータ系を中心とした可愛らしいファッション、「ゆかり王国の姫」として王国民(ファン)の盛大なコールと共に作り上げるファンタジックなステージによって、女性声優のアーティスト活動のある種のひな形を作り上げた存在。その影響力は(音楽性は異なりますが)水樹奈々に並ぶ、と言っても過言ではありません。彼女自身は作詞・作曲を行いませんが、20年以上に渡る音楽活動でブレることなく貫き続けているラブリーな世界観は、本人のタレント性やセルフプロデュース能力によるところが大きく、その意味でもアーティストとしての存在感は抜群です。
2017年に立ち上げた自身のレーベル<Cana aria>からの初めてのフルアルバムとなる本作には、多彩な作家陣の手による全10曲を収録。一般的に彼女の楽曲はガーリーなイメージが強く、また実際にそうではあるのですが、当然のことながらその表現の仕方は多種多様で、本作でも様々な表情の彼女を楽しむことができます。リード曲となる「Catch me Cats me」は、フィリーソウル〜ディスコのテイストがほんのり香るダンサブルなナンバー。アルバムの幕開けを飾る元気いっぱいのパワーポップ「Only oneのあなたのせいよ」と共に、園田健太郎が作曲・編曲を手がけています。スウィンギーなエレポップ「BITTER SWEET HOLIDAY」は、彼女の近作ではお馴染みのRAM RIDERが提供。ひたむきな言葉に切なさが募るバラード「嘘」は奥華子のペンによるもので、他にも白戸佑輔による幻想的なミディアムナンバー「新月のpollen」、ワルツ調の優美な「楽園巡礼〜Pilgrim of Eden」など、しっとり聴かせる系の楽曲における艶味を帯びた歌唱表現も絶品です。
10曲中8曲を手がけた作詞家・松井五郎の奥ゆかしい歌詞もあって、愛らしさも情念も乙女心も詰まった田村ゆかり流のラブソング集に仕上がった本作。ストックを含め数百曲にもおよぶデモのなかから自分で歌いたい曲を選び(参考:ナタリー)、自ら曲のイメージに沿った歌詞の発注を行い、フォトブックレットなどのビジュアル周りも込みで、「田村ゆかり」という完成されたブランドをパッケージにする。その徹底した世界観の構築ぶりに、本当の意味での「アイドル」を感じずにはいられません。
■北野 創
音楽ライター。『bounce』編集部を経て、現在はフリーで活動しています。『bounce』『リスアニ!』『音楽ナタリー』などに寄稿。