遠藤ミチロウとTHE STALINの音楽は終わらない ISHIYAによる追悼文

 以前リアルサウンドで筆者が行った遠藤ミチロウ氏へのインタビュー(参考:遠藤ミチロウが語る、THE STALINとブラックユーモア「自分がパンクっていうふうには考えてない」)では、あまり語られることのなかったハードコアパンクシーンとのことなども聞くことができた。初めて様々な話ができたことで、遠藤ミチロウ氏とTHE STALINについて謎だった部分が次々と紐解かれ、燻っていた部分が明確になったことでスッキリした思いがある。筆者のような知らない人間に対しても胸襟を開いて、嫌な顔をせずに真摯に受け答えしてくれた遠藤ミチロウ氏の姿は、今でも心に焼き付いている。

 遠藤ミチロウ氏は、アコースティックで弾き語りをするようになった頃から、世代が変わったハードコアパンクシーン界隈の人間とも関わるようになっていった。また、遠藤ミチロウ氏の故郷でもある福島をはじめとした被災地を訪れる活動では、“盆踊り”を取り入れ老若男女問わないスタイルで人々を魅了し続けていくなど、そのバイタリティの素晴らしさには頭が下がる思いである。

 遠藤ミチロウ氏の死去にあたり、THE STALINの与えた影響の大きさや偉大さを改めて感じることになってしまったが、賛否両方の面から影響を与え続けたTHE STALINは、唯一無二の日本を代表するパンクバンドである。世界中のPUNKSの間でも日本のTHE STALINの知名度は相当なものがあり、今回の訃報で悲しんでいるPUNKSが世界中に存在する。筆者は今でもTHE STALINの楽曲の中でも特に「MISER」の歌詞、世界観に魅了され続けているし、遠藤ミチロウ氏の死を受けて、影響を受けたハードコアパンクシーンの間で「やっぱりTHE STALINなんだよ」と誰もが語り合うほど日本のPUNKSたちの心に染み込んでいるのがTHE STALINである。

 ボロボロになりながらもステージに立ち、渾身の想いをぶつけ続けた生き様は決して忘れることはない。遠藤ミチロウ氏と同じ時代に生きられたことに感謝し、深い尊敬と最大の賞賛と拍手を送らせていただきます。

 ミチロウさん。本当にありがとうございました。どうぞ安らかに眠ってください。

■ISHIYA
アンダーグラウンドシーンやカウンターカルチャーに精通し、バンド活動歴30年の経験を活かした執筆を寄稿。1987年よりBANDのツアーで日本国内を廻り続け、2004年以降はツアーの拠点を海外に移行し、アメリカ、オーストラリアツアーを行っている。今後は東南アジア、ヨーロッパでもツアー予定。音楽の他に映画、不動産も手がけるフリーライター。FORWARD VOCALIST ex.DEATH SIDE VOCALIST

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