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眉村ちあきのライブから感じた“シンプルな新しさ” 衝撃の渋谷クアトロ公演を振り返る

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 1月13日渋谷クラブクアトロ、眉村ちあき『東阪クアトロライブ~眉村ちあき×スーパードラゴンゲスト~』を観た。初の全国流通盤『ぎっしり歯ぐき』が1月9日にリリースになった直後に、彼女のワンマンとしては過去最高の規模で行ったライブ。立錐の余地もないとはまさにこのこと状態の、超満員。

 ライブは2部構成で、1部は眉村ちあき、つまりひとりで13曲、2部はバンドと共に眉村ちあきベイビーズとして8曲。アンコールは眉村ちあきで2曲、眉村ちあきベイビーズで1曲、計24曲のステージだった。

 僕はこの日、初めて眉村ちあきのライブをちゃんと観た。ただただ衝撃だった。初めて知った音楽の場合……いや、音楽に限らず映画でも本でもなんでもそうだが、「あ、こういうのわかる!」「こういうの好き!」というふうに、よく知っている、とても理解できる、自分の趣味の範疇にばっちりはまる、だから好きになるものと、その逆で自分が知っているもの・把握しているものの範疇に当てはまらなくて、どう咀嚼してどう理解すればいいかわからなくて、「いったいなんなんだこれは」と混乱する、だから好きになるものの2パターンが僕の場合ある。眉村ちあきは完全に後者だった。「弾き語りトラックメイカーアイドル」と彼女は自分のことを呼んでいる。というふうに、自分の肩書を自分で付ける人って、自分はそう見られたいからそう付ける人と、世にあるどの肩書も自分の実態にぴったりこないからやむを得ずそう付ける人がいると思うが、彼女は後者であることもよくわかった。確かに、ほかに形容しようがないと思う。

 もとは三人組のアイドルグループで活動していたが、グループ解散後、作詞作曲もトラック作りも運営も自分でやりながら、アイドルシーンで活動を始めた、という出自。

 吉田豪の推薦で「このアイドル知ってんのか⁉ ︎2018」の“色んな意味でヤバイアイドル部門1位”の歌唱力がヤバイアイドルとしてバラエティ番組『ゴッドタン』に出演、その能力で出演者たちの度肝を抜き、メジャー(トイズファクトリー)から契約のオファーが来た、という有名な実話(ただしその番組では本来のキャラクターは出しておらず、作詞作曲ができて歌唱力がヤバイという出方だった)。

 「中身が完全に小学生」「普段も客前でも喜怒哀楽全部が出る」「奇声を発する」「すぐもらす」「すぐいなくなる」「と思ったらそのへんで昼寝してる」などなどの、「眉村ちあき 吉田豪」で検索をかければザクザク出てくる天然エピソード。

 株式会社 会社じゃないもんを自分で運営していて物販で株券を譲渡している、ライブのあとはファンとみんなでハンカチ落としをやったり、休みの日はSNSで呼びかけてファンを集めて一緒に遊ぶ、などなどの、型破りな活動のしかた。

 と、そもそものキャラクターがフックありすぎ、ネタが大渋滞を起こしているような人である。この日のライブも5曲目「リアル不協和音」をめっちゃ熱を込めて歌い上げたと思ったら「……おしっこ出ちゃった」とカミングアウトしてフロアから「ドンマイ!」という声が飛ぶし。歌いながらクラウドサーフでフロアのあちこちに行った末に、さっき自分が投げ入れたウミガメの浮き輪に見事乗ってステージに戻って来るし(昔ここ渋谷クアトロでローションまみれでマットに乗って客の頭の上を移動していた峯田和伸を思い出しました)。後半では「今、吐いた息と吸った息、私たちは共有してます。みんなのその息を全部吸ってインフルエンザになってもいい、愛を伝えたい!」と、素直に感動したくともそれ以外の要素が多すぎるMCをするし……。

 と、こういうレポとかに書きやすいようなおもしろ瞬間だらけだったのだが、そのひとつひとつに対して「衝撃だった」と思ったのではない。それらの彼女の言動や、「ヘチマで体洗ってる」や「荻窪選手権」といったタイトルに顕著な、独特にもほどがある言語感覚や、弾き語り、バックトラック+歌、ラップ、バンドと、曲ごとにコロコロ変わるサウンドスタイルがーーつまり彼女の音楽そのもの、彼女のありかたそのものが、「アイドルとアーティスト」「ヒップホップと弾き語りとロック」「ステージの上と下」などの、あらゆるジャンル分けというかセグメントというか壁というか……壁がいちばんわかりやすいですかね。要はあらゆる壁が目の前で次々とぶち崩されていく、そんなステージだったことに、衝撃を受け、混乱し、オロオロし、そして感動したのだった。

 詞曲もトラックも自分で作ってるんだからアイドルじゃなくてアーティストなのでは? という、自分の中にあった疑問がつくづく愚かというか、「どうでもいいじゃねえかそんなことは」と心底思った。「眉村ちあきはアーティストだ」とか「眉村ちあきはロックだ」とか言うことが、必ずしも彼女の価値を上げない、むしろ実体よりも彼女をこぢんまり見せてしまう言葉でしかないことに、改めて気がついた。彼女は別に「壁は関係ない」ということを目指して始めたのではないと思う。最初から壁なんていう狭っ苦しい概念を持っていないのだと思う。

 「それはちょっとさすがに」と躊躇するとか、空気を読んで自分を抑えるとか、計算や戦略で自分をプロデュースするとか、しない。ただ、やりたいことをやりたいようにやる、作りたい音楽を作りたいように作る、言いたいことを言う。ということが、そのまま表現のすばらしさになっている、というシンプルな新しさにも感動する。理想的だと思う。

      

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