石井恵梨子の「ライブを見る、読む、考える」 第16回:betcover!!

betcover!!のライブが面白い 20歳シンガーソングライター ヤナセジロウの才能の豊かさ

 新曲中心にやりたいのは興味の移り変わりが早いからか。「新しい家」など昨年のEP収録曲、そして最新アルバムからの曲が続く。「水泳教室」に「異星人」、そして「あと2曲で終わります」「えー?」「2曲で20分あるぜっ!」というやり取りから始まった「ゆめみちゃった」。こちらはフォーク調の美しいメロディがゆったり繰り返される9分超えのドリームポップである。

 話は少々ズレるが、これら曲タイトルを並べて見えてくるのは小学生の言語感覚だろう。大人は水泳教室に行かないし異星人のことをそう考えたりしない。苛立ちや不安や倦怠から歌が生まれると書けばbetcover!!はいかにも「悩めるティーンエイジ」っぽいが、タイトルに「ゆめみちゃった」と記すヤナセは、あくまで幼少期、小学生ぐらいまでの子どもたちに向けて書いているのだとか。現役の子供たちと、自分が子供だった時代に向けて。

 言われてみれば全曲がそうだ。生々しい感情は幼い頃に見た何かに変換され(たとえば〈死んだ猫ちゃん〉とか〈鉛筆の芯の白い光〉とか〈雨ざらしに忘れられた家の中〉など一一その筆致のなんと詩的で想像力豊かなこと!)、見慣れた路地を曲がった瞬間から不思議なパラレルワールドに飛躍していく。不気味なのに引き込まれる夢物語のような歌詞。それは私生活の告白ではなく、絵本作りに似た感覚だ。「子供の発想力ってすごいし、そこには制限がない。そういうところが大事」。「でも絵本作家って子供じゃないですよね。大人が描いてるから」。ティーンエイジ=苦悩の時代、なんていうステレオタイプは彼の言葉を前にあっけなく霧散した。

 ラストは12分に及ぶ「中学生」。夢とうつつが交錯する物語に、バンドサウンドはサントラのような効果をもたらす。流れていたストーリーがふと止まり、ひとつの言葉が繰り返された瞬間から別の展開に切り替わる。長いと感じないのはアレンジの巧さだ。繊細なアルペジオ、とろけそうなシューゲイザー。不気味なポエトリーリーディングと、炸裂する轟音ギター。ふいに始まる祭り囃子風の掛け声や、終わらないダンスビート……。さまざまなジャンルや景色をまたぎながら破綻することがないのは、そもそも曲が素晴らしくいい、という事実に尽きるだろう。突飛なセンスに注目されがちだが、ヤナセはとどのつまりいい曲を書いている。録音物の面白い個性派ソングライターだった彼に、ようやく安定したバンドの活動が付随するようになった。爆音とエモーションが渦巻く現場のエネルギーは最高潮。間違いなく、ライブを見るなら今である。

 アンコールに披露された新曲「NOBORU」はダブから離れた比較的ストレートなギターロックで、今後のbetcover!!サウンドがまた別の世界に発展するだろうことを予見させた。面白い、としか言いようがない。「なんも決めてない。今やれることをやる」と笑うヤナセジロウはまだ20歳なのだ。

(写真=Hana Yamamoto)

■石井恵梨子
1977年石川県生まれ。投稿をきっかけに、97年より音楽雑誌に執筆活動を開始。パンク/ラウドロックを好む傍ら、ヒットチャート観察も趣味。現在「音楽と人」「SPA!」などに寄稿。

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