ヒプノシスマイクが表現してきたラップミュージックの奥深さ 各ディビジョンごとに分析
2018年、オタクカルチャーのなかで新たな領域を開いたといえるムーブメントがいくつかあるが、『ヒプノシスマイク』は間違いなくその一つに数えられるだろう。
男性声優12人をフィーチャーしたラップバトルプロジェクトとして産声を上げた今作。武力抗争が絶え、代わりに人の精神に干渉する「ヒプノシスマイク」を使ったラップバトルで争うようになった近未来の日本を舞台にしている。そんな同プロジェクトでは、12月中旬現在まででイケブクロ、ヨコハマ、シブヤ、シンジュクの4つのディビジョン(領地)に分かれて楽曲を発表してきた。
昨年秋から始動したこのプロジェクト。人気に火がついたのは、今年4月開催の「ヒプノシスマイク-Division Rap Battle- Battle Season」と題した人気投票バトルの影響が大きい。これまでオタク女子の耳を癒やしてきたであろう「シチュエーションCD/ドラマCD」の系譜に沿いつつ、物語のコアには「ラップバトル」「音楽」の役割を置いたことでストーリーから得られる想像性をより強固なものにしたのは、非常に画期的だった。さらに、単純に曲単位だけでなくドラマパートでもラップを披露。ヒップホップ/ラップミュージックを取り入れた新たな作品像を作ろうとしていることがよく分かる。
そこで本稿では、男性声優によるライミングとフロウ、各ディビジョンのカラーに合わせた作詞作曲編曲家の起用などを通し、ヒプノシスマイクが今の段階でラップミュージックの奥深さをいかに表現してきたかという点に着目していきたい。全ての楽曲に触れられないのは心苦しいが、ご留意していただきたい。なお、キャラ同士の関係性や、ストーリーラインの話には触れないで進める。
シンジュク・ディビジョン
まずは、「ヒプノシスマイク-Division Rap Battle- Battle Season」を見事勝利したシンジュク・ディビジョンのチーム・麻天狼だ。昨年12月に発売された『麻天狼-音韻臨床-』では、それぞれ全く毛色の違うGADORO/藤森慎吾/弥之助(from AFRO PARKER)が作詞を手がけている。
ストーリートラックを聞いた方ならわかるかと思うが、シンジュク・ディビジョンのリーダーである神宮寺寂雷が「面白い人間」を念頭にメンバーを選んだということもあり、メンバーとなる3人はいずれも個性派揃い。先述した3人は、そんな個性派メンバーのキャラクターに合わせて作詞を手がけている。GADOROは「迷宮壁」(神宮寺寂雷)で人生哲学を、藤森は「シャンパン ゴールド」(伊弉冉一二三)でホストらしい華やかさを、弥之助は「チグリジア」(観音坂独歩)でワーキングピープルの憂いをそれぞれ描いている。
さらに、麻天狼の楽曲は、ワードチョイス、フロウとの絡み方どの点を切り取っても、GADOROらがこれまで活動してきたものと瓜二つのようにすら聴こえてくる。これだけでも、今作がいかに「ヒップホップ/ラップ・ミュージックを取り入れようか?」と意気込んでいるかが分かるかと思う。
シブヤ・ディビジョン
シンジュク・ディビジョンのライバルとされているのが、飴村乱数(あめむららむだ)率いるシブヤ・ディビジョンである。彼らの楽曲でイチオシといえるのは、メンバーのマイクリレーで魅せる「Shibuya Marble Texture -PCCS-」だろう。作曲・編曲を務めたAvec Avecは若きコンポーザーとして名を馳せており、Seihoとのユニット・Sugar's Campaignが有名だろう。
VTuberであるキズナアイへ楽曲提供した他、若手ラッパー・唾奇にもビートを提供するなど、Avec Avecの音楽とヒップホップとの相性はとても良い。シンセサイザーの深い音色と絶妙にズレてモタるビート感が絡み合ったサウンドスケープは、硬質なビートとブツ切りなベースサウンドが主になりがちなヒップホップサウンドのなかで異質に響く。シブヤ・ディビジョンのメンバーである飴村乱数、夢野幻太郎、有栖川帝統の関係性、そして「渋谷」という華やいだ都市イメージにも通じていく、素晴らしい楽曲だ。