ビリー・アイリッシュ、タイラー・ザ・クリエイター……『第62回グラミー賞』から浮かび上がった課題

リゾ、アリアナ、ビリーにみる女性像の多様性

 プラスサイズの新ポップクイーンのリゾ、お姫様イメージを死守するアリアナ・グランデ、世界一高価なパジャマにも見える、ブカブカのグッチのセットアップを着ていたビリー・アイリッシュ。「体型がわからなければ、あれこれ言われることない」というビリーの戦法は、90年代のTLCや、00年代のM.I.Aなど先輩がいて、とびきり新しくはない。しかし、この三者が大舞台のスポットライトを分かち合い、共存しているのが2020年代。イメージとしては対極にいるビリーとアリアナのパフォーマンスが、歌唱力と表現力でほかの女性シンガーより頭ひとつ抜けていたのは、おもしろかった。

ジャンル・ベンディングの向こう側へ

 自分の陣地に立ったまま掛け合うAerosmithとRun-D.M.C.が、20世紀的コラボだとすれば、肌の色やジャンルを気にせず、歌とラップをこなしたり、ひとつの曲中でいくつかのジャンルを行き来したりするのは、いまの時代の音楽だ。ジャンルをまたぐことを、「ジャンル・ベンディング」という。たとえば、今回、受賞発表がテレビの放映時間から外されたロック部門において、最優秀パフォーマンス賞と楽曲賞を受賞したのは、アフリカ系アメリカ人のゲイリー・クラーク・ジュニアだったうえ、彼は同じアルバム『This Land』で最優秀コンテンポラリー・ブルース・アルバム賞も受賞。また、R&Bの新星、H.E.Rも見事なーロック寄りのーギターパフォーマンスを見せた。リル・ナズ・Xの「Old Town Road」はもっともジャンル・ベンディングなヒット曲であり、それを支えたカントリーのビリー・レイ・サイラス、K-POPのBTS、ジャンルが特定できない音を作る天才、ディプロらが同じステージで楽しそうに演奏していたシーンは、象徴的だった。きわめつけは、タイラー・ザ・クリエイター。受賞後のインタビューで、「俺の音楽が認められたのは光栄だけれど、今回みたいなジャンル・ベンディングな作品を作っても、ラップのカテゴリーに入れられるのは、あっそう、って感じ」と言い切った。このとき使った「Backhanded Compliment」という単語は、ほめ殺し、おべんちゃらと訳すとわかりやすい。そのタイラーは、「EARFQUAKE」のパフォーマンスでThe Gap Bandのチャーリー・ウィルソンとBoyz Ⅱ MenというR&Bの代表格をコーラスに配しつつ、ブチ切れたように自分の音楽をやり切ってみせた。だれも傷つけないまま、自分のスタイルと主張を通したという意味で、歴史に残るグラミー賞パフォーマンスだった。

 ストリーミングで音楽を聴く時代に、「ジャンル分けって古くない?」という命題を突きつけた形になった、今年のグラミー賞。僭越ながら、大勝ちしたビリーが一瞬、見せた複雑な表情を想像してみると、「いま、頂点を極めてしまっていいの?」という気持ちと、「本当に私の言いたいこと、わかってる?」という猜疑心が行き交っていたのではないか。ドレイクやフランク・オーシャンなど、グラミー賞の意義に疑問を呈するアーティストが増えてきた。だがしかし、グラミー賞を受賞するのとしないのでは、その後の活動に大きな影響があるのも事実で、目指すは伝統との共存なのだろうな、と強く思った次第だ。

■池城美菜子 Twitter

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