CHAI、海外での評価は“面白そうなバンド”から“最注目若手バンド”へーー宇野維正が現地ライブで目撃
熱狂的な歓迎を受けた前夜のライブの終演から13時間ちょっと、7月20日の午後、今度はピッチフォーク・ミュージック・フェスティバルのステージに登場したCHAI。2006年から毎年7月、シカゴの街中にあるユニオンパーク(東京でいうと代々木公園みたいな感じ)で3日間にわたっておこなわれるこのフェスは、その名の通り音楽ウェブメディアのピッチフォークが主催するフェスだ。ピッチフォークというと「インディーミュージックの総本山」というような00年代までのイメージを持っている人も多いかもしれないが、音楽シーンの趨勢を反映して、近年ではラップやR&Bのアクトも多数出演するようになっている。当日の3つのステージのトリはそれぞれ、60周年記念ツアーと同じセットを持ち込んだアイズレー・ブラザーズ、6年前にもトリを務め今回はセカンドアルバム『If You're Feeling Sinister』全曲再現ライブをおこなったベル&セバスチャン、チャンス・ザ・ラッパーとのコラボアルバムでもお馴染みの地元シカゴを代表するR&Bシンガーのジェレマイというバリエーションの豊かさ。CHAIの4人が立ったのは、アイズレー・ブラザーズがトリを務めた最も大きなグリーンステージだ。
前日は金曜日ということもあって客足がちょっと遅かったが(アクセス抜群の会場だから夕方からやってくる客も多かった)、土曜日のCHAIの出演時間には1万人以上が余裕で入るステージの前は既に半分近くが埋まっていた。そして、最初の「CHOOSE GO!」のパフォーマンスが始まると、フィールドから続々と集まってくる人、人、人。オーディエンスに対して常にオープンな姿勢のチャーミングでキュートなステージングはCHAIの大きな武器だが、そこにちゃんと音の説得力がついてくるのが彼女たちのすごいところ。特にユウキとユナが繰り出すシャープでクリアなのにちゃんと太い80年代ニューウィーブ的なリズムは、アトモスフィックなサウンドが主流の現在のアメリカのインディーバンドにはない魅力で、新鮮に響くのではないだろうか。セット前半、カルチャー・クラブ「カーマは気まぐれ」のメロディにのせた自己紹介ソング(ステージ上でカナは「CHAI’S COMMERCIAL SONG」と紹介)を披露し、メンバー4人がステージ前方で一列に並んでポーズをとる頃には、完全に会場全体を虜に。40分強のステージは、そのまま尻上がりにヒートアップしていった。
アメリカでニューヨーク、ロサンゼルスに次ぐ大都市でありながら、街を歩いていても東西の2大都市とは比較にならないほど観光客が少ないシカゴ。前日のライブハウスもそうだったが、フェスの現場に集っているのは、人種はバラバラではあるものの地元のオーディエンスばかり。「建前のアメリカと本音のアメリカ」「余所行きのアメリカと普段着のアメリカ」があるとしたら、ここに集っているのは間違いなく後者の方のアメリカ。そこで、ここまで多様な人たちにごく自然に受け入れられているCHAIの姿には、これまで自分が海外で見てきた他の日本のバンドやミュージシャンには感じたことがない頼もしさがあった。
マナ「こういうふうになることをイメージしてバンドをやってきたけど、実際に目の前でいろんな人種の人たちが自分たちの曲に合わせて歌ったり踊ったりいるのを見ると、嬉しくてフワッとしちゃうし、なんか笑っちゃう。でも、冷静にならなきゃとも思っていて。海外の人たちって、いいものに食いつくのは早いけど、飽きて離れていくのも早いから。これからの私たちがどう進化していくかが一番大切だと思ってます」
ステージを終えたばかりの余韻の中、楽屋でそう語ってくれたマナ。そこには現在のCHAIの海外での状況をとらえる上で二つの重要なポイントがある。一つは、彼女たちはたまたまいろんなことがうまく転がってラッキーでこの場に立っているのではなく、明確にこの場を目指してきたということ。彼女たちにはホームとアウェーのような発想自体がないというか、最初から世界をホームとして考えているのだ。もう一つは、CHAIがまだ日本でも海外でもデビューしたばかりの、成長の初期段階にいるバンドであるということ。思えば、これまで海外に「進出」する日本のバンドやミュージシャンの多くは、国内で一度その表現を「完成」させた上で、そこから意識を世界に向けていた。CHAIはまさに今このタイミングにも変化&進化しているバンドで、海外での貴重な経験をすべてフィードバックさせた上で、レコーディング作品においてもライブでのパフォーマンスにおいても次の表現へと向かっている。
カナ「タイニー・デスクに出演できたことで、やっと認められてきたんだなって実感できた。日本人がやってる面白そうなバンドとしてじゃなくて、単純にいいバンドとして見てもらえるようになったんだなって。これまでもいろんな国のフェスに出てきたけど、今日(ピッチフォーク・ミュージック・フェステバル)は一番たくさんの人が集まってくれた」
ユナ「ピッチフォークのフェスのステージに立ったなんて夢みたいだったけど、私たちにはまだまだ、グラミー賞を獲ることとか、たくさん夢があるから。今はすごくワクワクしている。これからどんな景色が待っているのかなって。夢が、だんだん夢じゃなくて現実になってきてる」
ユウキ「昨夜のライブハウスは人がたくさんすぎて死ぬかと思ったけど(笑)。よくみんなあんな汗だくになって、最後まで誰も帰らずに見てくれたなって。バンドはこれからも変化していくと思う。別にバンドミュージックだけにこだわりがあるわけじゃない。もしかしたら踊りだけになるかもしれないし(笑)」
「日本人の女の子がやってる面白そうなバンド」から、ただの「最注目の若手バンド」へ、CHAIを取り巻く状況は2019年に入ってから確実に動いている。もしこのワクワク感を共有していない日本の音楽ファンがまだたくさんいるとしたら、せっかく同じ時代に生きていながら、これから起こるに違いないもっと大きな出来事を見過ごすことになるだろう。
(文=宇野維正)