大森靖子による寄稿文:「コロナ以降」のカルチャーに望む、価値観のアップデート

大森靖子「コロナ以降」のカルチャーに望むこと

「おやすみ弾語り」動画で届けたかった“今まで通りの手作りの日常”

 「繋がる」という現象に希望を持つのなら、それはあなたと私それ以外に誰もいないような場所を作ることだ、と思いました。ひとりとひとりで向き合うこと、それはライブの時もいつも心掛けていることです。

 こんな時だからとか、「家」ということを強調した活動はしたくないと思いました。もっと「日常」を淡々と手作りしていく感覚を共有したかった。

 いじめの常套句として、苗字をはめて「●●菌」呼ばわりする小学生いるじゃないですか。仮に私が大森菌であるとします。

 そんな気持ちでずっと生きてきました。誰に言われたわけでもないですが。

 人間は無意識下で差別をしているし、そんなつもりなく言葉なり目線なりで暴力をふるっています。だからたくさんの知識と思慮による配慮が必要で、それを得ていくことが大人になっていくということです。

 私は自分に知識が足りないという自覚が10代の頃かなりあったので、でも知能は高いと自惚れていたので、そのギャップで生きることに対する罪悪感、街を歩くだけで加虐している自分の愚かさ、そしてまたこの文章も誰かの何かを傷つけるかもしれないということ、そんなことをいちいち考えては、でも何もしないわけにはいかない、このままじゃ私も世界もダメだ、というような気持ちでいちいち生きてきました。

 なので、ウイルスによって、人間の加虐性が可視化されたような気分になりました。

 自分が存在するだけで誰かを殺すかもしれないのは常にそう。

 幸せは当たり前じゃないひとつひとつ手作りしていくものだ、奇跡だってそうだ、それも常にそうだった。

 毎日は特別だって抱きしめて、ずっとそんな気持ちで生きて歌を作ってきたことを、緊急事態に消費されてたまるかって、ちょっと思いました。

 だから今まで通りの手作りの日常をみせたかった。曲ができて、その曲を声や空間や服や顔やメイクや今日の気分で全力で表現して伝える、今まで積み重ねてきたことを、ただやる。それが、誰かの極小の希望になるといいなって思いました。

自粛期間の先に見出すものは価値観のアップデート

大森靖子が自宅の壁に描いた絵

 価値観のアップデート、これが自分が音楽でやりたいことです(だから多作であるべきだと思っています)。

 その観点において、アイドルシーンはとても早いです。単純なリリースペースも早い方が多いですし、年齢によってできなくなることなんてないよ、ということはもちろん私は伝えていきたいことではあるのですが、現状新しい世代の感覚を持ってる人がアイドルシーンに多いということ、それを表現できる人が表に出てくれているということ、その人たちの言葉に心を傾けるのは、地球や宇宙の全てのことを理解する近道だと思っています。

 どうしても世代別で断絶が生まれてしまう社会の仕組みの中で、ちゃんと新しい世代の人間の言葉を尊重できるシステムというのは、日本社会の中でとてつもなく貴重です。

 なんとなく会社で、給料や売上や実績、数値化された価値観の中で、自分の価値を見定めたおじさんが、お金を払って女の子と関係を持つとします。女の子も私の価値は数値化されるものだと、そしてそれは外見であるというところに収束する。

 体を売って美しくなって、その黒さを隠さずに晒すことをインターネットで支持された女の子は、お客さんのおじさんと同じようにファンにも対応しました。

 女の子たちが、おじさんに向ける発言には「わかる! そういう客うざい!」という反応だったのに、ファンに向けた発言には「こんなのアイドル失格、謝れ!」と怒っていました。

 おじさんも女の子も心があるのは同じなのに。

 この人と人との関係性を、とりわけおじさんと女の子という関係性にこだわるというわけではないですが(私の性癖として理想のカップリングなのですが)心と心を持った人間同士という方向に、双方引っ張りあげあってゆけたら、なんて素敵なんだろうって思ってしまうのです。

 そして、この自粛期間で、好きなアイドルに対して、「神聖だから好き」とか、「優秀だから、偏差値高いから」というような感情をもしかしたら抱いてきた相手にも、住んでいる家があり、部屋があるということを感じられる発信が多く見られるようになったと思います。

 私はその現象に大きな希望を抱いています。

 お腹が空いたら食べて、自室には壁紙があって、ソファーがあったりなかったり、汚かったりきれいだったり、画面に映るところだけ綺麗にしていたりしながら、お腹がすいて、眠っているんだ。その感じを分かち合えることが、本当にお互いのことを「尊い」「人間は人間だから神聖だ」と思える感覚に繋がっていくのではないでしょうか。

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